「どちらか選べとか…急にそんな事云われましても」
馴染んだ飲み屋の一角で、益田はへらりと笑った。寄せた薄い眉の下、肉付きの悪い頬は僅かに赤い。
「だからぁ、例えばの話っすよ。僕と青木さんが崖から落ちそうだとします、今にも地面から手が離れそう、それを見ているのは益田君だけ」
「で、どっちを助けるかって話」
そんな益田の顔を対面に置いて、鳥口は上機嫌にけらけらと笑い、青木は無表情のまま日本酒を舐めるように一口呑んだ。
深い意味の無い、軽口同然のお喋り。
鳥口が益田に投げかけた二者択一の質問もそのひとつだ。
あくまで酒の肴。程度は違えど皆酔っている、誰もまともな答など期待していない。
益田一人だけが考え込んでいる。
「…ていうかですね、僕のような非力な男がですね、そもそも崖から落ちそうな鳥口君を引き上げられるわけない」
「じゃあ青木さんにします?」
「いやいや!青木さんもこう見えてなかなか良い体格してるし、一緒に落ちるのが関の山。そしたら崖下で何を云われるか」
「助かってる!それじゃあ意味ないっすよ益田君」
「えっ!?落ちたら死ぬんですか!」
「そりゃあ死にます。熟れた柿みたいにね、ぺしゃんですよ。零れた柿を嘆いても無駄だって云うでしょ」
鳥口はそう云うと、またきゃらきゃらと笑った。
あまり楽しそうなので、青木も乗ってみようかという気になる。鳥口に顔を寄せ、態としたり顔で云ってみた。
「……いっそ見なかった事にするっていうのはどうだろうか」
「うへぇ、青木さん云いますねぇ!」
はしゃぐ二人と、卓を挟んで。
顔を掌で覆ってなにやらぶつぶつ呟いていた益田が、おもむろに顔を上げる。
「……どっちも助けるって云うのは無しですか」
鳥口が大袈裟に首を振る。
「駄ァ目ですって!それじゃ問題にならない」
「いや!いざとなったらですよ、僕の持ち前のずる賢さが働いて、両方助ける方法が思い付くに決まってるんだ!そしたら二人の命も無事、恩も売れる、感謝して僕に酒の一升や二升奢ってくれるに違いない」
割り箸を教鞭に見立てて振り回しながら、真っ赤な顔の益田が叫ぶ。
「だから僕ァ!両方助けます!」
鳥口はやんやと手を叩き、青木は片眉を上げて肩を竦めた。
「よっ!益田様、頼もしいっ!」
「この三人でいるときは崖に近づかないようにしよう、あてにならないから」
「青木さん酷いィ!僕今凄くかっこいい事云ったのにィ」
「そんな調子良い事云って、もたもたしてる間に……そうだな、少なくとも僕は落ちるね」
頬杖を突く青木の前で、いやああ青木さん行かないでええなどと云いながら益田と鳥口がふざけている。
此処は馴染んだ飲み屋の一角。
三人ともが椅子に腰掛け、重い机と酒を囲む。
――当然崖など何処にも無い。
「そしたら君は――鳥口君を助けると良いよ」
調子に乗りやすく、適当な事ばかり云う。
その癖変な処で真面目なその顔がどんな形に歪むのかを、冥土の土産に。
「…………なんてね。」
僅かに朱を乗せた頬が、誰にも知られぬまま緩む。
―――
青木様像が難しくて 秋。
馴染んだ飲み屋の一角で、益田はへらりと笑った。寄せた薄い眉の下、肉付きの悪い頬は僅かに赤い。
「だからぁ、例えばの話っすよ。僕と青木さんが崖から落ちそうだとします、今にも地面から手が離れそう、それを見ているのは益田君だけ」
「で、どっちを助けるかって話」
そんな益田の顔を対面に置いて、鳥口は上機嫌にけらけらと笑い、青木は無表情のまま日本酒を舐めるように一口呑んだ。
深い意味の無い、軽口同然のお喋り。
鳥口が益田に投げかけた二者択一の質問もそのひとつだ。
あくまで酒の肴。程度は違えど皆酔っている、誰もまともな答など期待していない。
益田一人だけが考え込んでいる。
「…ていうかですね、僕のような非力な男がですね、そもそも崖から落ちそうな鳥口君を引き上げられるわけない」
「じゃあ青木さんにします?」
「いやいや!青木さんもこう見えてなかなか良い体格してるし、一緒に落ちるのが関の山。そしたら崖下で何を云われるか」
「助かってる!それじゃあ意味ないっすよ益田君」
「えっ!?落ちたら死ぬんですか!」
「そりゃあ死にます。熟れた柿みたいにね、ぺしゃんですよ。零れた柿を嘆いても無駄だって云うでしょ」
鳥口はそう云うと、またきゃらきゃらと笑った。
あまり楽しそうなので、青木も乗ってみようかという気になる。鳥口に顔を寄せ、態としたり顔で云ってみた。
「……いっそ見なかった事にするっていうのはどうだろうか」
「うへぇ、青木さん云いますねぇ!」
はしゃぐ二人と、卓を挟んで。
顔を掌で覆ってなにやらぶつぶつ呟いていた益田が、おもむろに顔を上げる。
「……どっちも助けるって云うのは無しですか」
鳥口が大袈裟に首を振る。
「駄ァ目ですって!それじゃ問題にならない」
「いや!いざとなったらですよ、僕の持ち前のずる賢さが働いて、両方助ける方法が思い付くに決まってるんだ!そしたら二人の命も無事、恩も売れる、感謝して僕に酒の一升や二升奢ってくれるに違いない」
割り箸を教鞭に見立てて振り回しながら、真っ赤な顔の益田が叫ぶ。
「だから僕ァ!両方助けます!」
鳥口はやんやと手を叩き、青木は片眉を上げて肩を竦めた。
「よっ!益田様、頼もしいっ!」
「この三人でいるときは崖に近づかないようにしよう、あてにならないから」
「青木さん酷いィ!僕今凄くかっこいい事云ったのにィ」
「そんな調子良い事云って、もたもたしてる間に……そうだな、少なくとも僕は落ちるね」
頬杖を突く青木の前で、いやああ青木さん行かないでええなどと云いながら益田と鳥口がふざけている。
此処は馴染んだ飲み屋の一角。
三人ともが椅子に腰掛け、重い机と酒を囲む。
――当然崖など何処にも無い。
「そしたら君は――鳥口君を助けると良いよ」
調子に乗りやすく、適当な事ばかり云う。
その癖変な処で真面目なその顔がどんな形に歪むのかを、冥土の土産に。
「…………なんてね。」
僅かに朱を乗せた頬が、誰にも知られぬまま緩む。
―――
青木様像が難しくて 秋。
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