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2024/11/23 04:55 |
7月拍手お礼文
事務所の中に居さえすれば、肌を灼く日差しは届かない。
ただし、だからなんだと叫びたくなるような暑さは何処までも付いてくる。
開け放たれた大きな窓から、時折吹き込む風は温い。溜まった熱をゆるりと掻き混ぜ、また夏の中へと還っていく。
自宅ならばこんなシャツなど脱いで裸で水浴びでもしたいところだが、そうもいかない。
ハンカチーフを取り出す事すらまどろっこしく、益田は結局自分の袖で汗を拭った。ぺたりと貼りついた前髪が額を擦る。
五月蝿い蝉の声に混じって、ぱしゃり、と場違いな水音が耳を擽った。そちらに意識を向けた途端、聞こえたのは榎木津のぼやき声。

「あっつい」

探偵椅子に身を投げた彼が、気だるそうにそう云ったのは何度目だろうか。
膝までズボンをたくし上げ、足先は水を張ったたらいに浸けている。秘書が申し訳程度に入れた氷片はたちまち小さくなり、辛うじて浮かんでいたひとかけらも、榎木津が水を蹴った拍子に波紋の中に沈んで消えた。

「知ってますよう」

いつまで続くんでしょうねえ。
お定まりのやりとりをして、益田は前髪の隙間から空を見上げる。雲ひとつない晴天。恵みの雨は遠そうだ。
机の上に置き去られた硝子のコップが汗を掻いている。飲み干した冷茶は大分薄まってしまい、やや色がついているだけで水同然の味がした。
最後に小さく残った氷を口の中で転がして、束の間の冷たさを味わう。榎木津の口元から、ガリッとひとつ乱暴な音。彼は氷を噛んでしまう性質のようだ。
退屈しているのだろう。榎木津が足でたらいの水を掻き回している。そのたびに白い爪先が水を跳ね上げる。
そのうちの一滴が、益田の鼻先にまで飛んできた。一瞬わずかにひやりとして、おっと思った瞬間には汗に紛れて解らなくなる。
日が暮れても尚温い夜気に混ぜた吐息のようだ。
益田が離した万年筆が、ことりと小さな音を立てた。

「榎木津さん」

ぱしゃり。
言葉の代わりに、水音が答える。

「この暑いのに、変な事を言うなとは思うんですが――」

強すぎる光が作った濃い影の中に、榎木津が居る。
自分も同じ場所に居るのだろう。
太陽を連れ込んで、同じものになったような、優越感と罪悪感で頭がくらくらと煮えるようだ。

「抱きしめても、いいですか」

蝉時雨が、ふっと止んだように感じた。
飴色に緩んだ瞳が、ゆっくりと益田を見上げる。
コップに付いた雫と同じ速度で、頬を汗が伝っていく。


どうせ溶けるならば、彼を連れて行ってしまいたい。

―――
暑さで頭が沸いてしまった益田。
沸いてるのは私ですね。太陽本気出しすぎ。


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2010/08/31 14:27 | Comments(0) | TrackBack() | 益田

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