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2024/11/26 21:18 |
3.かすれた声で名前を呼ぶ

カウベルの音もドアの金具が軋む音もいつも通りなのに、それに続く声だけが違っていた。

「ぉはようございまぁーす…」
「誰かと思ったぞ、益田君か?酷い声だな」

力なく笑う益田の声は、かさかさに乾涸びている。その音量も、隙間風の様にささやかなものに変わっていた。
毛糸の首巻を外しながら、骨の浮いた手で喉を撫でる。迫り出した喉仏の感触を確かめると、けほりと軽い咳が漏れた。
和寅も掃き掃除の手を止めて、少しばかり心配する素振りを見せる。

「風邪にしちゃあちょいと季節外れでないかい?」
「否、そんな、大した、もんじゃ、ないす」

粘膜が痛むのか、益田は切れ切れの声で答えるのがやっとだった。確かに顔色もまともだし、鼻水も出ていない。ただ声だけが労咳病みでもあるかのような悲惨さである。いつも通りにけけけ、と笑おうとしただけで喉が引き攣り、盛大に咳き込む始末だ。この調子では依頼人と話も出来ない。

「風邪じゃないなら何かねその声は。困るなぁ、先生にでも伝染されたら」
「それは風邪じゃないゾッ!」

蹴破るような勢いで、寝室の扉が開かれた。続いて2人の眼前に榎木津が飛び込んでくる。寝乱れた栗色の髪は好き勝手な方向に飛び出していて、怒った猫が毛皮を膨らませているのに似ていた。
目の前にずいと指先を突きつけられ、思わず益田は仰け反った。

「何故ならバカとオロカは風邪をひかないからだ。バカにつける薬は無いという位だからな、バカなだけでもうビョーキみたいなものだぞ。バカでオロカでその上風邪までひいたらもう」
「何回、バカって、云うんですかぁ…」

消え入りそうな声だ。引き絞るように発声する益田の表情は悲しげに歪んでいる。大袈裟に許しを請う時のそれに似た顔つきを榎木津が一瞥したかと思うと、すぅ、と両目が細められた。


「大方―――腹でも出して寝てたんだろう」


流れた視線が自分の記憶に留まった事に気づき、益田の顔から笑いが消えた。
病に弱った訳でもない頭で、揶揄する声音に含む意味を敏感に察してしまい、益田の顔に血が昇る。思い当たる点はただ一つ、剥き出しの腹部に散った、生温い快楽の残滓。
湯気が出そうな程、耳まで染めあげた益田の様子を見咎めたのは和寅の方だった。

「おいおい益田君、どうした事だね?顔が真っ赤だぞ」
「や、その、ちが」
「おお、これは酷い!熱がある!」

榎木津が更に距離を詰め、ぶつかる音がする程に額同士を寄せた。赤面を通り越して涙目の益田の口元から、声なき声が漏れる。その隙を突き、無防備だった左腕を捕らえた。
動揺からか、ふぁ、と情けない吐息が上がった。構わず、その身体を引きずるようにフロアを横切る。目指すのは、神の居室。

「寝室を貸してやろう。声が治るまで出てくるなッ!」
「えのきづさ…」
「なんて声だ!」

益田の身が寝台に投げ出されたのを確認すると、榎木津はバタリとドアを閉めてしまった。
扉の向こうに飲み込まれる直前の益田は、誰の所為で、と叫んでいたように思う。しかし大いに荒れたその声は、囁きのような音量で耳に届きかけた名前と共に、榎木津をより楽しませるだけで。
室内に朗々と響き渡る高笑いを、いつもの事と和寅は聞き流していたが、ふと眉を顰めて榎木津に声をかけた。

「…あれ、先生も一寸声おかしくないですか」
「ん、そうかな。そうかもな」

少しばかりかさつく痛みは、喉の渇きに良く似ている。昨夜の彼と同じく、渇きを癒したくて張り上げた声の名残。
厭ですよ集団感染なんて、と和寅は口元を手で覆う。

「何かお作りしましょうか、卵酒でも。益田君にも序でに作ってやるかなぁ」

少し考えた榎木津は、白い首筋を撫でながらにやりと笑った。
ひりつく痛みを治めるためには、これ以上のものは無いと思いついたのだ。

「―――暖かいミルクが飲みたい。蜂蜜入れて、うんと甘くして」


語尾を僅かにかすれさせた声は、成程確かに少し甘い。



 

お題提供:『ラルゴポット』様
 

――――
春コミ楽しかったです…!
プチオンリーに関わった全ての方に感謝を込めて今日は(も?)甘めで。あれ、甘め?うん、どうだろう…

 


 

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2009/03/16 00:00 | Comments(0) | TrackBack() | 益田
2.どうして、と訊けない
「どうして僕なんかと一緒に居てくれるんですか?」と訊いてみました。





「薔薇十字団の仲間じゃないすか、変なこと云うなぁ」

そう云って、鳥口君は笑いました(酔っていたからかも知れません)。
だから僕も酔っていることにして、「ですよねェ」とへらへら笑って、話題を変えました。
その話が盛り上がったので、先程の馬鹿げた質問は、彼の頭には恐らく留まる事無く酒と一緒に抜けてくれる事でしょう。
とは云え概ね好意的な返事を貰った事は、僕も悪い気はしなかったので、良い気になってどんどんグラスを空けました。
翌朝僕の頭蓋を内側から叩く割れ鐘に似た鈍痛によって、昨夜の蛮行を反省しましたが、鳥口君に質問した事については後悔していません。





「どうしてそんな事訊くんだい?」

そう云って、青木さんは不審そうに僕の顔を見つめました。
悪いなぁとは思いますが、表情が失せると本当にこけしに似ています。
重い空気を何とかしようと、「厭だなァ青木さん、質問を質問で返すのは疚しい事がある証拠らしいですよ?」と誤魔化してはみましたが、青木さんはそう簡単ではありませんでした。
疚しい事があるのはお前の方だ、と言いたげにじっとこちらを見ています。青木さんのこういう処本当面倒臭いよなァ、と後悔することしきりでした。
どんどん沈む空気の中で、僕の張り付いた笑顔ばかりが上滑りする夜でした。





「別に一緒に居るつもりじゃないけれどね。同僚だからかな、しいて云えば」

そう云って、和寅さんは掃除に戻りました。
ゴキブリ男と酷い仇名で呼ばれる彼ですが、窓掃除をするその掌が行き過ぎた部分は、一層晴れやかに青空を映し出しています。
僕など居ないように黙々と拭き掃除を終えた彼は、よいしょ、と声をあげて水で満たされたバケツを持ってふらふらと歩き出しました。
和寅さんが消えた室内は、何だか妙に広く感じます。
磨いたばかりの窓硝子にそっと触れると、白い指紋が残ってしまいました。
「しまったな」と思いましたが、それだけです。拭えば消える指紋同様、彼との一連のやりとりが僕の心に残ることはありませんでした。




榎木津さんですか?
訊けるわけないじゃあないですか。
仮にですよ、訊いてみたとしますよ。僕だと思って考えてください。―――ほらね、良い答えなんか返ってこなかったでしょうが。
逆に良い答えって何でしょうねェ?「お前を手放したくないからだッ!」…嗚呼駄目だ、全然似てなかった。すみません。失敗です。僕の隠し芸なのになぁ。
僕ぁ負けると判ってる勝負はしない主義なんです。とっくにご存知でしょ?



お題提供:『ラルゴポット』様
 

――――
春コミ前でテンション上がりすぎて逆に陰気な話に…明日は益田分補給してきます!




2009/03/15 00:08 | Comments(0) | TrackBack() | 益田
1.ほんとは、ほんとは、ほんとは、

ほんとは、とても心配していました。



階段を駆け上がる気配が近づいてきたかと思うと、事務所のカウベルが3日ぶりに騒がしい音を立てた。榎木津は3日前の朝とは違う服を着ているが、闊歩する靴だけは同じものだった。その靴先だけを視界に入れ、益田は顔も上げずに作業を続けている。

「ただいまぁ」
「ああ榎木津さん、お帰りなさい。もう、今度は何処に行ってたんですかぁ。本当に出たら出っぱなしの鉄砲玉なんですから」
「煩いぞマスカマ、僕は地面を這い回る下僕と違って忙しいのだ。お前こそ目を離せばこれだ。そんなものほっといて、神を労え!」

調査書の束をまとめながら、ようやく益田が顔を上げた。目にかかった長い前髪を掻き上げ、溜息を落とす。顔は見なかったが、ふんぞり返っていることだけは手元に落ちる影の形でわかっていた。

「わかりましたよもう、困った人だなぁ。和寅さん居ないんで大した事出来ませんよ?お茶ですか、珈琲ですか?」
「珈琲!熱いやつ。直ぐにだぞ」
「直ぐにったって、お湯が沸くのは待って貰わないと」
「待たないッ!直ぐと云ったら直ぐなんだ。うだうだ云ってないで早くするッ!」

帰ってきたらこれだ、とぼやきながら、益田は小走りで台所に向かった。ひんやりと薄暗い台所で、出来るだけ急いで薬缶に水を張り、火にかける。水が温まるのを待つ間に、ミルのハンドルを回して豆を挽く。がりがりと豆が鳴る音と、ハンドルを通して手に伝わる実の潰れる感触。辺りに漂う新鮮な珈琲豆の香りを味わいながら、ほうと息を吐いた。先程のやれやれと云った風情のそれではなく、安堵の意味を込めて。
心配していましたとか、探したんですよとか、あまり遠くに行かないでくださいとか。そんな事は云わない。云うべきでは無い。彼がどんなに束縛を嫌い、依存を疎んじるか知っているから。

(鬱陶しがられるだけだし)

ハンドルの手応えが軽くなり、豆を挽き終わったことを知る。探偵専用のカップを探す序でに、食器棚の影からそっと様子を伺ったが、すでに榎木津は其処に居なかった。ベルの音がしなかったので、きっと自室だ。遠出したので昼寝でもするのだろう、気まぐれな男だと思う。

「じっとしてないなぁ、あのおじさんは…」

益田は肩を竦めたが、3日ぶりに触れる白磁の手触りに、口元が緩んだ。

ほんとは、とても。



貴方に、会いたかったのです。







「3日経ってもオロカなやつだな」

榎木津はどかりと寝台の上に腰を下ろした。3日ぶりに触れる慣れた弾力。ドアの鍵はかけなかった。
自分の事を見ようともしなかった下僕に最初こそ腹が立ったが、叱り付けようとした途端に視えた映像に怒りが萎えた。
そこに映っていたのは薔薇十字探偵社のドアだった。金の金具が朝日を受けてきらめく事もあれば、摺り硝子が暗い夕闇に沈んでいる事もあった。何をしていても、視線は直ぐに扉の前で止まる。幾度も、幾度も。事務所を出たその後も、名残を惜しむように扉を見つめ、ビルヂングを出た後は夕焼け空を背景にした探偵社の窓が映っていた。
長い脚を組み合わせ、榎木津は自室の扉をじっと見つめている。
彼の下僕が3日間、ずっとそうしていたように。

――――ほんとは、お前がどんなに待ってたか知ってる。


 

お題提供:『ラルゴポット』様
 

――――
勝手に心配して勝手に拗ねる益田萌え。




2009/03/14 00:00 | Comments(0) | TrackBack() | 益田
5.奇跡を起こせ
益榎R15。性描写メインなので、苦手な方ご注意。

2009/03/13 00:00 | Comments(0) | TrackBack() | 益田
Web拍手お返事です
Web拍手お返事です。ありがとうございます。

>真宏様
原稿などでお忙しい毎日をお過ごしのところ、いつもありがとうございます。嬉しいです。
『4.神の愛し子』をお読み頂いたのでしょうか…あわわわ恐縮です。
榎木津男前と言って貰えるとは思わず、「そうだったっけ」と自分で読み直してしまいました。汁気が足りてませんでした(知ってる)
是非真宏さんも益田をどうにかしてください!さあ、さあ!
こんな所から申し訳ないですが、学ラン益田の下半身は榎木津先生の白衣をかけておいてほしい派です。


叩いてくださった皆様、ありがとうございました。
更新後一時間の伸びが凄まじくて拍手壊れたのかと思いました。R15効果…?



鉄鼠が実写映画化する夢を見ました。
キャストは以前の映画と同じだったのですが、何故か益田だけアニメ絵で(しかもそれを疑いなく観ている)
エンディングも林檎嬢ではなく、益田のキャラソンみたいな歌でした。(しかもそれを疑いなく聴いている)
京極を薦めてくれた友人と、お会いしたこともない益田界の方々(…)と一緒に行っていて、帰りにお茶をしているところで目が覚めました。
夢は願望の現れと言いますがここまでアレだと恥ずかしいったらない。

凶骨が間にあるので鉄鼠映画は難しいと思いますが、百器アニメ化はあると思います!


今週末はプチオンリーですね。参加される皆様の原稿日記を拝見しつつ、後顧の憂いも何もなくただ楽しみにしています。天候に恵まれますように。
このブログもいつの間にか開設1ヶ月です。益田カテゴリ数37だって………ウフフなんだこれ。

2009/03/12 14:00 | Comments(0) | TrackBack() | 雑記

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