『6.午後のスコール(5)』の続きです。未読の方はそちらからお願い致します。
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『6.午後のスコール(4)』の続きです。未読の方はそちらからお願い致します。
「なにこれ」
風呂場の入り口には榎木津が仁王立ちしている。
益田はそちらを見られないので表情までは知らないが、声からして明らかに不機嫌な様子だ。
理由も勿論解っている。浴槽の水面をびっしりと埋め尽くしている、緑色の葉。
「なにこれっていうか、その、菖蒲湯です…すみません」
いたたまれなくなった益田が、顎までを湯に沈める。目の前一杯に広がる菖蒲の葉がゆらゆらと揺れた。
■
榎木津の言動が出鱈目なのは今に始まった事では無い。無いのだが。
さすがの益田も「一緒に風呂に入るぞ!」と言われてしまっては、改めて「何を言っているんだこのおじさんは」と思わざるを得ない。
噴き出しかけた紅茶を必死に飲み込み、冷静さを装ってカップを机上に戻す。
続いて周囲を見渡した。あまり考えたくは無いが、他の誰かに言ったのかもしれない。
しかし生憎事務所内には益田と、にこにこと笑っている榎木津しか居なかった。
「え、僕ですか」
「他に誰がいる!」
「だから聞いてるんですよ、なんで僕ですか」
「なんでもさってもない、神がお風呂に入るって言ってんだから下僕も付き従って背中のひとつも流すべきだ!」
背中を流す位なら、何も一緒に浴槽にまで浸かる必要は無いのではないか。
引き攣った薄笑いを浮かべた益田は後ずさり、事務所の出口目掛けて駆け出そうとした。
案の定逃亡は失敗し、榎木津に襟首を捕まれる。
「風呂に入りたくないのならこうしてやる」
あっ、と思った時には既に、置きっぱなしの紅茶を頭から浴びせられていた。
幸いにも紅茶は既にだいぶ温んでいて、火傷を負う事は無かったが、シャツの襟首から胸元へ、挙げ句ズボンまでも薄い紅色に染まっていく。
「うわわわ」
たたらを踏む益田の頭上から、さらに冷たい液体が流れ落ちる。
ミルクポットに入っていた牛乳だった。神ともなると、汚しっぷりまで徹底している。
悲しむより先に感心してしまった益田の前髪を、ゆっくりと白い液体が伝った。
その向こうには、空になったミルクポットを掲げて微笑む探偵がいる。
「汚れてしまったなぁ。これはすぐにでも風呂に入らなければいけない。そうしなさい。僕も後から行くから」
■
言葉通り後から来た榎木津は、浴槽に2本の腕を突っ込んだ。益田の肩がびくりと竦む。
5月の陽光に満たされた浴室で、裸の肩が白く、眩い。
その腕がばしゃばしゃと乱暴に水面をかき回し、菖蒲の葉を掻きだし始めた。
益田が悲痛な叫び声を上げる。
「ぎゃあああやめてくださいやめてください!」
「邪魔だこんなの、そうでなくてもこんなに入れたら風呂場が青臭いじゃないか!」
「だってこれが無いと、見えちゃうじゃないですか!」
「カマっぽい事言うんじゃないよ、お前の貧相な身体なんか見えたって関係ないぞ!」
「僕ぁどうでもいいんですよ、榎木津さんが」
榎木津の腕がぴたりと止まり、水音も止む。
静かになった浴室に、益田の声が響いた。
「こんな昼間っから榎木津さんの裸なんか見たら、僕ぁ…」
大きな目をぱちくりとさせ、榎木津が益田の顔を見つめる。
濡れ髪を張り付かせた頬は、湯に当たったように真っ赤に染まっていた。
――――
一緒にお風呂は浪漫です。浪漫に理由とか要らないですよ…(逃げやがった)
風呂場の入り口には榎木津が仁王立ちしている。
益田はそちらを見られないので表情までは知らないが、声からして明らかに不機嫌な様子だ。
理由も勿論解っている。浴槽の水面をびっしりと埋め尽くしている、緑色の葉。
「なにこれっていうか、その、菖蒲湯です…すみません」
いたたまれなくなった益田が、顎までを湯に沈める。目の前一杯に広がる菖蒲の葉がゆらゆらと揺れた。
■
榎木津の言動が出鱈目なのは今に始まった事では無い。無いのだが。
さすがの益田も「一緒に風呂に入るぞ!」と言われてしまっては、改めて「何を言っているんだこのおじさんは」と思わざるを得ない。
噴き出しかけた紅茶を必死に飲み込み、冷静さを装ってカップを机上に戻す。
続いて周囲を見渡した。あまり考えたくは無いが、他の誰かに言ったのかもしれない。
しかし生憎事務所内には益田と、にこにこと笑っている榎木津しか居なかった。
「え、僕ですか」
「他に誰がいる!」
「だから聞いてるんですよ、なんで僕ですか」
「なんでもさってもない、神がお風呂に入るって言ってんだから下僕も付き従って背中のひとつも流すべきだ!」
背中を流す位なら、何も一緒に浴槽にまで浸かる必要は無いのではないか。
引き攣った薄笑いを浮かべた益田は後ずさり、事務所の出口目掛けて駆け出そうとした。
案の定逃亡は失敗し、榎木津に襟首を捕まれる。
「風呂に入りたくないのならこうしてやる」
あっ、と思った時には既に、置きっぱなしの紅茶を頭から浴びせられていた。
幸いにも紅茶は既にだいぶ温んでいて、火傷を負う事は無かったが、シャツの襟首から胸元へ、挙げ句ズボンまでも薄い紅色に染まっていく。
「うわわわ」
たたらを踏む益田の頭上から、さらに冷たい液体が流れ落ちる。
ミルクポットに入っていた牛乳だった。神ともなると、汚しっぷりまで徹底している。
悲しむより先に感心してしまった益田の前髪を、ゆっくりと白い液体が伝った。
その向こうには、空になったミルクポットを掲げて微笑む探偵がいる。
「汚れてしまったなぁ。これはすぐにでも風呂に入らなければいけない。そうしなさい。僕も後から行くから」
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言葉通り後から来た榎木津は、浴槽に2本の腕を突っ込んだ。益田の肩がびくりと竦む。
5月の陽光に満たされた浴室で、裸の肩が白く、眩い。
その腕がばしゃばしゃと乱暴に水面をかき回し、菖蒲の葉を掻きだし始めた。
益田が悲痛な叫び声を上げる。
「ぎゃあああやめてくださいやめてください!」
「邪魔だこんなの、そうでなくてもこんなに入れたら風呂場が青臭いじゃないか!」
「だってこれが無いと、見えちゃうじゃないですか!」
「カマっぽい事言うんじゃないよ、お前の貧相な身体なんか見えたって関係ないぞ!」
「僕ぁどうでもいいんですよ、榎木津さんが」
榎木津の腕がぴたりと止まり、水音も止む。
静かになった浴室に、益田の声が響いた。
「こんな昼間っから榎木津さんの裸なんか見たら、僕ぁ…」
大きな目をぱちくりとさせ、榎木津が益田の顔を見つめる。
濡れ髪を張り付かせた頬は、湯に当たったように真っ赤に染まっていた。
――――
一緒にお風呂は浪漫です。浪漫に理由とか要らないですよ…(逃げやがった)
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