革張りの背もたれの上に、丸い頭が飛び出している。
何か書き物でもしているのか、僅かに俯いた頭は時折傾いでみたりしている。
榎木津は何となく其れを眺める。こちらを振り向く様子は無い。
革靴からそっと自分の足を抜き取る。靴下越しに触れる床は、人肌に慣れない冷たさを持つ。
猫を真似た足捌きで音を立てずに近づけば、一歩毎に、ぼやけた視界の中で輪郭がはっきりと浮き上がる。
尖った肩から続く痩せた首に載った其れは、人工的な白い灯を浴びて、頭の形に沿った矢張り丸い輪を戴いていた。
榎木津の柔らかな髪とは明らかに異質な、硬質さを思わせる。
硬質とは言っても、例えば足の裏で触れている床とはきっと違うのだろう。
こんなに冷たく、安定はしていないだろう。指で触れれば束が解け、さらりと流れ落ちる筈だ。
伸ばしかけた手を、ふと留める。
二、三度瞬きして、そっと腰を屈めた。黒髪にはっきりと浮かんでいた白い光が、榎木津の影に隠れて消える。
唇で確かめるであろう髪の温度は、温かいのだろうか、冷たいのだろうか。
其れも間もなく、解る事だ。
―――
コミカライズ版益田はツヤ無しの総ベタ髪ですが、天使の輪持ちの益田も良いと思うんです。
短くてスミマセン…
何か書き物でもしているのか、僅かに俯いた頭は時折傾いでみたりしている。
榎木津は何となく其れを眺める。こちらを振り向く様子は無い。
革靴からそっと自分の足を抜き取る。靴下越しに触れる床は、人肌に慣れない冷たさを持つ。
猫を真似た足捌きで音を立てずに近づけば、一歩毎に、ぼやけた視界の中で輪郭がはっきりと浮き上がる。
尖った肩から続く痩せた首に載った其れは、人工的な白い灯を浴びて、頭の形に沿った矢張り丸い輪を戴いていた。
榎木津の柔らかな髪とは明らかに異質な、硬質さを思わせる。
硬質とは言っても、例えば足の裏で触れている床とはきっと違うのだろう。
こんなに冷たく、安定はしていないだろう。指で触れれば束が解け、さらりと流れ落ちる筈だ。
伸ばしかけた手を、ふと留める。
二、三度瞬きして、そっと腰を屈めた。黒髪にはっきりと浮かんでいた白い光が、榎木津の影に隠れて消える。
唇で確かめるであろう髪の温度は、温かいのだろうか、冷たいのだろうか。
其れも間もなく、解る事だ。
―――
コミカライズ版益田はツヤ無しの総ベタ髪ですが、天使の輪持ちの益田も良いと思うんです。
短くてスミマセン…
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~京極キャラにはないちもんめをさせてみた~
「かーってうれしいはないちもんめ」
「まけーてくやしいはないちもんめ」
「隣の奥さんちょっときておくれ」
「鉄砲怖くて行かれない」
「お釜被ってちょっときておくれ」
「おかまほられていかれないィ!」
「榎さん、間違ってる」
「なにこれひどい」
「相談しよう」
「そうしよう」
「ヒソヒソ… ボソボソ…」
「マスヤマ取ろうマスヤマ!」
「ヒソヒソ…」
「聞いてるのかバカ共!マスヤマを…!」
「・・・榎木津さんはいらないな」
「うん いらない」
「マスヤマが欲しい!」
「マスヤマじゃわからん」
「マスカマが欲しい!!」
「マスカマじゃわからん」
「カマオロカが欲しい!!!」
「カマオロカじゃわからん」
「アァァァァア!!」
「ニヤニヤ」
「あの…中禅寺さんもういいですから…」(カアア)
「え、えの、榎木津さん、を…」
「欲しいんなら欲しいって言え!!!!!」
「えっ…榎木津さんが、欲し…(カァァッ」
「すみません、逆に益田君をそっちに預けたいんですが」
「青木さんひどい」
「関口君が欲しい!」
「ま、益田君が」
「やらん!!!!」
「ヒィ」
「榎さん、そういうゲームじゃない」
「相談しよう」
「そうしよう」
「…って言っても向こう関口さんしか残ってないですけどね」
「いらないよ」
「えっ」
「要らないと云っているんだよ」
「いや中禅寺さん要る要らないじゃなくて、ルールですし」
「そもそも花一匁とは貧乏な家の子どもが人買いに買われていく様子を歌った歌とも言われており、僕が人買いの立場なら関口君は絶対に金を出してまでほしいものではな」
「うん、解散!!」
「榎さんがほっしい」
「関口くんを仕方ないから引き受けてやってもいい」
「素直じゃない!」
―――
深夜メッセに端を発する「はないちもんめ萌え」ログを再編集して再掲。新ジャンルの予感!
「××したほうがいいですか できれば欲しいんですけど いえ変な意味じゃなく すごい欲しいっていうか」っていう台詞からエロい方向に行かないのが榎益者クオリティ…
「かーってうれしいはないちもんめ」
「まけーてくやしいはないちもんめ」
「隣の奥さんちょっときておくれ」
「鉄砲怖くて行かれない」
「お釜被ってちょっときておくれ」
「おかまほられていかれないィ!」
「榎さん、間違ってる」
「なにこれひどい」
「相談しよう」
「そうしよう」
「ヒソヒソ… ボソボソ…」
「マスヤマ取ろうマスヤマ!」
「ヒソヒソ…」
「聞いてるのかバカ共!マスヤマを…!」
「・・・榎木津さんはいらないな」
「うん いらない」
「マスヤマが欲しい!」
「マスヤマじゃわからん」
「マスカマが欲しい!!」
「マスカマじゃわからん」
「カマオロカが欲しい!!!」
「カマオロカじゃわからん」
「アァァァァア!!」
「ニヤニヤ」
「あの…中禅寺さんもういいですから…」(カアア)
「え、えの、榎木津さん、を…」
「欲しいんなら欲しいって言え!!!!!」
「えっ…榎木津さんが、欲し…(カァァッ」
「すみません、逆に益田君をそっちに預けたいんですが」
「青木さんひどい」
「関口君が欲しい!」
「ま、益田君が」
「やらん!!!!」
「ヒィ」
「榎さん、そういうゲームじゃない」
「相談しよう」
「そうしよう」
「…って言っても向こう関口さんしか残ってないですけどね」
「いらないよ」
「えっ」
「要らないと云っているんだよ」
「いや中禅寺さん要る要らないじゃなくて、ルールですし」
「そもそも花一匁とは貧乏な家の子どもが人買いに買われていく様子を歌った歌とも言われており、僕が人買いの立場なら関口君は絶対に金を出してまでほしいものではな」
「うん、解散!!」
「榎さんがほっしい」
「関口くんを仕方ないから引き受けてやってもいい」
「素直じゃない!」
―――
深夜メッセに端を発する「はないちもんめ萌え」ログを再編集して再掲。新ジャンルの予感!
「××したほうがいいですか できれば欲しいんですけど いえ変な意味じゃなく すごい欲しいっていうか」っていう台詞からエロい方向に行かないのが榎益者クオリティ…
重い衣を脱ぎ去った身に纏う空気すらも軽く、青木は胸の底から息を吐いた。
灰色の雲はいずこかへと去り、頭上には水で刷いたような清々しい青が広がっている。
青木は目を細めた。其の青を切るように伸びるビルヂングの高さを、
柔らかな春の日差しを受けて伸びる影の色を、好ましく思ったからだ。
建物の中に居るうちは此の景色は解るまい。
彼が探偵社の扉を開けたのは、そんなほんの気まぐれに過ぎなかった。
からからん、と心なしか可愛らしい音を立ててドアベルが鳴る。
其の音を聞きつけて、益田が呼ばれるようにぱたぱたとやってきた。
「あれっ、青木さんじゃないですか。お珍しい」
「やぁ――今忙しいの?」
益田も冬の装いを止めて、柔らかそうな白い綿シャツを着ている。
肘まで捲くった袖と、ネクタイも締めずに緩めた襟元がほんの少し寒そうに思えた。
益田は目の前の青木と、室内の何処かをちらちらと忙しなく見比べている。
「いやまぁ、忙しいと云えば忙しいですけど――今ちょっと、和寅さんがお留守なもので」
「おいマスヤマ!」
聞き覚えのある大声と共に、ばぁん、と扉が開いた。青木は面食らい、益田も肩を竦める。
扉の影からにゅうと現れた白い腕を、青木は榎木津のものだと理解した。
榎木津の腕は大きくしなり、何かを投げてよこす。
「忘れ物だぞッ!」
其れは綺麗な放物線を描き、青木の足元に音も無く落ちた。
「忘れ物?」
反射的に腰を折り、拾い上げる。
くしゃくしゃに丸められた布のようなものは、持ち上げた事でぱらりと呆気なく開いた。それこそ、花のように軽く。
「あっ!」
「……あー……」
けれど、其の姿を目の前にした両者の顔は、それほど晴れやかな物では無く。
しばし硬直していたこけし青年は、ようやく人間に戻ると、目の前で器用に赤くなったり蒼くなったりする男に目を向ける。
「益田君……君と云うやつは」
「えっ、違っ… 違うんですよ」
「違うって… 此れ、下穿きじゃない…なんで下着?」
「いや、その、ですから、青木さんが思ってるような事は何も」
「榎木津さんの部屋からなんで君の下着が投げられるんだよ…うわ」
「いつまで持ってるんですか、もう!」
下着を取り返した益田の顔色は、真っ赤に固定されたようだ。
青木は「成程ね」と言いたげに2,3度うなづいて、片手を上げる。
涙目の益田に見せ付けるように、ひらひらと振って見せた。
「どうも――お忙しい所御邪魔したね。じゃあ」
「いや、ですから違うんですよ!和寅さんが出かけてて、僕と榎木津さんで洗濯物の仕分けをですね、待って、本当に待ってくださいよう!」
程なくして榎木津ビルヂングからは、悠々と歩く刑事について、転がるように探偵助手が出てきた。
春の空色と風の温もりに感動する程の心のゆとりは勿論彼には無かったが、
そんな事などお構いなしで、空ではすじ雲がゆるやかに流れている。
―――
生活感萌えです。
灰色の雲はいずこかへと去り、頭上には水で刷いたような清々しい青が広がっている。
青木は目を細めた。其の青を切るように伸びるビルヂングの高さを、
柔らかな春の日差しを受けて伸びる影の色を、好ましく思ったからだ。
建物の中に居るうちは此の景色は解るまい。
彼が探偵社の扉を開けたのは、そんなほんの気まぐれに過ぎなかった。
からからん、と心なしか可愛らしい音を立ててドアベルが鳴る。
其の音を聞きつけて、益田が呼ばれるようにぱたぱたとやってきた。
「あれっ、青木さんじゃないですか。お珍しい」
「やぁ――今忙しいの?」
益田も冬の装いを止めて、柔らかそうな白い綿シャツを着ている。
肘まで捲くった袖と、ネクタイも締めずに緩めた襟元がほんの少し寒そうに思えた。
益田は目の前の青木と、室内の何処かをちらちらと忙しなく見比べている。
「いやまぁ、忙しいと云えば忙しいですけど――今ちょっと、和寅さんがお留守なもので」
「おいマスヤマ!」
聞き覚えのある大声と共に、ばぁん、と扉が開いた。青木は面食らい、益田も肩を竦める。
扉の影からにゅうと現れた白い腕を、青木は榎木津のものだと理解した。
榎木津の腕は大きくしなり、何かを投げてよこす。
「忘れ物だぞッ!」
其れは綺麗な放物線を描き、青木の足元に音も無く落ちた。
「忘れ物?」
反射的に腰を折り、拾い上げる。
くしゃくしゃに丸められた布のようなものは、持ち上げた事でぱらりと呆気なく開いた。それこそ、花のように軽く。
「あっ!」
「……あー……」
けれど、其の姿を目の前にした両者の顔は、それほど晴れやかな物では無く。
しばし硬直していたこけし青年は、ようやく人間に戻ると、目の前で器用に赤くなったり蒼くなったりする男に目を向ける。
「益田君……君と云うやつは」
「えっ、違っ… 違うんですよ」
「違うって… 此れ、下穿きじゃない…なんで下着?」
「いや、その、ですから、青木さんが思ってるような事は何も」
「榎木津さんの部屋からなんで君の下着が投げられるんだよ…うわ」
「いつまで持ってるんですか、もう!」
下着を取り返した益田の顔色は、真っ赤に固定されたようだ。
青木は「成程ね」と言いたげに2,3度うなづいて、片手を上げる。
涙目の益田に見せ付けるように、ひらひらと振って見せた。
「どうも――お忙しい所御邪魔したね。じゃあ」
「いや、ですから違うんですよ!和寅さんが出かけてて、僕と榎木津さんで洗濯物の仕分けをですね、待って、本当に待ってくださいよう!」
程なくして榎木津ビルヂングからは、悠々と歩く刑事について、転がるように探偵助手が出てきた。
春の空色と風の温もりに感動する程の心のゆとりは勿論彼には無かったが、
そんな事などお構いなしで、空ではすじ雲がゆるやかに流れている。
―――
生活感萌えです。
夕日もだいぶ落ち、明かりの灯った薔薇十字探偵社。そこに調査を終えた益田が戻ってきた。
「ただいま戻りました。いやあもう参っちゃいましたよ依頼人と奥さんと二号さんが鉢合わせ…って、榎木津さんは?」
「お出かけだよ。関口の旦那でもからかいに行ってるんじゃないかね」
和寅は履き掃除の手を休めることなく答える。益田のほうを見ようともしない。
なぁんだそうか、と益田は云い、書類ケースの中からばさばさと報告書やら写真やらを広げ出した。
大分使い込んだケースはまちの部分が裂けてきていて、益田は其れを補修しながら使っている。
みすぼらしいから新しい物を買ったらどうだと云われても聞き入れない。余程思い入れがあるのだろう。
塵取りに埃を集めながら、和寅は益田をしげしげと眺める。
「何と云うか、君も変わらんと云うか懲りないと云うか」
「えぇ?何の話ですよ。僕ァすっかり探偵助手として成長して」
「そっちじゃないよ」
益田がここに来てからずっと、変わらず続く朝のことを思い出す。
「相変わらず第一声が「榎木津さんは?」だ」
「あぁ――なんか前もそう云われた気がします」
「云いたくもなるよ。目隠しの衝立もとっぱらって見晴らしが良くなったにもかかわらずだ」
「いやぁ…何と云うか、居なきゃ居ないで気になりますよねェ。今日も寒いし、風邪でもひかれたら困るの僕らですし」
益田は書類を束ね、ケースの中に戻した。其の視線は、大きな窓の向こうに広がる夕焼けを見ている。
「…あーあ、榎木津さん何してんのかなァ…」
そう呟いた表情は和寅には見えなかったが、声色から幾つかの感情が読み取れてしまう程には彼との付き合いも長い。
和寅は溜息混じりに肩を落とした。
「――そう心配する事もありゃしないけどね、だって」
「そう!僕ならば此処に居るッ!」
「うわわわッ!」
益田が取り落としたケースの中から、仕舞ったばかりの書類がばらばらと飛び出した。
大きな探偵机の下から、突然榎木津が姿を現したのだ。驚くのも無理は無い。
橙色の夕陽を背に近寄ってくる榎木津の顔は、裂けたかと思うほど笑っている。
「な、何やってるんですか榎木津さん」
「其れはこっちの台詞だバカオロカ。あちらこちらで僕が居ると困るだの面倒だの吹聴して回ってるそうじゃないか」
「いや、あの、それはその」
詰問するような口調だが、和寅には解る。きっと言葉程に彼の機嫌は悪くない。
自分の主人は機嫌が良いほど厄介な男だと云う事を知っている和寅は、そっと其の場を離れ、台所へ入った。
聞き耳を立てるまでもなく、榎木津の声は良く響くのだ。
「僕に居て欲しいなら居て欲しいと云えばいいものを!」
薬缶に水を注ぎながら和寅はくつくつ笑う。背中越しに、いつしか聞き慣れた大の男の泣き声。
―――
昨年の2月拍手をセルフカバー(?)一周年ありがとうございます。
「ただいま戻りました。いやあもう参っちゃいましたよ依頼人と奥さんと二号さんが鉢合わせ…って、榎木津さんは?」
「お出かけだよ。関口の旦那でもからかいに行ってるんじゃないかね」
和寅は履き掃除の手を休めることなく答える。益田のほうを見ようともしない。
なぁんだそうか、と益田は云い、書類ケースの中からばさばさと報告書やら写真やらを広げ出した。
大分使い込んだケースはまちの部分が裂けてきていて、益田は其れを補修しながら使っている。
みすぼらしいから新しい物を買ったらどうだと云われても聞き入れない。余程思い入れがあるのだろう。
塵取りに埃を集めながら、和寅は益田をしげしげと眺める。
「何と云うか、君も変わらんと云うか懲りないと云うか」
「えぇ?何の話ですよ。僕ァすっかり探偵助手として成長して」
「そっちじゃないよ」
益田がここに来てからずっと、変わらず続く朝のことを思い出す。
「相変わらず第一声が「榎木津さんは?」だ」
「あぁ――なんか前もそう云われた気がします」
「云いたくもなるよ。目隠しの衝立もとっぱらって見晴らしが良くなったにもかかわらずだ」
「いやぁ…何と云うか、居なきゃ居ないで気になりますよねェ。今日も寒いし、風邪でもひかれたら困るの僕らですし」
益田は書類を束ね、ケースの中に戻した。其の視線は、大きな窓の向こうに広がる夕焼けを見ている。
「…あーあ、榎木津さん何してんのかなァ…」
そう呟いた表情は和寅には見えなかったが、声色から幾つかの感情が読み取れてしまう程には彼との付き合いも長い。
和寅は溜息混じりに肩を落とした。
「――そう心配する事もありゃしないけどね、だって」
「そう!僕ならば此処に居るッ!」
「うわわわッ!」
益田が取り落としたケースの中から、仕舞ったばかりの書類がばらばらと飛び出した。
大きな探偵机の下から、突然榎木津が姿を現したのだ。驚くのも無理は無い。
橙色の夕陽を背に近寄ってくる榎木津の顔は、裂けたかと思うほど笑っている。
「な、何やってるんですか榎木津さん」
「其れはこっちの台詞だバカオロカ。あちらこちらで僕が居ると困るだの面倒だの吹聴して回ってるそうじゃないか」
「いや、あの、それはその」
詰問するような口調だが、和寅には解る。きっと言葉程に彼の機嫌は悪くない。
自分の主人は機嫌が良いほど厄介な男だと云う事を知っている和寅は、そっと其の場を離れ、台所へ入った。
聞き耳を立てるまでもなく、榎木津の声は良く響くのだ。
「僕に居て欲しいなら居て欲しいと云えばいいものを!」
薬缶に水を注ぎながら和寅はくつくつ笑う。背中越しに、いつしか聞き慣れた大の男の泣き声。
―――
昨年の2月拍手をセルフカバー(?)一周年ありがとうございます。
とっくに煩悩を打ち払う鐘の音も静まり、残響すらも闇に溶けた刻限。
薔薇十字探偵社にはモダンな内装に似合わぬ量の酒瓶やら空の皿が転がっている。
更には、申し訳程度に毛布を被せられた2つの影。
1つは何の前触れも無くカッと双眸を見開いたかと思うと、飛び上がるようにして――否、彼は正しく飛び上がっていた――立ち上がる。眠りを守る用を失った毛布がずるりと滑り、長い脚が邪魔だと云わんばかりに其れを蹴り上げる。
「初日の出だッ!!」
朗々とした声は、冷えた夜気と闇に広がってふっと消えた。答える者は無い。
榎木津は酒瓶を蹴散らしつつ、手探りで電気を点した。日の出よりもずっと白く人工的な光が室内を照らす。
姿の見えない和寅は、私室で眠っているのだろう。本家に戻り損ねる程の激務から束の間開放されて。
榎木津が目を止めたのは、ソファの上で飲みかけの杯も其のままに力尽きている下僕の方だった。
やや緩んだ襟元を掴み、遠慮会釈無く揺さぶってやる。頭ががくがくと揺れ、長い髪が踊った。
「そぅらマスヤマ起きろ!神の目覚めだ!ご来光だぞ!」
「う、うう」
反射のような、単純に苦悶のような声が上がったのを確かめ、榎木津はぱっと手を放す。抵抗無く落ちた益田の頭が肘掛にぶつかって、ごつりと重い音を立てた。馬乗りになったままで、じっと下僕の様子を確かめる。鳶色の瞳が、薄い瞼が震えるのを注視している。
今にも開かれるかと思われた瞳の代わりに、唇がむにゃむにゃと不明瞭な言葉を呟き、そして。
「―――え、のきづ、さぁん……」
思いのほかはっきりと聞こえた声に面食らっている榎木津の目の前で、益田の表情が緩む。眉からも瞼からもふっと力が抜け、口元をぽかりと開いて。
締まりの無い、緩みきった、だらしの無い―――なんの憂いも無さそうな貌。
「…………」
榎木津は暫く其れを眺めていたが、やがて自分の顎に指先をやって、何にとも無く頷いた。
■
橙色に包み込まれ何処か神聖な気配漂う景色の中、百年の眠りを妨げられたような不機嫌面をした中禅寺が立っている。
大きすぎる「荷物」を抱えた早すぎる来客を前に、機嫌良く微笑む方が無理というものだ。
「うはははは!初日の出だぞ!」
「ああまぁ其れは良いんですがね――「其れ」はどうした事だね?お年賀にしては巨大すぎるように見えるのだが」
骨ばった指先が示した物は、榎木津の右肩に引っかかっている。毛布で簀巻きにされて、丈が足りない分飛び出した足先には靴すら履かされていない。
榎木津は無抵抗な身体を抱えなおすと、赤子を見せる時のようにずいと益田の顔を差し出す。
「叩き起こして車を出させる予定だったが、どうも凄ォく楽しい夢を見てるらしい。見たまえ、此のだらんとした下僕面を」
「あまり元旦の朝から見たい物では無いね。――結局自分で運転して来たんだろう?益田君は置いてくれば良かったものを」
「折角楽しい夢を見てるのに、起きたら全部幻じゃあ気の毒だろう。寝ても覚めても神が居ると云うのが僕からのお年玉だ!」
「其れは其れは……」
「どうだ羨ましかろう。あげないよ。うふふふふ」
仏頂面の中禅寺を差し置いて、榎木津だけが、さも機嫌が良さそうに益田の頬を突いている。
薄い眉は其の都度迷惑そうに歪んだが、直ぐにへなりと幸せそうな顔に戻ってしまう。幾度か繰り返して見せると、榎木津は何故か自慢げに笑って見せた。
数時間後。
京極堂の座敷で目を覚ました益田は、はて自分は探偵事務所で酔いつぶれていたのではと思い、余程変な夢を見ているような気分にさせられたと云う。
―――
除夜の鐘も初日の出も初夢も遅刻ですが、マスヤマの幸せは365日有効なので問題ありません。
薔薇十字探偵社にはモダンな内装に似合わぬ量の酒瓶やら空の皿が転がっている。
更には、申し訳程度に毛布を被せられた2つの影。
1つは何の前触れも無くカッと双眸を見開いたかと思うと、飛び上がるようにして――否、彼は正しく飛び上がっていた――立ち上がる。眠りを守る用を失った毛布がずるりと滑り、長い脚が邪魔だと云わんばかりに其れを蹴り上げる。
「初日の出だッ!!」
朗々とした声は、冷えた夜気と闇に広がってふっと消えた。答える者は無い。
榎木津は酒瓶を蹴散らしつつ、手探りで電気を点した。日の出よりもずっと白く人工的な光が室内を照らす。
姿の見えない和寅は、私室で眠っているのだろう。本家に戻り損ねる程の激務から束の間開放されて。
榎木津が目を止めたのは、ソファの上で飲みかけの杯も其のままに力尽きている下僕の方だった。
やや緩んだ襟元を掴み、遠慮会釈無く揺さぶってやる。頭ががくがくと揺れ、長い髪が踊った。
「そぅらマスヤマ起きろ!神の目覚めだ!ご来光だぞ!」
「う、うう」
反射のような、単純に苦悶のような声が上がったのを確かめ、榎木津はぱっと手を放す。抵抗無く落ちた益田の頭が肘掛にぶつかって、ごつりと重い音を立てた。馬乗りになったままで、じっと下僕の様子を確かめる。鳶色の瞳が、薄い瞼が震えるのを注視している。
今にも開かれるかと思われた瞳の代わりに、唇がむにゃむにゃと不明瞭な言葉を呟き、そして。
「―――え、のきづ、さぁん……」
思いのほかはっきりと聞こえた声に面食らっている榎木津の目の前で、益田の表情が緩む。眉からも瞼からもふっと力が抜け、口元をぽかりと開いて。
締まりの無い、緩みきった、だらしの無い―――なんの憂いも無さそうな貌。
「…………」
榎木津は暫く其れを眺めていたが、やがて自分の顎に指先をやって、何にとも無く頷いた。
■
橙色に包み込まれ何処か神聖な気配漂う景色の中、百年の眠りを妨げられたような不機嫌面をした中禅寺が立っている。
大きすぎる「荷物」を抱えた早すぎる来客を前に、機嫌良く微笑む方が無理というものだ。
「うはははは!初日の出だぞ!」
「ああまぁ其れは良いんですがね――「其れ」はどうした事だね?お年賀にしては巨大すぎるように見えるのだが」
骨ばった指先が示した物は、榎木津の右肩に引っかかっている。毛布で簀巻きにされて、丈が足りない分飛び出した足先には靴すら履かされていない。
榎木津は無抵抗な身体を抱えなおすと、赤子を見せる時のようにずいと益田の顔を差し出す。
「叩き起こして車を出させる予定だったが、どうも凄ォく楽しい夢を見てるらしい。見たまえ、此のだらんとした下僕面を」
「あまり元旦の朝から見たい物では無いね。――結局自分で運転して来たんだろう?益田君は置いてくれば良かったものを」
「折角楽しい夢を見てるのに、起きたら全部幻じゃあ気の毒だろう。寝ても覚めても神が居ると云うのが僕からのお年玉だ!」
「其れは其れは……」
「どうだ羨ましかろう。あげないよ。うふふふふ」
仏頂面の中禅寺を差し置いて、榎木津だけが、さも機嫌が良さそうに益田の頬を突いている。
薄い眉は其の都度迷惑そうに歪んだが、直ぐにへなりと幸せそうな顔に戻ってしまう。幾度か繰り返して見せると、榎木津は何故か自慢げに笑って見せた。
数時間後。
京極堂の座敷で目を覚ました益田は、はて自分は探偵事務所で酔いつぶれていたのではと思い、余程変な夢を見ているような気分にさせられたと云う。
―――
除夜の鐘も初日の出も初夢も遅刻ですが、マスヤマの幸せは365日有効なので問題ありません。