「清貧、貞潔、従順ですよ」
益田が歌うように諳んじてみせたのを聞いて、青木は返事の代わりに瞬きをした。応接机を挟んで向かい合う益田の顔は黒いフードに覆われていて、其処だけ白く浮かび上がっているように見える。
「益田君が云うと、なんだか笑えますね」
「笑わないでくださいよう」
そう云う益田こそ、引き攣ったような声をあげて笑っている。貞潔な修道女はけけけとは笑わないだろう、と思ったが黙っていた。そもそも彼は修道「女」ではない。かと云って、修道士でも無い。
ただ彼の神に仕え、そして崇める、ひとりの人間だ。
黒衣を纏った棒きれのような腕と細い指先がひらひらと踊る様は、夜空を舞う蝶々に似ている。
「そんな事より青木さん、喋ってないで食べちゃってくださいよ。大量に焼いちゃったんですから」
蝶がそう急かし、示すのは、山と積まれた狐色の焼き菓子だ。子供の手のひらくらいの大きさで、指先で摘むと
まだ仄かに暖かい。
「なんでクッキーなんか焼いたの」
「それっぽくないです?」
「やってみたかっただけなのかい」
青木は苦笑し云った。軽いからかいのつもりで。
まさかこの程度の会話で、益田の顔が曇るなど思わないでは無いか。表情豊かに動いていた両手が所在無げに組み合わせされ、ゆっくりと膝の上に落ちる。目を伏せて俯いた益田の肩から、フードがばさりと落ちた。
水が零れるように流れた前髪は、黒衣の頭巾より余程益田の顔を隠してしまう。
「だって、和寅さんが居なくて――僕、知らなくて」
――嗚呼、始まったな。
青木はクッキーを口に含み、噛む。砂糖とバター位しか入れていないであろう生地は甘さをまきちらしながら、口の中の水分を奪う。
自然光だけで照らされた室内に、さくりさくりというクッキーを噛む音と、懺悔のような独白が交互に積もっていく。
微かに震える益田の両手が、今にも命が絶えそうな蝶に酷く似て。水をやらねばと思った途端、ぽつりと水滴が落ちるのが見えた。
清貧など気取らないで、欲しいだけ求めてしまえば良いのに。
貞潔など忘れてしまって、貪欲になれば良いのに。
従順に振る舞う事を諦めれば――
「・・・・・・もう1枚、貰うよ」
文字通り砂を噛むような心地で、青木は焼菓子を食み、歯を立て、飲み込み続ける。求められない答えと共に。
―――
普通の榎益榎として成立する話を目指しましたが、益田が女装してる段階で完全アウト。
益田が歌うように諳んじてみせたのを聞いて、青木は返事の代わりに瞬きをした。応接机を挟んで向かい合う益田の顔は黒いフードに覆われていて、其処だけ白く浮かび上がっているように見える。
「益田君が云うと、なんだか笑えますね」
「笑わないでくださいよう」
そう云う益田こそ、引き攣ったような声をあげて笑っている。貞潔な修道女はけけけとは笑わないだろう、と思ったが黙っていた。そもそも彼は修道「女」ではない。かと云って、修道士でも無い。
ただ彼の神に仕え、そして崇める、ひとりの人間だ。
黒衣を纏った棒きれのような腕と細い指先がひらひらと踊る様は、夜空を舞う蝶々に似ている。
「そんな事より青木さん、喋ってないで食べちゃってくださいよ。大量に焼いちゃったんですから」
蝶がそう急かし、示すのは、山と積まれた狐色の焼き菓子だ。子供の手のひらくらいの大きさで、指先で摘むと
まだ仄かに暖かい。
「なんでクッキーなんか焼いたの」
「それっぽくないです?」
「やってみたかっただけなのかい」
青木は苦笑し云った。軽いからかいのつもりで。
まさかこの程度の会話で、益田の顔が曇るなど思わないでは無いか。表情豊かに動いていた両手が所在無げに組み合わせされ、ゆっくりと膝の上に落ちる。目を伏せて俯いた益田の肩から、フードがばさりと落ちた。
水が零れるように流れた前髪は、黒衣の頭巾より余程益田の顔を隠してしまう。
「だって、和寅さんが居なくて――僕、知らなくて」
――嗚呼、始まったな。
青木はクッキーを口に含み、噛む。砂糖とバター位しか入れていないであろう生地は甘さをまきちらしながら、口の中の水分を奪う。
自然光だけで照らされた室内に、さくりさくりというクッキーを噛む音と、懺悔のような独白が交互に積もっていく。
微かに震える益田の両手が、今にも命が絶えそうな蝶に酷く似て。水をやらねばと思った途端、ぽつりと水滴が落ちるのが見えた。
清貧など気取らないで、欲しいだけ求めてしまえば良いのに。
貞潔など忘れてしまって、貪欲になれば良いのに。
従順に振る舞う事を諦めれば――
「・・・・・・もう1枚、貰うよ」
文字通り砂を噛むような心地で、青木は焼菓子を食み、歯を立て、飲み込み続ける。求められない答えと共に。
―――
普通の榎益榎として成立する話を目指しましたが、益田が女装してる段階で完全アウト。
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