益田龍一という男を評価する際、「多弁な男だ」という言葉がよく聞かれる。口が軽いと云うわけではないのに、滑りが良く、さらには回る。一旦調子に乗ってしまえばこちらのものだと云わんばかりによく喋る。其の内容の殆どが適当な言い回しであったり、根拠の無い幇間であることもしばしばだけれど。
多弁と云えば例の中野の本屋を思い出す者も多いだろう。彼の弁が最も冴えるのは、やはり憑き物落し。隠れた真実を晒し出す時であろう。対して、追い詰められた時ほどよく喋るのが益田だ。泣いてみせ、おだててみせ、どうにかこうにか煙に巻く。中禅寺の武器が言葉であるのと同じように、益田の防具もまた言葉なのである。
そんな益田が「言葉も無い」と云った表情で、茫然と佇んでいる。
散らかり放題の榎木津の部屋でそんなものを見つけてしまったのは、完全に偶然である。箪笥の中に乱雑に突っ込まれた色とりどりの衣装の中において、白い身頃に濃紺の三角襟は地味すぎて埋没している。箪笥の扉に挟まった赤いスカーフに益田が気づきさえしなければ、この一件は起こらずに済んだ事だ。
榎木津が戦時中海軍に所属していた事は益田も知っている。彼は確か将校だったから実際セーラー服を着て働いていたかどうかは疑問だが、一着位持っていたって可笑しくはない。
だが。
「……いや、スカートは要らないでしょう」
一緒になって出てきた其れが、益田の言葉を根こそぎ奪ったのだ。触れて確かめるまでも無く、見るからに三角襟と揃いの生地。ぴしりと揃った襞は凛とした印象を与えつつも何処か可憐で、とても海上での激務に耐えられそうな代物では無い。海兵時代の制服という線は消えた。蜘蛛の糸のように果敢ない線ではあったけれど。
益田はちらりと背後に目をやった。寝台の上には、昼寝している榎木津が居る。巨大すぎると思われた寝台も、榎木津が長い手足を思い切り投げだせばちょうど良いくらいだ。そっと傍に近寄って、揃いの制服を合わせてみる。腰から合わせたスカートの丈は長身の榎木津にぴったりと添うくらいだった。こんな巨大な女学生が居るなら、お目にかかってみたいものだ。益田はほっと胸を撫で下ろす。榎木津が過去に女学生と交際していた可能性自体を否定する気は毛頭ないが、持ち物を後生大事に持っていられる方が胸が痛い。彼本人に女装趣味があるほうが何倍もマシである。今更其れ位の事で揺らぐほど、益田の恋心、もとい忠心は柔なものでは無いのだから。
益田はしげしげとセーラー服を眺める。スカート回りの長さを手で測ってみれば、思いのほか細かった。
「こんな服が着られるなんて、榎木津さん、思ったより…」
状況妄想嗜好者の悲しさで、益田の頭の中には、セーラー服を纏った榎木津が既に浮かんでしまっている。清楚な三つ折り靴下が一緒に出てきたわけではない。完全に益田の趣味である。
栗色の髪を風に遊ばせながら、榎木津が振り向いて微笑む。
『マスヤマ!どうだ、似合うだろう!』
ええ、可憐です。守ってあげたくなっちゃいます。
『コラ、僭越だぞ!下僕の分際で!お前に守られる程僕は弱くない!』
ええ、本当にそうです。榎木津さんは凄く強い。こんな細い身体の何処にそんな力があるんですか?
『あっ、こ、コラ!誰が触っていいって云った!このバカオロカめっ』
すみません、でも、触っちゃいけないとも仰ってないですよね?
「榎木津さん…!」
益田は思わず、空っぽのセーラー服を抱きしめた。衣紋掛けが外れて床に落ち、中身の無い洋服が腕をまわされた場所からぐったりと折れ曲がる。
其れでも制服の胸元から香る榎木津の移り香は、益田を十分に満足させた。
実の所、益田の鼻を擽る匂いは移り香でもなんでもなく、舶来物の洗剤の匂いであったのだが、誰も益田を責める事は出来ない。彼は榎木津の匂いが解る程近くに寄ってみた事も無いし、服を脱がせて腰回りの寸法を確かめた事も勿論無いのだから。
将来的に益田は、此の制服に榎木津が袖を通した事など無い事と、此れが「榎木津が初めて用意した下僕への誕生日祝い」だと云う事を知らされる。
其の時の彼の絶望や落胆を思えば、何も今此処で彼を糾弾する事は無いのではないだろうか。
―――
拍手とかぶってるんですけどーーーーーー!(バターーン)
多弁と云えば例の中野の本屋を思い出す者も多いだろう。彼の弁が最も冴えるのは、やはり憑き物落し。隠れた真実を晒し出す時であろう。対して、追い詰められた時ほどよく喋るのが益田だ。泣いてみせ、おだててみせ、どうにかこうにか煙に巻く。中禅寺の武器が言葉であるのと同じように、益田の防具もまた言葉なのである。
そんな益田が「言葉も無い」と云った表情で、茫然と佇んでいる。
散らかり放題の榎木津の部屋でそんなものを見つけてしまったのは、完全に偶然である。箪笥の中に乱雑に突っ込まれた色とりどりの衣装の中において、白い身頃に濃紺の三角襟は地味すぎて埋没している。箪笥の扉に挟まった赤いスカーフに益田が気づきさえしなければ、この一件は起こらずに済んだ事だ。
榎木津が戦時中海軍に所属していた事は益田も知っている。彼は確か将校だったから実際セーラー服を着て働いていたかどうかは疑問だが、一着位持っていたって可笑しくはない。
だが。
「……いや、スカートは要らないでしょう」
一緒になって出てきた其れが、益田の言葉を根こそぎ奪ったのだ。触れて確かめるまでも無く、見るからに三角襟と揃いの生地。ぴしりと揃った襞は凛とした印象を与えつつも何処か可憐で、とても海上での激務に耐えられそうな代物では無い。海兵時代の制服という線は消えた。蜘蛛の糸のように果敢ない線ではあったけれど。
益田はちらりと背後に目をやった。寝台の上には、昼寝している榎木津が居る。巨大すぎると思われた寝台も、榎木津が長い手足を思い切り投げだせばちょうど良いくらいだ。そっと傍に近寄って、揃いの制服を合わせてみる。腰から合わせたスカートの丈は長身の榎木津にぴったりと添うくらいだった。こんな巨大な女学生が居るなら、お目にかかってみたいものだ。益田はほっと胸を撫で下ろす。榎木津が過去に女学生と交際していた可能性自体を否定する気は毛頭ないが、持ち物を後生大事に持っていられる方が胸が痛い。彼本人に女装趣味があるほうが何倍もマシである。今更其れ位の事で揺らぐほど、益田の恋心、もとい忠心は柔なものでは無いのだから。
益田はしげしげとセーラー服を眺める。スカート回りの長さを手で測ってみれば、思いのほか細かった。
「こんな服が着られるなんて、榎木津さん、思ったより…」
状況妄想嗜好者の悲しさで、益田の頭の中には、セーラー服を纏った榎木津が既に浮かんでしまっている。清楚な三つ折り靴下が一緒に出てきたわけではない。完全に益田の趣味である。
栗色の髪を風に遊ばせながら、榎木津が振り向いて微笑む。
『マスヤマ!どうだ、似合うだろう!』
ええ、可憐です。守ってあげたくなっちゃいます。
『コラ、僭越だぞ!下僕の分際で!お前に守られる程僕は弱くない!』
ええ、本当にそうです。榎木津さんは凄く強い。こんな細い身体の何処にそんな力があるんですか?
『あっ、こ、コラ!誰が触っていいって云った!このバカオロカめっ』
すみません、でも、触っちゃいけないとも仰ってないですよね?
「榎木津さん…!」
益田は思わず、空っぽのセーラー服を抱きしめた。衣紋掛けが外れて床に落ち、中身の無い洋服が腕をまわされた場所からぐったりと折れ曲がる。
其れでも制服の胸元から香る榎木津の移り香は、益田を十分に満足させた。
実の所、益田の鼻を擽る匂いは移り香でもなんでもなく、舶来物の洗剤の匂いであったのだが、誰も益田を責める事は出来ない。彼は榎木津の匂いが解る程近くに寄ってみた事も無いし、服を脱がせて腰回りの寸法を確かめた事も勿論無いのだから。
将来的に益田は、此の制服に榎木津が袖を通した事など無い事と、此れが「榎木津が初めて用意した下僕への誕生日祝い」だと云う事を知らされる。
其の時の彼の絶望や落胆を思えば、何も今此処で彼を糾弾する事は無いのではないだろうか。
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拍手とかぶってるんですけどーーーーーー!(バターーン)
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