いつの間にか僅かに冷めた風に乗って、何処からか、子供の泣き声が聞こえる。
悲鳴のような不明瞭な言葉の中、ようやく聞き取れた「ふうせん」という言葉を頼りに、少し辺りを見渡す。
そうして益田は、赤い風船を見つけた。
もはや取ってやることも出来ないほどの高さにある。
遠目に見てもガスを一杯に含んでぱんと張った其れは、澄んだ空に吸い込まれるように真っ直ぐ真っ直ぐ昇っていく。
魂の緒を思わせる細い糸は、ひらひら踊っていたがやがて見えなくなった。
親に手を引かれた子供の声が聞こえなくなっても、益田はじっと其れを目で追っていた。
風船が只の丸い球となって、やがて点となり、光に紛れ、ついに見えなくなるまで。
「…すやま」
誰かが耳をぐいと引っ張る。
「マ・ス・ヤ・マ!」
「ッひぃぃ!」
耳の奥がわぁんと鳴った。
慌てて振り向けば、其処には神が立っている。
一面の稲穂よりもっと艶やかな髪を風に靡かせ、精悍な眉をぎゅっと寄せて。
益田は肩を竦め、背を丸めた。
「何をぼおっと見ているのだ」
「何を…ってこともないですけど」
ちらと見上げた空は何処までも突き抜けるようで、蒼の上に薄布を被せたような色と、透明感が共存している。
益田は目を瞬かせ、そして得心した。
今日の空は水に似ている。
あの風船は浮かびながらにして、沈んでいるように見えたのだ。
「風船が欲しいのか?」
「え?は、いや、そういうわけじゃ」
「よぉし!今日は風船を買いにいこう」
榎木津はにっと笑ったかと思うと、益田の手を掴んだ。
彼の歩幅は広く、益田は振りほどくのも忘れて付いて行くのがやっとだ。
困ったなぁと思いながらも、安堵する。自分が手を握っているうちは、榎木津は目の届く範囲に居る。
―――子供の手から解き放たれた風船は、今頃何処に居るのだろう。
榎木津に手をひかれながら、益田は頭上に広がる水底の事を考える。
乾いた風が、ゆるく頬を撫でていった。
―――
浮かぶ風船と、沈む風船。
悲鳴のような不明瞭な言葉の中、ようやく聞き取れた「ふうせん」という言葉を頼りに、少し辺りを見渡す。
そうして益田は、赤い風船を見つけた。
もはや取ってやることも出来ないほどの高さにある。
遠目に見てもガスを一杯に含んでぱんと張った其れは、澄んだ空に吸い込まれるように真っ直ぐ真っ直ぐ昇っていく。
魂の緒を思わせる細い糸は、ひらひら踊っていたがやがて見えなくなった。
親に手を引かれた子供の声が聞こえなくなっても、益田はじっと其れを目で追っていた。
風船が只の丸い球となって、やがて点となり、光に紛れ、ついに見えなくなるまで。
「…すやま」
誰かが耳をぐいと引っ張る。
「マ・ス・ヤ・マ!」
「ッひぃぃ!」
耳の奥がわぁんと鳴った。
慌てて振り向けば、其処には神が立っている。
一面の稲穂よりもっと艶やかな髪を風に靡かせ、精悍な眉をぎゅっと寄せて。
益田は肩を竦め、背を丸めた。
「何をぼおっと見ているのだ」
「何を…ってこともないですけど」
ちらと見上げた空は何処までも突き抜けるようで、蒼の上に薄布を被せたような色と、透明感が共存している。
益田は目を瞬かせ、そして得心した。
今日の空は水に似ている。
あの風船は浮かびながらにして、沈んでいるように見えたのだ。
「風船が欲しいのか?」
「え?は、いや、そういうわけじゃ」
「よぉし!今日は風船を買いにいこう」
榎木津はにっと笑ったかと思うと、益田の手を掴んだ。
彼の歩幅は広く、益田は振りほどくのも忘れて付いて行くのがやっとだ。
困ったなぁと思いながらも、安堵する。自分が手を握っているうちは、榎木津は目の届く範囲に居る。
―――子供の手から解き放たれた風船は、今頃何処に居るのだろう。
榎木津に手をひかれながら、益田は頭上に広がる水底の事を考える。
乾いた風が、ゆるく頬を撫でていった。
―――
浮かぶ風船と、沈む風船。
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