忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/11/23 10:27 |
7.チャイナ服
司×益田です。ご注意。




PR

2011/04/01 23:21 | Comments(0) | 未選択
8.ゴシック&ロリータ

偶に胸の裡から、沸々と黒い感情が湧いてくる事がある。「苛苛する」とか「ストレス」と呼ばれる類のものだ。
例えば、出来の悪い下僕が応接机に噛り付いて、何やら書物をしている時。皮の長椅子と揃いで設えられている、足の短い黒檀のテーブルは、事務作業をするには低すぎる。膝を曲げ、背中を丸めていると、肌に張り付いたシャツから背骨が浮き出して、彼の姿を益々情けなく貧相に見せるのだ。
原因がそんなものであるなら別段構わない。到って冷静に、自らの足で其の背を長椅子から蹴り落とせば済むだけの話だ。へなへなと床に倒れこんだ下僕が向ける、驚愕か非難か、或いは諦念を滲ませた卑屈な目を見ればいつの間にか解消される。ストレスは原因から取払うのが最も手っ取り早く、確実な手段だと、榎木津は知っていた。
だからこそ、解消しようがないストレスは面倒だと言う事も解っている。原因物質が遠い過去にある場合は、流石の神も手の出しようがない。物理的な除去に失敗した其れは、何でもない時――例えば事務所を皆が留守にしていて、一人暇を持て余している時――に限って、記憶の底から浮かび上がってくるのである。濁った池の中から浮いてくる鯉のように。

女中が自分の髪に櫛を入れながら、うっとりと呟いた言葉。
誰か大人に連れて行かれた園遊会で、自分を取り囲んだ女の猫撫で声。
幼馴染と蜻蛉を追っている時、擦れ違いざまに聞こえた誰かの声。


「――――女の子みたいに可愛い子ね」


榎木津は革靴の踵で思い切り探偵机の天板を打ち、立ち上がった。






「ひぃ、疲れた疲れた」

大袈裟とも云える程頼りない足取りで、手摺を掴みながら上がってきたのは益田である。依頼人との打ち合わせを三件梯子してから見上げるビルヂングの階段は、天までの階段だ。無論、良い意味では無い。どうにかこうにか登ってきた益田は、事務所に続く最後の踊り場で一旦足を止め、溜息を吐いた。
残る段は二十も無い。無いが、どうにも面倒臭い。喫煙の趣味があるなら、ここらで一服して休憩する所なんだけど―――そう思いながら、冷たい壁に凭れて呆然と階上を見上げていると、不意に事務所の扉が開いた。寅吉は昼から出掛けると云っていたから、きっと榎木津だろう。

「榎木津さん、お出掛けで―――」

反射的に浮かべたゆるい笑みは、喉まで出掛けた言葉と共に、たちまちに凍りついた。開いた扉の陰から、「何か」がこちらを見下ろしている。明かり取りの小窓から落ちる柔らかな日差しの中、其の黒衣は奇妙に浮いている。中禅寺が憑き物落しの際纏う装束とは全く異質の違和感。円盤めいた輪郭に広がったスカートにはびっしりとフリルとリボンがあしらわれ、更には二本の脚が――あれは脚だろうか?脚にしては随分と、異常に白い――にょきりと生えている。栗色の巻き毛の上に、女給がつけているような、いやもっと華美なレースの飾りを乗せた何かだ。「何か」は益田を一瞥すると、スカートを翻して扉を閉めた。動きに合わせて、華奢なサテンのリボンがひらりと舞うさまから、益田は目が離せなかった。無論、悪い意味で。
気絶しそうな益田の目の前で、巨大な仏蘭西人形が、生きて、ずかずかと階段を降りてきている。

「わ、わあ、お化け―――――!」
「何、お化けだって!? 其れは面白い! 何処だ、何処にいる」
「こんな時に何云ってんですか榎木津さん、ってあれ… 榎木津さん?」

自分の言葉で我に返った益田は、涙で曇った視界を拭う。晴れた視界の中には、きょろきょろと辺りを見回している榎木津が居た。全身を黒いドレスで覆ってはいるが、確かに榎木津だ。なんだ何処にも居ないじゃないか、と益田を睨む鳶色の瞳は、紛れも無く榎木津の其れだ。

「うわ、本当に榎木津さんだ… ちょっと、何してんですよそんな格好で!」
「何もしていないぞ、まだ。僕が何かするのはこれからだ」
「そんな姿で何をしようと云うんですか! 止めてくださいよもう!」
「何をする馬鹿者、押すな!」

榎木津の背を押しながら、益田は面倒だった階段を一息に駆け上がった。広い背中を十字に編み上げるリボンの艶が悲しい。はて榎木津は背が高かったが、これ程までに大きかったろうかと思っていると、成程底の高い靴を履いているのが見えて、うんざりを通り越して、妙に納得してしまった。





さて、薔薇十字探偵社である。
長椅子に益田、探偵机に榎木津。いつもと変わりの無い構図だ。榎木津礼二郎と呼ぶよりも、仏蘭西人形のお化けと称するのが解り易いのが悲しい所だ。ぶすくれた顔で爪先を揺らしている榎木津に、益田が溜息混じりに問いかけた。

「何をしようと云うんですよ、そんな奇矯な姿で。仮装パーティーにでも行くんですか」
「そうだ、この僕の行く所、何処でもパーティーにしてやろう」

いつもながら意味が解らない。祭りの余興にしても、冗談が過ぎる。異常に膨らんだスカートから伸びる脚は、ご丁寧に白いタイツで覆われていた。成程不気味に白いわけだ。
頭に乗せていた飾りを、榎木津が邪魔だとばかりにかなぐり捨てる。彼は化粧をしていなかったので、首から上だけでも通常の榎木津に戻ったと、益田は少なからず安堵した。

「僕を女の子みたいだとほざいた連中に、これで目にもの見せてやるのだ」

益田は目を見開いた。

「はぁ? 女の子みたいって…榎木津さんがですか?」
「そのとウり。幼い頃の僕は、行く先々でそう云われていた。あの時は解らなかったが、今なら解る。あの時僕は腹が立っていたのだ。今なら的外れな事を云う連中に天誅のひとつも食らわせてやるのだが、実に口惜しい!」

榎木津は口惜しいぞーと喚きながら、それこと子供のように手足をばたつかせている。
益田の興味はちらちらと見えるスカートの中身よりも、榎木津の顔の方に向いていた。普段は忘れがちだが、こうしてみるとやはり綺麗な顔なのである。タイツの不自然な白よりも、隠されている肌の方が、余程好感を持てる。塗り隠した白ではなく、内側から光を放つような色をしている。眉も睫毛も日本人離れして濃い。すっと通った鼻筋から続く唇は血の色を透かせた薄桃色だ。三十路も半ばでこの美貌、幼い頃は其れこそどれ程の美少年であったかなど、想像に難くない。というか、美少年でない榎木津を想像する事の方が難しい。
だからと云って―――

「ねえ榎木津さん」
「なんだ!」
「其の格好、本当に可笑しいですよ。肩だって腕だってぱつぱつに張ってますし、脚も酷いもんです。筋肉が余計に目立っちゃってるし…」
「当たり前だ!その為にやってる」

肩を回しながら榎木津が答えた。やはり窮屈なのだろう。空気を入れて膨らませた袖の中で、硬い肩が軋むのが見えるようだ。

「ですけどね榎木津さん、可笑しな話ですが、そんな格好でも僕にゃあ素敵に見えるんですよねェ」

何でですかねェ。
益田の言葉に、今度は榎木津が目を見開く番だった。

「お前… お化けーって云ったじゃないか」
「そりゃ云いますよ、そんなヒラッヒラの格好した大男がひょっこり現れたら。でも見慣れてくると何だか妙に味があるというか、榎木津さんどんな変な服でも似合っちゃう癖に、これ程まで着こなせていない姿を見ると笑ってしまうと云うか」

ふわりと柔らかそうな、仕立ての良いドレスシャツの袖から出ている手の甲。薄い皮膚の下から形の良い手骨が浮き出ている。益田は其の手がとても好きだ。いつ何時でも、其の手を見れば、益田は縋ってしまうだろう。仏蘭西人形のお化けだろうが、日本人形の妖怪であろうが、構うものか。其れが榎木津礼二郎である限り。
榎木津は背もたれに体重を預け、がっくりと顎を反らした。

「なんだ、つまらない。バカオロカが悲鳴を上げて逃げ惑うくらいなら上出来だと思ったのに、興が削がれた」
「すみません、ご期待に沿えず」

へら、と笑った益田に、喉を晒したままの榎木津が指を振った。台所に向かい、茶を淹れろという合図。益田はすっと立ち上がる。そういえば茶棚に貰い物の饅頭があった。あれを添えて供すれば、神の機嫌も少しは上向くだろう。
縦横に張り巡らされたリボンとフリルに拘束された姿など、彼には似合わない。
あらゆる拘束も執着も吹っ飛ばした、自由な姿が一番似合う。

例えそれが自分の想いすら振り払ったとしても、本望だ。少なくとも、今のところは。






神保町に二度目の悲鳴が響き渡ったのは、すっかり日も落ちてからのこと。

「お、お化けーーーーーーーーーーーー!!!!」
「あ、和寅さんおかえりなさい」
「遅いぞ和寅、夕食の支度はまだか?」





―――
2010年になくて2011年にあるもの それは志水版子榎。
時代考証とか…いいよ…(エア煙を吹かしてエア遠い目)




2011/04/01 08:45 | Comments(0) | 未選択
4.セーラー服
益田龍一という男を評価する際、「多弁な男だ」という言葉がよく聞かれる。口が軽いと云うわけではないのに、滑りが良く、さらには回る。一旦調子に乗ってしまえばこちらのものだと云わんばかりによく喋る。其の内容の殆どが適当な言い回しであったり、根拠の無い幇間であることもしばしばだけれど。
多弁と云えば例の中野の本屋を思い出す者も多いだろう。彼の弁が最も冴えるのは、やはり憑き物落し。隠れた真実を晒し出す時であろう。対して、追い詰められた時ほどよく喋るのが益田だ。泣いてみせ、おだててみせ、どうにかこうにか煙に巻く。中禅寺の武器が言葉であるのと同じように、益田の防具もまた言葉なのである。
そんな益田が「言葉も無い」と云った表情で、茫然と佇んでいる。
散らかり放題の榎木津の部屋でそんなものを見つけてしまったのは、完全に偶然である。箪笥の中に乱雑に突っ込まれた色とりどりの衣装の中において、白い身頃に濃紺の三角襟は地味すぎて埋没している。箪笥の扉に挟まった赤いスカーフに益田が気づきさえしなければ、この一件は起こらずに済んだ事だ。
榎木津が戦時中海軍に所属していた事は益田も知っている。彼は確か将校だったから実際セーラー服を着て働いていたかどうかは疑問だが、一着位持っていたって可笑しくはない。
だが。

「……いや、スカートは要らないでしょう」

一緒になって出てきた其れが、益田の言葉を根こそぎ奪ったのだ。触れて確かめるまでも無く、見るからに三角襟と揃いの生地。ぴしりと揃った襞は凛とした印象を与えつつも何処か可憐で、とても海上での激務に耐えられそうな代物では無い。海兵時代の制服という線は消えた。蜘蛛の糸のように果敢ない線ではあったけれど。
益田はちらりと背後に目をやった。寝台の上には、昼寝している榎木津が居る。巨大すぎると思われた寝台も、榎木津が長い手足を思い切り投げだせばちょうど良いくらいだ。そっと傍に近寄って、揃いの制服を合わせてみる。腰から合わせたスカートの丈は長身の榎木津にぴったりと添うくらいだった。こんな巨大な女学生が居るなら、お目にかかってみたいものだ。益田はほっと胸を撫で下ろす。榎木津が過去に女学生と交際していた可能性自体を否定する気は毛頭ないが、持ち物を後生大事に持っていられる方が胸が痛い。彼本人に女装趣味があるほうが何倍もマシである。今更其れ位の事で揺らぐほど、益田の恋心、もとい忠心は柔なものでは無いのだから。
益田はしげしげとセーラー服を眺める。スカート回りの長さを手で測ってみれば、思いのほか細かった。

「こんな服が着られるなんて、榎木津さん、思ったより…」

状況妄想嗜好者の悲しさで、益田の頭の中には、セーラー服を纏った榎木津が既に浮かんでしまっている。清楚な三つ折り靴下が一緒に出てきたわけではない。完全に益田の趣味である。
栗色の髪を風に遊ばせながら、榎木津が振り向いて微笑む。

『マスヤマ!どうだ、似合うだろう!』

ええ、可憐です。守ってあげたくなっちゃいます。

『コラ、僭越だぞ!下僕の分際で!お前に守られる程僕は弱くない!』

ええ、本当にそうです。榎木津さんは凄く強い。こんな細い身体の何処にそんな力があるんですか?

『あっ、こ、コラ!誰が触っていいって云った!このバカオロカめっ』

すみません、でも、触っちゃいけないとも仰ってないですよね?



「榎木津さん…!」

益田は思わず、空っぽのセーラー服を抱きしめた。衣紋掛けが外れて床に落ち、中身の無い洋服が腕をまわされた場所からぐったりと折れ曲がる。
其れでも制服の胸元から香る榎木津の移り香は、益田を十分に満足させた。
実の所、益田の鼻を擽る匂いは移り香でもなんでもなく、舶来物の洗剤の匂いであったのだが、誰も益田を責める事は出来ない。彼は榎木津の匂いが解る程近くに寄ってみた事も無いし、服を脱がせて腰回りの寸法を確かめた事も勿論無いのだから。

将来的に益田は、此の制服に榎木津が袖を通した事など無い事と、此れが「榎木津が初めて用意した下僕への誕生日祝い」だと云う事を知らされる。
其の時の彼の絶望や落胆を思えば、何も今此処で彼を糾弾する事は無いのではないだろうか。



―――
拍手とかぶってるんですけどーーーーーー!(バターーン)



2010/04/01 19:49 | Comments(0) | 未選択
2.修道女
「清貧、貞潔、従順ですよ」

益田が歌うように諳んじてみせたのを聞いて、青木は返事の代わりに瞬きをした。応接机を挟んで向かい合う益田の顔は黒いフードに覆われていて、其処だけ白く浮かび上がっているように見える。

「益田君が云うと、なんだか笑えますね」
「笑わないでくださいよう」

そう云う益田こそ、引き攣ったような声をあげて笑っている。貞潔な修道女はけけけとは笑わないだろう、と思ったが黙っていた。そもそも彼は修道「女」ではない。かと云って、修道士でも無い。
ただ彼の神に仕え、そして崇める、ひとりの人間だ。
黒衣を纏った棒きれのような腕と細い指先がひらひらと踊る様は、夜空を舞う蝶々に似ている。

「そんな事より青木さん、喋ってないで食べちゃってくださいよ。大量に焼いちゃったんですから」

蝶がそう急かし、示すのは、山と積まれた狐色の焼き菓子だ。子供の手のひらくらいの大きさで、指先で摘むと
まだ仄かに暖かい。

「なんでクッキーなんか焼いたの」
「それっぽくないです?」
「やってみたかっただけなのかい」

青木は苦笑し云った。軽いからかいのつもりで。
まさかこの程度の会話で、益田の顔が曇るなど思わないでは無いか。表情豊かに動いていた両手が所在無げに組み合わせされ、ゆっくりと膝の上に落ちる。目を伏せて俯いた益田の肩から、フードがばさりと落ちた。
水が零れるように流れた前髪は、黒衣の頭巾より余程益田の顔を隠してしまう。

「だって、和寅さんが居なくて――僕、知らなくて」

――嗚呼、始まったな。
青木はクッキーを口に含み、噛む。砂糖とバター位しか入れていないであろう生地は甘さをまきちらしながら、口の中の水分を奪う。
自然光だけで照らされた室内に、さくりさくりというクッキーを噛む音と、懺悔のような独白が交互に積もっていく。
微かに震える益田の両手が、今にも命が絶えそうな蝶に酷く似て。水をやらねばと思った途端、ぽつりと水滴が落ちるのが見えた。

清貧など気取らないで、欲しいだけ求めてしまえば良いのに。
貞潔など忘れてしまって、貪欲になれば良いのに。
従順に振る舞う事を諦めれば――

「・・・・・・もう1枚、貰うよ」

文字通り砂を噛むような心地で、青木は焼菓子を食み、歯を立て、飲み込み続ける。求められない答えと共に。



―――
普通の榎益榎として成立する話を目指しましたが、益田が女装してる段階で完全アウト。


2010/04/01 17:54 | Comments(0) | 未選択
1.看護婦
額の怪我は、程度の割に大事に見えるから困る。
益田は鏡に映る自分の顔――額に刻まれた擦り傷を見てげんなりしている顔だ――を前に、もう一つ溜息を吐いた。長く伸ばした前髪は、理不尽な暴力を未然に防ぐには役に立つのかもしれない。が、実際のダメージを軽減するには何の役にも立たない。殴られ蹴られしたならともかく、自分で転んでしたたかに額を擦ってしまったのだから救いが無い。傷口を洗うついでに顔ごと水を浴び、手拭で水滴を拭う。傷口に触れた箇所は血で赤く染まり、益田の気鬱は益々高まった。
傷口は顔のど真ん中ではなく、どちらかと云うと側頭部寄りだ。前髪で十分に覆える。

「大丈夫かなぁ此れ…黴菌入ったりしないかな」

濡れて束になった前髪を無理矢理広げて傷を隠してみれば、黒髪の隙間からちらちらと固まり切らない鮮血が覗いた。痛みと熱を思い出させるような、生々しい赤。

「一応消毒しとこ」

ひょこひょこ、とでも表現したくなるような動きで洗面台を後にした益田は、薬箱を開く。生傷が絶えない榎木津のために寅吉が用意している常備薬や包帯が入っている筈の場所には、ぽっかりと穴が開いていた。只の空間では無い、正しく収まっていたものを抜き取った穴である。益田は首を傾げた。

「あれ?誰か持ち出してるのかな」
「お探しのものは此処だぞ、バカオロカ!」

姿を見なくとも、聞き違える筈も無い。榎木津の声だ。それもどうも、背後に立っているようだ。
返してもらおうと振り向いた益田は、「返してください」を含む全ての言葉を一瞬忘れた。其の中には、「何やってんですか」「何ですよ」「どうしたんですか」と云った常套句も含まれる。
榎木津の姿が「何やってんですか」であり「何ですよ」であり「どうしたんですか」であるにもかかわらず。

「どうだ!白衣の神だぞ、白衣の天使の五万倍は徳が高い!」

からからと笑う榎木津の様子は、いつにも増して突飛で、奇異で、奇矯であった。首から上はいつもの榎木津であるのに、首から下は女物の白衣を着ている。男用に作られた女物の白衣では無く、本当に女物の白衣なのだろう、肩から胸は中身が詰まりすぎて真横に皺が走っているし、寸も足りていない。何せ振り向いた益田が最初に見たものは、剥き出しの腿だったのだ。布製のサンダルの踵は無残に踏み潰され、此れならスリッパでも履いていたほうが余程動き易いだろうにと、益田は見当違いの感想を抱いた。
当の榎木津は益田の言葉を待たず、手の中で転がしていた包帯を巻き取る。懇切丁寧に手当をするというよりも、今から縄で泥棒を縛り上げると云ったほうがまだ納得出来る様な手つきだった。

「さ、頭を出しなさい。巻いてあげよう」

榎木津が膝を付き、鳶色の瞳が目の前まで降りてくる。きらめくような栗色の髪に、小さな看護婦帽がちょこんと乗っている事に初めて気づいた益田は、遂に気を失ってしまった。際どい丈の衣装に覆われた――厳密には覆われていない――膝に倒れこんだ所為で、怪我が増える事が無かった事が、唯一の幸いであろうか。
小一時間後益田が目を覚ました時には、額の傷はすっかり塞がっていた。頭の血が下がった所為か、いつの間にか帰ってきていた和寅の手当が良かったのか、白衣の天使の5万倍の加護のおかげかは誰にも解らない。
何にせよ突然気を失い、看護の腕を奮う機会を奪った益田に対して榎木津は大変立腹していた。
彼の説教を受けた益田は、冠のように頭上に飾られた帽子を見て「嗚呼首から上も榎木津さんじゃなくなってしまった」と思って気が失せてしまった――と涙ながらに語ったと云う。


お題提供:『Artificial Diamond』様

―――
榎木津さん女装頂きましたー。
なんか意外にも女装榎木津の方が描く機会多い気がします。巻き返したいです。



2010/04/01 03:06 | Comments(0) | 未選択

| HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]