好きだと、云ってみたことがある。
榎木津自身、どうしてそんな事を口にしてみる気になったのかは解らない。特に云うぞと決めた訳でも、意を決して
声に出した訳でも無いのだ。「今日は良い天気だ」とか「ご飯が美味しい」とか、そう云う日常的な深い意味の無い呟きにも似ていた。
其の日、ばたばたと忙しそうに動き回っていたのは和寅だけで、榎木津は退屈を持て余していた。探偵机の上に投げ出した両足の間から、下僕の横顔が見えていた。書棚に詰まった本の背表紙をつらつらと眺めている。彼も退屈だったのかもしれない。
「――おい、益山」
呼びかけると、益田は声を出さずにふっと榎木津に振り向いた。顔の前に落ちた前髪の一筋を、慣れた仕草で耳に掛ける。遮るものの無い視界で榎木津を認めた彼は、「はい」だとか「なんですか」とか云ったような気がする。榎木津はちゃんと聞いていなかった。ぽろりと零れた言葉が、益田の相槌を遮るように飛んだ所為で。
「すきだ」
浴室の方から水を流す音がする。和寅が風呂掃除でもしているのだろう。注意していなければ気づかないほどの何気無い生活音は榎木津の声をかき消すはずもなく、益田の耳にも届いた筈だ。薄い眉の下で、瞼が2,3度瞬いて。
「―――はぁ」
同じ距離を通って榎木津の元に返ってきたものは、ひどく間の抜けた返事だった。声も気が抜けたと云うか、何の感情も入っていない。靴の間から覗く益田の顔も似たようなものだった。怒るでもなく、顔を赤らめるでもなく、只黒い瞳が自分を見ている。
榎木津は自分から誰かに好きだと云ってみたことが無かったし、益田に何かを期待していた訳でも無かったので、特に落胆も苛立ちもしなかった。ただ、待っていた。これで終わりでは無いだろうと。
益田は少し考えるように視線を宙に泳がせ、頬を指先でかりかりと掻いてから、また榎木津に向き直った。
「…ええと、其れは」
「其れは?」
「従業員としてと云う意味ですか?それとも――其の、れ、恋愛感情として」
今度宙を見るのは榎木津の方だった。何時もながら此の男は変な事を聞く。
執拗いようだが、特に意図があって云った訳では無いのだ。好きだから好きだと云ったので、其れだけ受け止めておけば良いものを、逐一意味まで求めてくる。持て成しのつもりで焼き魚を出してやったら、箸をつける前に、此の魚は何時何処で獲れたどういう由来のものですかと聞かれたような気分だ。無礼千万にも程が或る。いい加減其れ位の事は解っても良いものだと、榎木津は此処に来てようやく苛立ちを覚えた。
仮に、恋愛感情としての好きだと噛んで含めるように云ってやったら。この物分りの悪い男はどんな顔をするのだろうかと、少しだけ興味は湧いたけれど。
益田の眼がじっと答えを待っている。
「……さぁ?」
「さ、さぁって!榎木津さんが云ったんでしょうよ」
「僕が知るものか、そんな事」
「本人が解らない物が僕に解る訳無いじゃないですかもう、なんなんですかぁ。急に云われたら吃驚するじゃないですか!」
けらけらという益田の笑い声を聞きつけたか、和寅が戻ってきた。
「なんだなんだ、馬鹿笑いして」
「ちょっともう聞いてくださいよ和寅さァん、榎木津さんが良く解らないんですよ」
益田は手振りを交えて和寅に話しかけている。榎木津は机上から足を下ろして、くるりと窓に向き直った。薄手のカーテンの向こうに、神保町の空が見える。
「空が青いなァ」
言葉がまた、ぽろりと零れた。当たり前の事を当たり前に云っただけだ。空が青く雲が白い事と、彼が好きだと云う事は、いつの間にか榎木津の中で同じ所に収まっていた。もはや疑う事も無い。
(僕はあの、物分りの悪い男が好きなのだ)
革張りの椅子の向こうから、いつも通りの硬質な笑い声が聞こえる。好きだと云われて泣き出されるよりは面倒が無くて良いのだけれど、気に入らない事が一つ或る。
「さぁ?」と首を傾げてみせた時、あからさまにほっとしたような顔をしたから。
(二度と云ってやるものか)
当たり前の事を当たり前に受け止めない愚か者に、特別を欲しがる資格は無い。
―――
なんともはや。
榎木津自身、どうしてそんな事を口にしてみる気になったのかは解らない。特に云うぞと決めた訳でも、意を決して
声に出した訳でも無いのだ。「今日は良い天気だ」とか「ご飯が美味しい」とか、そう云う日常的な深い意味の無い呟きにも似ていた。
其の日、ばたばたと忙しそうに動き回っていたのは和寅だけで、榎木津は退屈を持て余していた。探偵机の上に投げ出した両足の間から、下僕の横顔が見えていた。書棚に詰まった本の背表紙をつらつらと眺めている。彼も退屈だったのかもしれない。
「――おい、益山」
呼びかけると、益田は声を出さずにふっと榎木津に振り向いた。顔の前に落ちた前髪の一筋を、慣れた仕草で耳に掛ける。遮るものの無い視界で榎木津を認めた彼は、「はい」だとか「なんですか」とか云ったような気がする。榎木津はちゃんと聞いていなかった。ぽろりと零れた言葉が、益田の相槌を遮るように飛んだ所為で。
「すきだ」
浴室の方から水を流す音がする。和寅が風呂掃除でもしているのだろう。注意していなければ気づかないほどの何気無い生活音は榎木津の声をかき消すはずもなく、益田の耳にも届いた筈だ。薄い眉の下で、瞼が2,3度瞬いて。
「―――はぁ」
同じ距離を通って榎木津の元に返ってきたものは、ひどく間の抜けた返事だった。声も気が抜けたと云うか、何の感情も入っていない。靴の間から覗く益田の顔も似たようなものだった。怒るでもなく、顔を赤らめるでもなく、只黒い瞳が自分を見ている。
榎木津は自分から誰かに好きだと云ってみたことが無かったし、益田に何かを期待していた訳でも無かったので、特に落胆も苛立ちもしなかった。ただ、待っていた。これで終わりでは無いだろうと。
益田は少し考えるように視線を宙に泳がせ、頬を指先でかりかりと掻いてから、また榎木津に向き直った。
「…ええと、其れは」
「其れは?」
「従業員としてと云う意味ですか?それとも――其の、れ、恋愛感情として」
今度宙を見るのは榎木津の方だった。何時もながら此の男は変な事を聞く。
執拗いようだが、特に意図があって云った訳では無いのだ。好きだから好きだと云ったので、其れだけ受け止めておけば良いものを、逐一意味まで求めてくる。持て成しのつもりで焼き魚を出してやったら、箸をつける前に、此の魚は何時何処で獲れたどういう由来のものですかと聞かれたような気分だ。無礼千万にも程が或る。いい加減其れ位の事は解っても良いものだと、榎木津は此処に来てようやく苛立ちを覚えた。
仮に、恋愛感情としての好きだと噛んで含めるように云ってやったら。この物分りの悪い男はどんな顔をするのだろうかと、少しだけ興味は湧いたけれど。
益田の眼がじっと答えを待っている。
「……さぁ?」
「さ、さぁって!榎木津さんが云ったんでしょうよ」
「僕が知るものか、そんな事」
「本人が解らない物が僕に解る訳無いじゃないですかもう、なんなんですかぁ。急に云われたら吃驚するじゃないですか!」
けらけらという益田の笑い声を聞きつけたか、和寅が戻ってきた。
「なんだなんだ、馬鹿笑いして」
「ちょっともう聞いてくださいよ和寅さァん、榎木津さんが良く解らないんですよ」
益田は手振りを交えて和寅に話しかけている。榎木津は机上から足を下ろして、くるりと窓に向き直った。薄手のカーテンの向こうに、神保町の空が見える。
「空が青いなァ」
言葉がまた、ぽろりと零れた。当たり前の事を当たり前に云っただけだ。空が青く雲が白い事と、彼が好きだと云う事は、いつの間にか榎木津の中で同じ所に収まっていた。もはや疑う事も無い。
(僕はあの、物分りの悪い男が好きなのだ)
革張りの椅子の向こうから、いつも通りの硬質な笑い声が聞こえる。好きだと云われて泣き出されるよりは面倒が無くて良いのだけれど、気に入らない事が一つ或る。
「さぁ?」と首を傾げてみせた時、あからさまにほっとしたような顔をしたから。
(二度と云ってやるものか)
当たり前の事を当たり前に受け止めない愚か者に、特別を欲しがる資格は無い。
お題提供:『ペトルーシュカ』様
―――
なんともはや。
PR
午睡から覚めたばかりの榎木津の目がきらりと輝いた。
色素の薄い瞳が見つめる先は、積み上げられた古書でも、仏頂面で活字を追いかけている主人でも無い。浅黄色の浴衣に埋もれて眠る飼い猫でも無かった。
赤い実を付けた南天の木陰に、ふくふくと丸く雪のように白い何かが居る。
「――にゃんこだ。白にゃんこがいる!新顔だ!」
期待に溢れた声を聞きとがめ、ようやく中禅寺が顔を上げた。
「最近庭に来る野良ですよ。まだ人に慣れていないから―――」
言いかけた時、其処には既に榎木津の姿は無かった。
がさがさと云う音は庭木の間に男が分け入っているからだろう。時折小枝が折れる音もする。中禅寺はあからさまに眉を顰めた。
程なくして戻ってきた榎木津は、案の定あちらこちらに木の葉や砂をくっつけていた。しかし腕の中は空っぽだ。
「逃げられた」
「人の話は聞くものだよ榎さん」
「煩い、本馬鹿!」
榎木津は憮然とした様子で、畳の上に身を投げた。真冬に戸を開け放っての昼寝は流石に堪えるものがあるが、今日のような小春日和には昼寝も悪くは無い。腹の上にあの柔らかそうな生き物を眠らせる事が出来たら更に良かったのに。
榎木津が一歩近寄った途端、閉じていた目を見開いてさっと逃げていってしまった。
「どいつもこいつも馬鹿ばかりだ」
紙が擦れる乾いた音だけが其の声に答える。
陽だまりの中に投げ出した指先が僅かに動き、何かを撫でる真似をした。
猫の腹を擽ったような、或いは、さらりと指の間をすり抜ける黒髪を掬ったような。何度と無く繰り返した仕草。人の名を覚えぬ榎木津も、此の感触は指先が覚えている。
木陰に一瞬垣間見た緑色の目と、細い瞼の中で揺れる黒い瞳が重なる。似ても似つかない二つに重なる部分があるとすれば、浮かぶ驚愕ないし警戒の色だ。其れを見て榎木津があっと思った時には、もう何処か遠くへ逃げ去ってしまっている。
前髪に絡んだ枯葉を取り除き、ふっと吹いた。水気を無くして茶気た葉は呆気なく宙に舞う。
昼下がりの陽光は暖かい。閉じた瞼越しに、眼の奥まで温めてくれるようだ。けれど榎木津が欲しいのは、太陽が失せた夜のもの。確かに腕に収めた筈なのに、夜が明けると朧月のように消えているもの。明るい所で触ってみると、温もりを知る前に戸惑った視線ばかりが榎木津を刺すのだ。
あれだって温もりが嫌いな訳は無いだろうに。解らない事ばかりだ。
「――機嫌が悪いね」
「べェつに」
榎木津はごろりと身を翻し、縁側に出た。板間には日光が良く当たっていて、頬で直に触ると熱い程だ。閉じかけた瞼をふと上げると、縁石の上に白い背中が見える。腕下ろして指で探ると、柔らかな毛並に埋まった。指の甲でするりと撫でてみても、猫は逃げない。背後で本が閉じる音がして、飼い猫がにゃあと鳴いた。
「気は済んだかい?」
「そんなわけあるか、まだまだ足りない」
掌で尻尾を掬った途端、猫は飛び跳ねるようにして立ち上がり、榎木津の手から離れた。同時に姿も見えなくなる。縁側の下にでも潜ってしまったのだろう。
横になっている理由を失い、榎木津はむくりと起き上がった。
「足りないんだよ」
ぎしぎしと云う板鳴りの音が遠ざかり、中禅寺はだるそうに頭を振った。
膝の上で、猫が眠っている。
―――
じれったい。
色素の薄い瞳が見つめる先は、積み上げられた古書でも、仏頂面で活字を追いかけている主人でも無い。浅黄色の浴衣に埋もれて眠る飼い猫でも無かった。
赤い実を付けた南天の木陰に、ふくふくと丸く雪のように白い何かが居る。
「――にゃんこだ。白にゃんこがいる!新顔だ!」
期待に溢れた声を聞きとがめ、ようやく中禅寺が顔を上げた。
「最近庭に来る野良ですよ。まだ人に慣れていないから―――」
言いかけた時、其処には既に榎木津の姿は無かった。
がさがさと云う音は庭木の間に男が分け入っているからだろう。時折小枝が折れる音もする。中禅寺はあからさまに眉を顰めた。
程なくして戻ってきた榎木津は、案の定あちらこちらに木の葉や砂をくっつけていた。しかし腕の中は空っぽだ。
「逃げられた」
「人の話は聞くものだよ榎さん」
「煩い、本馬鹿!」
榎木津は憮然とした様子で、畳の上に身を投げた。真冬に戸を開け放っての昼寝は流石に堪えるものがあるが、今日のような小春日和には昼寝も悪くは無い。腹の上にあの柔らかそうな生き物を眠らせる事が出来たら更に良かったのに。
榎木津が一歩近寄った途端、閉じていた目を見開いてさっと逃げていってしまった。
「どいつもこいつも馬鹿ばかりだ」
紙が擦れる乾いた音だけが其の声に答える。
陽だまりの中に投げ出した指先が僅かに動き、何かを撫でる真似をした。
猫の腹を擽ったような、或いは、さらりと指の間をすり抜ける黒髪を掬ったような。何度と無く繰り返した仕草。人の名を覚えぬ榎木津も、此の感触は指先が覚えている。
木陰に一瞬垣間見た緑色の目と、細い瞼の中で揺れる黒い瞳が重なる。似ても似つかない二つに重なる部分があるとすれば、浮かぶ驚愕ないし警戒の色だ。其れを見て榎木津があっと思った時には、もう何処か遠くへ逃げ去ってしまっている。
前髪に絡んだ枯葉を取り除き、ふっと吹いた。水気を無くして茶気た葉は呆気なく宙に舞う。
昼下がりの陽光は暖かい。閉じた瞼越しに、眼の奥まで温めてくれるようだ。けれど榎木津が欲しいのは、太陽が失せた夜のもの。確かに腕に収めた筈なのに、夜が明けると朧月のように消えているもの。明るい所で触ってみると、温もりを知る前に戸惑った視線ばかりが榎木津を刺すのだ。
あれだって温もりが嫌いな訳は無いだろうに。解らない事ばかりだ。
「――機嫌が悪いね」
「べェつに」
榎木津はごろりと身を翻し、縁側に出た。板間には日光が良く当たっていて、頬で直に触ると熱い程だ。閉じかけた瞼をふと上げると、縁石の上に白い背中が見える。腕下ろして指で探ると、柔らかな毛並に埋まった。指の甲でするりと撫でてみても、猫は逃げない。背後で本が閉じる音がして、飼い猫がにゃあと鳴いた。
「気は済んだかい?」
「そんなわけあるか、まだまだ足りない」
掌で尻尾を掬った途端、猫は飛び跳ねるようにして立ち上がり、榎木津の手から離れた。同時に姿も見えなくなる。縁側の下にでも潜ってしまったのだろう。
横になっている理由を失い、榎木津はむくりと起き上がった。
「足りないんだよ」
ぎしぎしと云う板鳴りの音が遠ざかり、中禅寺はだるそうに頭を振った。
膝の上で、猫が眠っている。
お題提供:『ペトルーシュカ』様
―――
じれったい。
益田は己が目を疑い、次いで掃除を欠かした事が無い自慢の耳をも疑った。
冷たく澄み切った窓の外から其れ以上に透明な冬の冷気が肌に触れる感触すら疑わしかった。
次の瞬間には自分は安下宿の安布団の中で目を覚まし、何時かの目覚めと同じ様に
嗚呼妙な夢を見たなぁと自嘲の笑みなどを浮かべつつ、頭を掻く羽目になっているのではと思ったのだ。
そうでも無ければ、可笑しいではないか。
雪に降り込められた二人きりの事務所で、榎木津が「やる」とだけ云ってぶっきらぼうに手渡してきた紙袋。
中には毛糸で編まれた毛布のようなものが入っている。
こんな事態が益田の潜在意識が都合良く作用する夢で無くて何だと云うのだろう。
数多の先人らがそうしてきたように、益田もまた己の頬を力一杯引っ張ってみた。
「痛ッ」
「何を妙な真似をしている?情けない顔が更にみっともなく見えるだけだぞ。練り途中の麺麭生地だってもうちょっと希望に満ちた格好をしている」
頬に走った痛みよりも榎木津に投げられた雑言を受け止めたことで、益田はようやく現実に辿り着いた。
具合の良い妄想ならば、もっとこう、優しい言葉のひとつも与えられても良い筈だ。
安心したような落胆したような気持ちを胸に抱いたまま、益田はそっと毛糸の塊を取り出した。ふんわりとしていて、大きい。
よく見れば毛布には無い袖口が付いていて、益田は物体が衣服であると理解した。
「榎木津さん―――此れは」
「見て解らんのか。襟刳りの付いた座布団があるものか。細身に合わせて作ってあるから、やせっぽちの益山でもそこそこ着られるだろう」
「はあ―――」
思わず漏れた溜息に似た声には感嘆と歓喜が露骨に滲んでいて、益田は内心で恥じた。
此れからの冷え込みに備えて、わざわざ仕立ててくれたのだろうか。
空気をたっぷりと抱いた洋服は、持っているだけで掌からじわじわと暖かい。
目頭にも同じような熱を感じた益田は、唇を震わせながら榎木津からの贈り物を抱きしめた。
「有難うございます、榎木津さん……本当に僕が頂いても良いんですか」
「別に良いよ。どうせ他に着るやつも居ないんだ」
榎木津はふい、と視線を窓の外に向けた。分厚い灰色の雲から落ちた雪が張り付いては露になって落ちていく。
濃い睫に彩られた瞼が重そうに瞬くのが見えた。
「本当は其れは京極の奴に着せようとしていたんだ」
「え…」
「だがあいつめ、絶対に要らないなんて云ってきた。だから益山にやる」
「そ、そんな――榎木津さんらしくも無い。大体いつもなら無理にでも押し付けるじゃないですか」
「こういうのは義理で着て貰っても嬉しくも楽しくもないからな」
榎木津の寂しげな声が、しんしんと益田の中に積もっていく。
その度に頭の中が真っ白になっていくように感じた。
力の入らない腕の中に辛うじて納まっている服の温もりは変わらないのに、暫く忘れた冬の寒さが襲ってくる。
涙はいつの間にか凍り付いて、目頭の熱も嘘のように失せていた。
じゃあ榎木津さんは――痩せてる男なら、誰でも良かったんですね。
この優しい栗色も、温かみも、何もかも、全部、僕のためじゃあ無かったんですね。
貴方の云う通りだ。なんという馬鹿だ、僕は。
言葉は表に出ず、益田の中で冬の草のように深く根を張っている。
紛れも無く現実だ、しかもこれ以上無い位酷い現実だ。
確かに夢だろうかと疑ったのは自分だが、もう十分解っていたのに。
こんな形で思い知らせる事は無いじゃないか。
ついに両腕はだらりと力を失い、毛糸の衣服は空気を含みながらゆっくりと広がり、床に落ちた。
華奢な作りでありながら、身に纏えば心地良い余裕を持ちそうな長い袖。
襟元には大きな頭巾が縫いつけられていて、多少の雪ならば凌げそうだ。
一番面積の広い身頃は男物だけあってシンプルで、何の模様も付いていない。其れだけに生地の良さが際立っている。
更に其処からは同じ生地のズボンが続いていて、ようやく益田は眉を顰めた。
よく見れば頭巾には小さな鹿の耳と、角を模した飾りが縫い止めてあり、
頭巾の中から真っ赤なゴムボールが飛び出して、床の上を点々と転がっていった。
「―――あの、此れは」
「見て解らんのか。耳と角が付いたセーラー服などあるものか。尻には尻尾まで付いているんだぞ」
榎木津は大きな服を裏返し、得意げに短い尾飾りを示してみせた。
「―――で、此れは」
「おおなんという馬鹿!毛布と洋服の区別も付かないだけじゃなく、人間とトナカイの区別もつかないとは!」
榎木津が肩口を広げて引っ張り上げた衣装は云われて見れば確かにトナカイだ。
着ぐるみ以外の何者でも無い。
「折角サンタの衣装を新調したついでにサンタにはトナカイだと思って作ってやったのに、京極のやつ豪雪で正月が中止になったような顔をした」
「そりゃあまぁ、あの人は着ないでしょうねぇ…」
途端益田にふわりと着ぐるみが覆いかぶさり、慌てて取り除けた所で鼻先に先程のゴムボールが押し付けられて間抜けな音を立てた。
「さぁさぁ益山準備をしなさい!僕のためにソリを引くのだ。と云ってもお前が引いてたんじゃいつまでたっても角の交差点までも行けなそうだから車を出しなさい。暗い夜道はピカピカのお前の鼻が役に立つのだ!」
鳶色の瞳が楽しげに爛々と光っている。
其の笑顔を見る度に、益田は何度でもつられて笑ってしまうのだ。
―――
執拗いようですがコスプレ好きなので某フェアに光明を見ました。ありがとう公式。
冷たく澄み切った窓の外から其れ以上に透明な冬の冷気が肌に触れる感触すら疑わしかった。
次の瞬間には自分は安下宿の安布団の中で目を覚まし、何時かの目覚めと同じ様に
嗚呼妙な夢を見たなぁと自嘲の笑みなどを浮かべつつ、頭を掻く羽目になっているのではと思ったのだ。
そうでも無ければ、可笑しいではないか。
雪に降り込められた二人きりの事務所で、榎木津が「やる」とだけ云ってぶっきらぼうに手渡してきた紙袋。
中には毛糸で編まれた毛布のようなものが入っている。
こんな事態が益田の潜在意識が都合良く作用する夢で無くて何だと云うのだろう。
数多の先人らがそうしてきたように、益田もまた己の頬を力一杯引っ張ってみた。
「痛ッ」
「何を妙な真似をしている?情けない顔が更にみっともなく見えるだけだぞ。練り途中の麺麭生地だってもうちょっと希望に満ちた格好をしている」
頬に走った痛みよりも榎木津に投げられた雑言を受け止めたことで、益田はようやく現実に辿り着いた。
具合の良い妄想ならば、もっとこう、優しい言葉のひとつも与えられても良い筈だ。
安心したような落胆したような気持ちを胸に抱いたまま、益田はそっと毛糸の塊を取り出した。ふんわりとしていて、大きい。
よく見れば毛布には無い袖口が付いていて、益田は物体が衣服であると理解した。
「榎木津さん―――此れは」
「見て解らんのか。襟刳りの付いた座布団があるものか。細身に合わせて作ってあるから、やせっぽちの益山でもそこそこ着られるだろう」
「はあ―――」
思わず漏れた溜息に似た声には感嘆と歓喜が露骨に滲んでいて、益田は内心で恥じた。
此れからの冷え込みに備えて、わざわざ仕立ててくれたのだろうか。
空気をたっぷりと抱いた洋服は、持っているだけで掌からじわじわと暖かい。
目頭にも同じような熱を感じた益田は、唇を震わせながら榎木津からの贈り物を抱きしめた。
「有難うございます、榎木津さん……本当に僕が頂いても良いんですか」
「別に良いよ。どうせ他に着るやつも居ないんだ」
榎木津はふい、と視線を窓の外に向けた。分厚い灰色の雲から落ちた雪が張り付いては露になって落ちていく。
濃い睫に彩られた瞼が重そうに瞬くのが見えた。
「本当は其れは京極の奴に着せようとしていたんだ」
「え…」
「だがあいつめ、絶対に要らないなんて云ってきた。だから益山にやる」
「そ、そんな――榎木津さんらしくも無い。大体いつもなら無理にでも押し付けるじゃないですか」
「こういうのは義理で着て貰っても嬉しくも楽しくもないからな」
榎木津の寂しげな声が、しんしんと益田の中に積もっていく。
その度に頭の中が真っ白になっていくように感じた。
力の入らない腕の中に辛うじて納まっている服の温もりは変わらないのに、暫く忘れた冬の寒さが襲ってくる。
涙はいつの間にか凍り付いて、目頭の熱も嘘のように失せていた。
じゃあ榎木津さんは――痩せてる男なら、誰でも良かったんですね。
この優しい栗色も、温かみも、何もかも、全部、僕のためじゃあ無かったんですね。
貴方の云う通りだ。なんという馬鹿だ、僕は。
言葉は表に出ず、益田の中で冬の草のように深く根を張っている。
紛れも無く現実だ、しかもこれ以上無い位酷い現実だ。
確かに夢だろうかと疑ったのは自分だが、もう十分解っていたのに。
こんな形で思い知らせる事は無いじゃないか。
ついに両腕はだらりと力を失い、毛糸の衣服は空気を含みながらゆっくりと広がり、床に落ちた。
華奢な作りでありながら、身に纏えば心地良い余裕を持ちそうな長い袖。
襟元には大きな頭巾が縫いつけられていて、多少の雪ならば凌げそうだ。
一番面積の広い身頃は男物だけあってシンプルで、何の模様も付いていない。其れだけに生地の良さが際立っている。
更に其処からは同じ生地のズボンが続いていて、ようやく益田は眉を顰めた。
よく見れば頭巾には小さな鹿の耳と、角を模した飾りが縫い止めてあり、
頭巾の中から真っ赤なゴムボールが飛び出して、床の上を点々と転がっていった。
「―――あの、此れは」
「見て解らんのか。耳と角が付いたセーラー服などあるものか。尻には尻尾まで付いているんだぞ」
榎木津は大きな服を裏返し、得意げに短い尾飾りを示してみせた。
「―――で、此れは」
「おおなんという馬鹿!毛布と洋服の区別も付かないだけじゃなく、人間とトナカイの区別もつかないとは!」
榎木津が肩口を広げて引っ張り上げた衣装は云われて見れば確かにトナカイだ。
着ぐるみ以外の何者でも無い。
「折角サンタの衣装を新調したついでにサンタにはトナカイだと思って作ってやったのに、京極のやつ豪雪で正月が中止になったような顔をした」
「そりゃあまぁ、あの人は着ないでしょうねぇ…」
途端益田にふわりと着ぐるみが覆いかぶさり、慌てて取り除けた所で鼻先に先程のゴムボールが押し付けられて間抜けな音を立てた。
「さぁさぁ益山準備をしなさい!僕のためにソリを引くのだ。と云ってもお前が引いてたんじゃいつまでたっても角の交差点までも行けなそうだから車を出しなさい。暗い夜道はピカピカのお前の鼻が役に立つのだ!」
鳶色の瞳が楽しげに爛々と光っている。
其の笑顔を見る度に、益田は何度でもつられて笑ってしまうのだ。
―――
執拗いようですがコスプレ好きなので某フェアに光明を見ました。ありがとう公式。
視界の端を鮮やかな紅が横切ったのを感じ、益田は振り向いた。
両親に手を引かれて歩く少女の後姿が見える。緋色の振袖に、踊る飾り帯。
もう顔は見えないけれど、きっとその頬は林檎色で、笑顔に満ちているのだろう。
「そっか、七五三か」
益田が見送っている事も知らず、幸せそうな親子は交差点を曲がって消えた。
益田もビルヂングの入り口を潜り、階段を昇っていく。
あの華やかな赤を見て、自分まで何だか浮かれた気分になっていた。
昇り調子の心地もそのままに、扉を押し開けてドアベルを鳴らした。
「ただい―――わぁ……」
「ム、バカオロカ」
果たして其処に居たのは榎木津で、色素の薄い瞳がぎゅっと益田を捉える。
長い脚を探偵机の上に投げ出して、両腕を頭の後ろに回して。其処までは良いのだが。
「もう襦袢一枚じゃ寒いでしょう…」
真っ赤な襦袢と黒い革張りの椅子の対照が目に痛い程だ。
榎木津が立ち上がると襦袢の裾もふわりと流れ、水中を舞う金魚の尾にも見える。
今しがた見かけた少女の面影を思い出し、益田は思わずくすりと笑った。
「お前も食べるか、千歳飴」
突如剣のように突き出された長細い飴を前に、益田の目が白黒する。
「ちょっと、これ何処から出てきたんですよ」
「此処」
榎木津は机の引き出しを引っ張って見せた。
本来書類や文具が入っている筈の其処には、代わりに紅白の飴がぎっしり詰まっている。
「そういう事云ってるんじゃないんですけど…」
「食べるのか、食べないのか、ハッキリしロ!」
そう云う榎木津は既に白い飴に歯を立てている。
益田もつられて口内に飴を含み、そっと舐めてみた。懐かしい甘さだ。
抜けるように青い空は、様々な色を抱きかかえながら、今日も澄んでいる。
―――
35歳児の七五三。
両親に手を引かれて歩く少女の後姿が見える。緋色の振袖に、踊る飾り帯。
もう顔は見えないけれど、きっとその頬は林檎色で、笑顔に満ちているのだろう。
「そっか、七五三か」
益田が見送っている事も知らず、幸せそうな親子は交差点を曲がって消えた。
益田もビルヂングの入り口を潜り、階段を昇っていく。
あの華やかな赤を見て、自分まで何だか浮かれた気分になっていた。
昇り調子の心地もそのままに、扉を押し開けてドアベルを鳴らした。
「ただい―――わぁ……」
「ム、バカオロカ」
果たして其処に居たのは榎木津で、色素の薄い瞳がぎゅっと益田を捉える。
長い脚を探偵机の上に投げ出して、両腕を頭の後ろに回して。其処までは良いのだが。
「もう襦袢一枚じゃ寒いでしょう…」
真っ赤な襦袢と黒い革張りの椅子の対照が目に痛い程だ。
榎木津が立ち上がると襦袢の裾もふわりと流れ、水中を舞う金魚の尾にも見える。
今しがた見かけた少女の面影を思い出し、益田は思わずくすりと笑った。
「お前も食べるか、千歳飴」
突如剣のように突き出された長細い飴を前に、益田の目が白黒する。
「ちょっと、これ何処から出てきたんですよ」
「此処」
榎木津は机の引き出しを引っ張って見せた。
本来書類や文具が入っている筈の其処には、代わりに紅白の飴がぎっしり詰まっている。
「そういう事云ってるんじゃないんですけど…」
「食べるのか、食べないのか、ハッキリしロ!」
そう云う榎木津は既に白い飴に歯を立てている。
益田もつられて口内に飴を含み、そっと舐めてみた。懐かしい甘さだ。
抜けるように青い空は、様々な色を抱きかかえながら、今日も澄んでいる。
―――
35歳児の七五三。
恋は人を変える。そんな事を最初に云ったのは誰だったか。
噂には聞いた事があるし、実際自分も恋とか云うものをしたことがある。あった筈だ。あったと思う。
ただ恋をした事で何か変わったか、と云われるとそんな事も無い。例えば学生の時分、可愛いあの子を見て可愛いなァ好きだなァと思ってもそれを態度で表した事は一度だって有りはしなかった。何処かに居る冷静な自分がいつも一段高い所から見下ろしていて、その冷めた視線を気にしてばかりで何か変わる事も出来なかった。いつもそうだ。きっとこれが自分の性分と云うもので、変えられないものなのだろう。
――あるいは。
自分はこれまで恋などしてみた事も無くて、むしろ――
「…熱っつ!」
指を炙った熱に強制的に意識を引き戻され、益田は反射的に手を引いた。甲にぶつかった容器が卵液を撒き散らしながら落下していく。なすすべも無く床に落ちると同時に、くわぁん、と間抜けながらも大きな音が響いた。
「あっちゃあ……」
どうしたものか一瞬考えて、膝を折り引っくり返った調理器具に手を伸ばす。湾曲した銀色の表面に、うっかり焼いてしまった指先と自分の顔が歪んで映っている。容器を狭い流し台に置き、卵液を雑巾で拭いながら益田は幾度目かの溜息を落とした。
火を扱っている時に考え事に耽ってしまった己の粗忽ぶりを憂いているのでは無い――否、それも同じ理由に端を発するものだからやはり含めてしまっても良いだろう――自分の飢えを満たすためでは無く、誰かのために調理場に立つなどという自分の行為が未だに信じられないのだ。
申し訳程度に設えられた小さな台所にはアルマイトの弁当箱に詰められた何品かの惣菜と、別の容器におざなりに取り分けられた同じ料理が居座っている。茹ですぎてぐったりしてしまった青物やほぼ炭化してしまった焼き魚は、益田が夕食として己の悲哀と共に噛み締める予定だ。弁当箱に詰められたものはどうにか食品としての体を成していて、見るからに食欲を削ぐという程では無い、と云うのは益田自身の見解だ。
「空腹は最大の調味料って云うし、大丈夫大丈夫、うん」
そう云うと益田は改めて自らの仕事ぶりを眺めた。確かにいつも相伴に預かっている寅吉の料理に比べると一段も二段も見劣りするものの、仕方が無い。寅吉は今朝の始発で榎木津家に向かってしまったはずだ。一日がかりの用事だから、明日の昼まで戻らないと聞いている。明日の昼まで、寅吉が食事を作ってくれる事は無い。
榎木津もその事は知っているはずだから、何も無ければ勝手に食べに行くはずだ――とは思うのだが。
寝室から飛び出してくるなり腹が減ったと云う榎木津だから、食べ物が用意してあれば出掛ける手間が省けて良いだろう。出来合いの惣菜を買い揃えるより幾らか経済的だ。弁当の形にしておけば、不規則な目覚めにも対応出来る。持ち歩きも簡単だ。色々なものが小さく入っているから、飽きっぽい彼でも食べてくれるかもしれない。もし食べて貰えなくても、自分用の昼食だったと思えば胸も痛まないし、
「…誰に言い訳してるんだ僕ぁ…」
益田は両手で顔を覆った。触れた頬が酷く熱い。先程火傷した指より余程熱い。
―――
少女漫画といえば手料理という発想の者です。お誕生日おめでとうございます!
噂には聞いた事があるし、実際自分も恋とか云うものをしたことがある。あった筈だ。あったと思う。
ただ恋をした事で何か変わったか、と云われるとそんな事も無い。例えば学生の時分、可愛いあの子を見て可愛いなァ好きだなァと思ってもそれを態度で表した事は一度だって有りはしなかった。何処かに居る冷静な自分がいつも一段高い所から見下ろしていて、その冷めた視線を気にしてばかりで何か変わる事も出来なかった。いつもそうだ。きっとこれが自分の性分と云うもので、変えられないものなのだろう。
――あるいは。
自分はこれまで恋などしてみた事も無くて、むしろ――
「…熱っつ!」
指を炙った熱に強制的に意識を引き戻され、益田は反射的に手を引いた。甲にぶつかった容器が卵液を撒き散らしながら落下していく。なすすべも無く床に落ちると同時に、くわぁん、と間抜けながらも大きな音が響いた。
「あっちゃあ……」
どうしたものか一瞬考えて、膝を折り引っくり返った調理器具に手を伸ばす。湾曲した銀色の表面に、うっかり焼いてしまった指先と自分の顔が歪んで映っている。容器を狭い流し台に置き、卵液を雑巾で拭いながら益田は幾度目かの溜息を落とした。
火を扱っている時に考え事に耽ってしまった己の粗忽ぶりを憂いているのでは無い――否、それも同じ理由に端を発するものだからやはり含めてしまっても良いだろう――自分の飢えを満たすためでは無く、誰かのために調理場に立つなどという自分の行為が未だに信じられないのだ。
申し訳程度に設えられた小さな台所にはアルマイトの弁当箱に詰められた何品かの惣菜と、別の容器におざなりに取り分けられた同じ料理が居座っている。茹ですぎてぐったりしてしまった青物やほぼ炭化してしまった焼き魚は、益田が夕食として己の悲哀と共に噛み締める予定だ。弁当箱に詰められたものはどうにか食品としての体を成していて、見るからに食欲を削ぐという程では無い、と云うのは益田自身の見解だ。
「空腹は最大の調味料って云うし、大丈夫大丈夫、うん」
そう云うと益田は改めて自らの仕事ぶりを眺めた。確かにいつも相伴に預かっている寅吉の料理に比べると一段も二段も見劣りするものの、仕方が無い。寅吉は今朝の始発で榎木津家に向かってしまったはずだ。一日がかりの用事だから、明日の昼まで戻らないと聞いている。明日の昼まで、寅吉が食事を作ってくれる事は無い。
榎木津もその事は知っているはずだから、何も無ければ勝手に食べに行くはずだ――とは思うのだが。
寝室から飛び出してくるなり腹が減ったと云う榎木津だから、食べ物が用意してあれば出掛ける手間が省けて良いだろう。出来合いの惣菜を買い揃えるより幾らか経済的だ。弁当の形にしておけば、不規則な目覚めにも対応出来る。持ち歩きも簡単だ。色々なものが小さく入っているから、飽きっぽい彼でも食べてくれるかもしれない。もし食べて貰えなくても、自分用の昼食だったと思えば胸も痛まないし、
「…誰に言い訳してるんだ僕ぁ…」
益田は両手で顔を覆った。触れた頬が酷く熱い。先程火傷した指より余程熱い。
―――
少女漫画といえば手料理という発想の者です。お誕生日おめでとうございます!