視界の端を鮮やかな紅が横切ったのを感じ、益田は振り向いた。
両親に手を引かれて歩く少女の後姿が見える。緋色の振袖に、踊る飾り帯。
もう顔は見えないけれど、きっとその頬は林檎色で、笑顔に満ちているのだろう。
「そっか、七五三か」
益田が見送っている事も知らず、幸せそうな親子は交差点を曲がって消えた。
益田もビルヂングの入り口を潜り、階段を昇っていく。
あの華やかな赤を見て、自分まで何だか浮かれた気分になっていた。
昇り調子の心地もそのままに、扉を押し開けてドアベルを鳴らした。
「ただい―――わぁ……」
「ム、バカオロカ」
果たして其処に居たのは榎木津で、色素の薄い瞳がぎゅっと益田を捉える。
長い脚を探偵机の上に投げ出して、両腕を頭の後ろに回して。其処までは良いのだが。
「もう襦袢一枚じゃ寒いでしょう…」
真っ赤な襦袢と黒い革張りの椅子の対照が目に痛い程だ。
榎木津が立ち上がると襦袢の裾もふわりと流れ、水中を舞う金魚の尾にも見える。
今しがた見かけた少女の面影を思い出し、益田は思わずくすりと笑った。
「お前も食べるか、千歳飴」
突如剣のように突き出された長細い飴を前に、益田の目が白黒する。
「ちょっと、これ何処から出てきたんですよ」
「此処」
榎木津は机の引き出しを引っ張って見せた。
本来書類や文具が入っている筈の其処には、代わりに紅白の飴がぎっしり詰まっている。
「そういう事云ってるんじゃないんですけど…」
「食べるのか、食べないのか、ハッキリしロ!」
そう云う榎木津は既に白い飴に歯を立てている。
益田もつられて口内に飴を含み、そっと舐めてみた。懐かしい甘さだ。
抜けるように青い空は、様々な色を抱きかかえながら、今日も澄んでいる。
―――
35歳児の七五三。
両親に手を引かれて歩く少女の後姿が見える。緋色の振袖に、踊る飾り帯。
もう顔は見えないけれど、きっとその頬は林檎色で、笑顔に満ちているのだろう。
「そっか、七五三か」
益田が見送っている事も知らず、幸せそうな親子は交差点を曲がって消えた。
益田もビルヂングの入り口を潜り、階段を昇っていく。
あの華やかな赤を見て、自分まで何だか浮かれた気分になっていた。
昇り調子の心地もそのままに、扉を押し開けてドアベルを鳴らした。
「ただい―――わぁ……」
「ム、バカオロカ」
果たして其処に居たのは榎木津で、色素の薄い瞳がぎゅっと益田を捉える。
長い脚を探偵机の上に投げ出して、両腕を頭の後ろに回して。其処までは良いのだが。
「もう襦袢一枚じゃ寒いでしょう…」
真っ赤な襦袢と黒い革張りの椅子の対照が目に痛い程だ。
榎木津が立ち上がると襦袢の裾もふわりと流れ、水中を舞う金魚の尾にも見える。
今しがた見かけた少女の面影を思い出し、益田は思わずくすりと笑った。
「お前も食べるか、千歳飴」
突如剣のように突き出された長細い飴を前に、益田の目が白黒する。
「ちょっと、これ何処から出てきたんですよ」
「此処」
榎木津は机の引き出しを引っ張って見せた。
本来書類や文具が入っている筈の其処には、代わりに紅白の飴がぎっしり詰まっている。
「そういう事云ってるんじゃないんですけど…」
「食べるのか、食べないのか、ハッキリしロ!」
そう云う榎木津は既に白い飴に歯を立てている。
益田もつられて口内に飴を含み、そっと舐めてみた。懐かしい甘さだ。
抜けるように青い空は、様々な色を抱きかかえながら、今日も澄んでいる。
―――
35歳児の七五三。
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