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2024/11/23 04:22 |
1.看護婦
額の怪我は、程度の割に大事に見えるから困る。
益田は鏡に映る自分の顔――額に刻まれた擦り傷を見てげんなりしている顔だ――を前に、もう一つ溜息を吐いた。長く伸ばした前髪は、理不尽な暴力を未然に防ぐには役に立つのかもしれない。が、実際のダメージを軽減するには何の役にも立たない。殴られ蹴られしたならともかく、自分で転んでしたたかに額を擦ってしまったのだから救いが無い。傷口を洗うついでに顔ごと水を浴び、手拭で水滴を拭う。傷口に触れた箇所は血で赤く染まり、益田の気鬱は益々高まった。
傷口は顔のど真ん中ではなく、どちらかと云うと側頭部寄りだ。前髪で十分に覆える。

「大丈夫かなぁ此れ…黴菌入ったりしないかな」

濡れて束になった前髪を無理矢理広げて傷を隠してみれば、黒髪の隙間からちらちらと固まり切らない鮮血が覗いた。痛みと熱を思い出させるような、生々しい赤。

「一応消毒しとこ」

ひょこひょこ、とでも表現したくなるような動きで洗面台を後にした益田は、薬箱を開く。生傷が絶えない榎木津のために寅吉が用意している常備薬や包帯が入っている筈の場所には、ぽっかりと穴が開いていた。只の空間では無い、正しく収まっていたものを抜き取った穴である。益田は首を傾げた。

「あれ?誰か持ち出してるのかな」
「お探しのものは此処だぞ、バカオロカ!」

姿を見なくとも、聞き違える筈も無い。榎木津の声だ。それもどうも、背後に立っているようだ。
返してもらおうと振り向いた益田は、「返してください」を含む全ての言葉を一瞬忘れた。其の中には、「何やってんですか」「何ですよ」「どうしたんですか」と云った常套句も含まれる。
榎木津の姿が「何やってんですか」であり「何ですよ」であり「どうしたんですか」であるにもかかわらず。

「どうだ!白衣の神だぞ、白衣の天使の五万倍は徳が高い!」

からからと笑う榎木津の様子は、いつにも増して突飛で、奇異で、奇矯であった。首から上はいつもの榎木津であるのに、首から下は女物の白衣を着ている。男用に作られた女物の白衣では無く、本当に女物の白衣なのだろう、肩から胸は中身が詰まりすぎて真横に皺が走っているし、寸も足りていない。何せ振り向いた益田が最初に見たものは、剥き出しの腿だったのだ。布製のサンダルの踵は無残に踏み潰され、此れならスリッパでも履いていたほうが余程動き易いだろうにと、益田は見当違いの感想を抱いた。
当の榎木津は益田の言葉を待たず、手の中で転がしていた包帯を巻き取る。懇切丁寧に手当をするというよりも、今から縄で泥棒を縛り上げると云ったほうがまだ納得出来る様な手つきだった。

「さ、頭を出しなさい。巻いてあげよう」

榎木津が膝を付き、鳶色の瞳が目の前まで降りてくる。きらめくような栗色の髪に、小さな看護婦帽がちょこんと乗っている事に初めて気づいた益田は、遂に気を失ってしまった。際どい丈の衣装に覆われた――厳密には覆われていない――膝に倒れこんだ所為で、怪我が増える事が無かった事が、唯一の幸いであろうか。
小一時間後益田が目を覚ました時には、額の傷はすっかり塞がっていた。頭の血が下がった所為か、いつの間にか帰ってきていた和寅の手当が良かったのか、白衣の天使の5万倍の加護のおかげかは誰にも解らない。
何にせよ突然気を失い、看護の腕を奮う機会を奪った益田に対して榎木津は大変立腹していた。
彼の説教を受けた益田は、冠のように頭上に飾られた帽子を見て「嗚呼首から上も榎木津さんじゃなくなってしまった」と思って気が失せてしまった――と涙ながらに語ったと云う。


お題提供:『Artificial Diamond』様

―――
榎木津さん女装頂きましたー。
なんか意外にも女装榎木津の方が描く機会多い気がします。巻き返したいです。


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2010/04/01 03:06 | Comments(0) | 未選択

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