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2024/11/23 07:57 |
6.午後のスコール(6)
『6.午後のスコール(5)』の続きです。未読の方はそちらからお願い致します。




「うはははは、というわけで、僕だ!」

目の前に燦然と参上した探偵を前に、鳥口はぽかんと口を大きく開けているしか無かった。
仕事終わりの人々が行き交う街中、からからと笑う美丈夫の姿は明らかに奇矯でしか無い。そうで無くても、ここに榎木津が現れる事など鳥口は予想だにしていなかった。
薔薇十字探偵社に電話した時、確かに益田は居なかった。代わりに寅吉が応対したので、伝言を頼んだのだ。
こないだの分まで飲み直そう―――そう云って。
ところが人波をかき分けてやって来たのは、益田でも寅吉でも無く、この男だったのでたまらない。笑い声が一区切りした所で、鳥口はようやく切り出した。

「あのお、大将。僕ぁてっきり益田君が来ると思ってたんですが」
「マスカマは仕事を休んだぞ!頭痛、咳、鼻水、おまけにガンメンキンニクツウだそうだ!」
「ガンメ…?…あぁ、顔面すか。あれ?てことは、無事に顔治ったんすねぇ?」

頭の後ろに手をやって「どうもすみませぇん」とへらへら笑う益田の顔が脳裏にぽっと浮かんだ。榎木津の目にもそれは視えたのか、「気持ち悪いなぁにやにやして」等と酷い事を云っている。

「わざわざ連絡に来てくれたんですか、そりゃあどうも申し訳無い」

帽子を脱いで、ぺこりと頭を下げた鳥口に対して、榎木津が益々胸を張る。

「マスヤマの事はついで。僕は鳥ちゃんに云う事があるから来たんだ」
「はて、何でしょう」

云うや否や、ずいと顔を近づけられて、鳥口はぎょっと目を見開く。にいと笑った美貌の中で、几帳面に並んだ歯が真っ白い。
鳶色の瞳の中に、自分の驚いた顔が映っているのが見えた。

「マスヤマが随分…世話になったようだな?」

いやいやそんなことは、と頭を下げかけて、鳥口は凍りついた。「世話になった」の辺りに、妙な含みを感じたのだ。心当たりと云えば―――益田を暖めながら眠ったあの夜の事。あの夜は勿論何も無かったが、それ以前に何も無かったかと云うと―――記憶の連鎖を止められずおたおたと手先をバタつかせる鳥口に向けて、先を促すような栗色の前髪に額を擽られる。編集長に叱られる時と同じく、飛び跳ねるように背筋をしゃんと伸ばした。

「いや、いやそんな!そんなことは、無…ありますけど!何て云うか」
「ふむふむ成程、鳥ちゃんは怖い夢を見たらお母さんに同じようにしてもらっていたのだな!」
「うへえええ、止めてくださいよ!」
「うははは面白い、小鳥が小鳥を抱えて寝ている」

鳥口は逃げるように頭を振っていたが、はっと動きを止めた。
けらけらと笑う榎木津の揺れる髪の向こうから、走ってくる黒髪。人影は間もなく速力を緩め、立ち止まって前髪を払った。

「居た居た鳥口君、帰っちゃったかと…和寅さんに聞いたら、榎木津さんが先に行ったって云うから僕ぁもう」
「益田君!頭痛と咳と鼻水と、顔面筋肉痛はもう良いのかい」
「そっちのほうは薬飲んで一日寝てたらまぁ治ったけど、顔の方はまだちょっと痛いですねぇ。なにせ丸2日くらいずーっと同じ顔してたもんだから」
「コラ益山邪魔だぞ、折角鳥ちゃんをからかって遊んでいたところだったのに」

榎木津は矛先を益田に変え、尖った肩をぐいと突く。叱られた益田は、鳥口のイメェジと同じような軽薄な笑顔で適当な謝罪を口にしている。痛たた、と頬を押さえる姿を見て、ようやっと鳥口の胸にじわじわと安堵が込み上げてきた。

「じゃっ行きましょうか!今日は定休日じゃないんでしょうね」
「大丈夫大丈夫、おっと、どうですか大将もご一緒に」
「美味しい卵焼きがあるなら行く」
「大将の家と比べたらどうか解りませんが、そこそこイケますよ。出汁が入ってて大根おろしを添えて」
「えぇー、榎木津さんも来るんですかぁ?」
「僕が行ったら困る事でもあるのか、この薄笑い男!」

ぽかりと榎木津の拳が益田の丸い頭を打ち、鳥口は笑った。
3人の足が連れ添って、それぞれの歩幅で同じ場所に向かう。踵が舗装された道とぶつかるたびに、かつかつと乾いた音が立った。
路上には水溜りはもはや無く、天の恵みを受けてすくすくと葉を伸ばす緑の並木があるだけだ。染まり始めた橙の空に向かい、地面には長い影を伸ばしている。
3人の影は其れらと交わっては、するりと離れて1軒の店の中へ消えていった。赤い提灯がゆらりと揺れる。





―――雨は、もう終わった。



お題提供:『BALDWIN』様


―――
これにて完結です。
長らくお付き合い頂きありがとうございました!


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2009/06/04 01:19 | Comments(0) | TrackBack() | 益田

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