『4.誓いの言葉』の続きです。未読の方はそちらからお願い致します。
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『3.できちゃった!?』の続きです。未読の方はそちらからお願い致します。
『2.Marriage blue』の続きです。未読の方はそちらからお願い致します。
『1.結婚適齢期』の続きです。未読の方はそちらからお願い致します。
「あ、駄目だその日」
手帳に目を落とした青木がぽつりと呟き、鳥口と益田が揃って不服の声を上げる。青木が駄目だと云った2週間先の日曜は、全く職種の違う3人の休日がたまたま重なる筈の日であった。
必要以上にぶうぶうと不平を表す2人の顔はいくらか赤く、テーブルには既に幾本もの空になった徳利が林立していた。
「うへぇ、残念だなぁ。折角3人集まれると思ったのに」
「そうだよぅ、青木さんが居ないとつまらないじゃないですかぁ、ねぇねぇ」
鳥口は箸の先を噛み、益田はふざけて青木の肩にしなだれかかる。青木は革の手帳を閉じて、しっとりとした背で悪戯な手をぺしりと叩き落とした。
「昔の友達のね、結婚式なんだよ」
鳥口らの口から、あぁ、と納得の声が漏れる。2週間後ならば花を散らした木々に若芽が萌え、天候も安定している頃だろう。若い2人の門出を祝うならば絶好の時期だ。
「神社?教会?」
「神前」
「うへぇ、良いなぁ。白皙の美貌に白無垢、白米に鶴ですな」
何が「うへぇ」なのかも解らないし、白米に鶴では白いものが重なって目立たない。青木はそう思わなくも無かったが、鳥口は純粋に祝福している様であったので、其の件に関しては触れずにグラスを傾ける。
益田はちろりと酒の表面を舐め、それから天井を仰いで「あーあ」と声を上げた。
「青木さんのお友達が結婚かぁ。なんか身内の結婚話聞くと嗚呼もう自分もそんな年かぁと思っちゃいますねえ」
「そうそう、子供の時は大人になったら勝手に恋人が出来て勝手に結婚するもんだと思ってたよ。たまらんですわ」
「相手が居ても金が無いと結婚なんか出来ないしね」
多少の差異はあれど、薔薇十字団の3人は20代も半ばを過ぎ、所謂『お年頃』である。未だ周囲に年上の独身者が多いので気づかなかったが、世間では同年代で身を固める者はいくらもいる。中禅寺や関口ですら――すら、とは聊か乱暴な物言いではあったが――あのように美人の奥方を貰っているのだ。あの2人の結婚式を想像するとなかなかにシュールな絵面で、3人をそれなりに楽しませた。
先んじて空想の世界から抜け出して、口を開いたのは青木だった。
「まぁ今は未だ結婚なんか考えられないよ」
「ですよねぇ。先立つもんも無ければ、そもそも相手が居ない」
「皆それぞれ仕事が恋人ってやつですね」
何が可笑しいのかケケケと笑いながら云った益田に、青木と鳥口が視点を揃えた。
「仕事が恋人ってことは、君の恋人は榎木津さんかい。とんだ事だね」
「何云ってるんすか、其れだったら鳥口君は編集長で青木さんは木場さんって事になるでしょう」
鳥口は腹を抱えてゲラゲラと笑い、青木は含み笑いを溢すに留めた。
益田は割り箸を指揮者のように振るい、先端を2人の眼前に滑らせながら続ける。
「僕ぁね、一人前の探偵になりたいんですよう。榎木津さんがバカだオロカだ下僕だと謗る事を差し引いてもまだまだ見習いですからね。一所懸命働いても漸く僕一人が食っていける所っていうのが現実なので、相手を作っている暇も無いとこう云う理屈なわけで」
「よく云う」
「僕が立派な探偵になる頃には僕の仕事を陰日向から支えてくれるそれは可愛らしい女性が居てですね、機を見て夜の埠頭か何かでトレンチコートの僕が依頼の品だよとか云って布張りの小さな箱を、こう恭しく」
中間の抜けた妄想に、2人は声を上げて笑った。益田も「なんですかあもう、僕ぁ真剣に」と云ってはいるがやはり笑っている。
そうこうするうちに店は暖簾を下ろし、3人は其々の帰る場所に向かって散ることとなった。
浮かぶ丸い月の周りにぼんやりと霧の如く浮かぶ輪が指輪のようで、益田は酔いの残った頭でくつくつ笑った。
「結婚、かぁ」
人生を添わせる、或いは捧げるに相応しいまだ見ぬ片割れは何処に居るのか。これから先、何処かで出会う事になるのだろうか。この人を手に入れなければ今後の人生は無いと思わせる程の恋情に身を焼く程の相手に。
そもそも、赤の他人であるのに家族にしても良いという程自分を愛してくれる人がこの世界の何処かに居ると云う事が、今の益田にはぴんと来なかった。海の向こうの人だったらどうしよう。エチオピヤでは探偵の需要はあるのだろうか。
そんな事を考えながら、縁石の上でバランスを取りつつふらふらと家路についた。
だから。
翌朝目を輝かせた榎木津が、出会い頭に「マスヤマ、結婚するゾ!」と突拍子も無い事を云ったのに
それを突拍子の無い事と気づきもせず、ただ反射的に「ハイ!」と答えてしまったとしても、実に仕方無い事なのだ。
――――
拍手話が反応良かったので調子に乗って今週は結婚週間です。
馬鹿な話が続くかと思いますが、軽いパラレル的な気持ちでお読み頂ければ幸いに思います。
手帳に目を落とした青木がぽつりと呟き、鳥口と益田が揃って不服の声を上げる。青木が駄目だと云った2週間先の日曜は、全く職種の違う3人の休日がたまたま重なる筈の日であった。
必要以上にぶうぶうと不平を表す2人の顔はいくらか赤く、テーブルには既に幾本もの空になった徳利が林立していた。
「うへぇ、残念だなぁ。折角3人集まれると思ったのに」
「そうだよぅ、青木さんが居ないとつまらないじゃないですかぁ、ねぇねぇ」
鳥口は箸の先を噛み、益田はふざけて青木の肩にしなだれかかる。青木は革の手帳を閉じて、しっとりとした背で悪戯な手をぺしりと叩き落とした。
「昔の友達のね、結婚式なんだよ」
鳥口らの口から、あぁ、と納得の声が漏れる。2週間後ならば花を散らした木々に若芽が萌え、天候も安定している頃だろう。若い2人の門出を祝うならば絶好の時期だ。
「神社?教会?」
「神前」
「うへぇ、良いなぁ。白皙の美貌に白無垢、白米に鶴ですな」
何が「うへぇ」なのかも解らないし、白米に鶴では白いものが重なって目立たない。青木はそう思わなくも無かったが、鳥口は純粋に祝福している様であったので、其の件に関しては触れずにグラスを傾ける。
益田はちろりと酒の表面を舐め、それから天井を仰いで「あーあ」と声を上げた。
「青木さんのお友達が結婚かぁ。なんか身内の結婚話聞くと嗚呼もう自分もそんな年かぁと思っちゃいますねえ」
「そうそう、子供の時は大人になったら勝手に恋人が出来て勝手に結婚するもんだと思ってたよ。たまらんですわ」
「相手が居ても金が無いと結婚なんか出来ないしね」
多少の差異はあれど、薔薇十字団の3人は20代も半ばを過ぎ、所謂『お年頃』である。未だ周囲に年上の独身者が多いので気づかなかったが、世間では同年代で身を固める者はいくらもいる。中禅寺や関口ですら――すら、とは聊か乱暴な物言いではあったが――あのように美人の奥方を貰っているのだ。あの2人の結婚式を想像するとなかなかにシュールな絵面で、3人をそれなりに楽しませた。
先んじて空想の世界から抜け出して、口を開いたのは青木だった。
「まぁ今は未だ結婚なんか考えられないよ」
「ですよねぇ。先立つもんも無ければ、そもそも相手が居ない」
「皆それぞれ仕事が恋人ってやつですね」
何が可笑しいのかケケケと笑いながら云った益田に、青木と鳥口が視点を揃えた。
「仕事が恋人ってことは、君の恋人は榎木津さんかい。とんだ事だね」
「何云ってるんすか、其れだったら鳥口君は編集長で青木さんは木場さんって事になるでしょう」
鳥口は腹を抱えてゲラゲラと笑い、青木は含み笑いを溢すに留めた。
益田は割り箸を指揮者のように振るい、先端を2人の眼前に滑らせながら続ける。
「僕ぁね、一人前の探偵になりたいんですよう。榎木津さんがバカだオロカだ下僕だと謗る事を差し引いてもまだまだ見習いですからね。一所懸命働いても漸く僕一人が食っていける所っていうのが現実なので、相手を作っている暇も無いとこう云う理屈なわけで」
「よく云う」
「僕が立派な探偵になる頃には僕の仕事を陰日向から支えてくれるそれは可愛らしい女性が居てですね、機を見て夜の埠頭か何かでトレンチコートの僕が依頼の品だよとか云って布張りの小さな箱を、こう恭しく」
中間の抜けた妄想に、2人は声を上げて笑った。益田も「なんですかあもう、僕ぁ真剣に」と云ってはいるがやはり笑っている。
そうこうするうちに店は暖簾を下ろし、3人は其々の帰る場所に向かって散ることとなった。
浮かぶ丸い月の周りにぼんやりと霧の如く浮かぶ輪が指輪のようで、益田は酔いの残った頭でくつくつ笑った。
「結婚、かぁ」
人生を添わせる、或いは捧げるに相応しいまだ見ぬ片割れは何処に居るのか。これから先、何処かで出会う事になるのだろうか。この人を手に入れなければ今後の人生は無いと思わせる程の恋情に身を焼く程の相手に。
そもそも、赤の他人であるのに家族にしても良いという程自分を愛してくれる人がこの世界の何処かに居ると云う事が、今の益田にはぴんと来なかった。海の向こうの人だったらどうしよう。エチオピヤでは探偵の需要はあるのだろうか。
そんな事を考えながら、縁石の上でバランスを取りつつふらふらと家路についた。
だから。
翌朝目を輝かせた榎木津が、出会い頭に「マスヤマ、結婚するゾ!」と突拍子も無い事を云ったのに
それを突拍子の無い事と気づきもせず、ただ反射的に「ハイ!」と答えてしまったとしても、実に仕方無い事なのだ。
お題提供:『BLUE TEARS』様
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拍手話が反応良かったので調子に乗って今週は結婚週間です。
馬鹿な話が続くかと思いますが、軽いパラレル的な気持ちでお読み頂ければ幸いに思います。