Web拍手お返事です。ありがとうございます。
>林檎様
お返事が遅れてしまい申し訳ございません。
レインボー益田雑文をお読み頂いて、有難うございました。
七人同時に益田が出るので、それぞれに性格付けをして、でも益田でって、何なのこれ?と作業中数度素に戻ってしまいました。原稿中はもっとハイになって突っ走れたらいいなぁと思います。
和寅を褒めて頂けて嬉しいです。薔薇十字の良心ですよね…。
オフでわーわー云っている不甲斐ない管理人ですが、今後とも宜しくお願い致します。
>きんぎょばち様
オヒサシブリデス。レインボーマスダ ヘノ ゴカンソウ アリガトウゴザイマス。
セッカクエチオピヤッポク コメントヲ イタダケタノデ ワタシモ ナラウ ツモリデシタガ
タイヘンナコトニ ナッテイルノデ コノヘンデ ゴカンベン クダサイ。ワタシコメクイタイデス。
益田7人は「かさばる」という点が難かと思っておりましたが、やや小さめの益田がきゃらきゃら云っているのはかなり奇妙な光景ですね。世の中不思議なことだらけ!
和寅の腰あたりにしがみついて「かずとらさーん、おなかすきましたよー!」とか云っているんですね。平和を守る気はないようです。
本編も無事発行できるようにがんばります。ありがとうございました。
>菊川様
『君は太陽』お読み頂いてありがとうございます!
もう本当に…お待たせして…申し訳なさで一杯一杯ですが、そのぶん情熱はガツガツに詰め込みました。
菊川様のブログで羽織袴の榎木津が白無垢(気持ち的に)の益田を横抱きにしている絵を拝見して
すごく滾ったので、そんな感じの滾りをぶつけさせて頂いた感じです。
お楽しみ頂けましたら幸いでございます。
レインボー益田の件に関しましては、インテックス終了後にご挨拶に伺いますので宜しくお願い致します!
ありがとうございました。
叩いてくださった方も、ありがとうございました。
夏コミが終わり、夏が終わりゆく感じですね。
関西ではインテックス、関東ではあとグッコミなんかがありまして、眩暈坂上2に向けて皆様のダッシュが始まる頃かと思います。楽しみだなぁ、などと暢気に云ってる立場じゃないですね!頑張ります!
京極ジャンルに遊びに行かせて頂きましたところ、机上にチラシタンブラーが飾ってあって早くもオンリー色が凄かったです。チラシ裏にも様々な企画が書いてあって実際楽しみすぎます。この楽しさを100%味わうためにも、ホントに原稿頑張ります。
また、ちょっと気が早いのですが、冬コミに「Bitter Honey」のシロ様と合同で申し込みます。榎益です。受かると良いなぁ。他にも色々とはかりごとがありますので、早くお知らせしたいなぁ。
リクエスト企画も残すところあと2件となりましたが、本当にお待たせして申し訳ございませんでした。今回のお話のタイトルはス/ピ/ッ/ツの新曲から拝借しております…。夏映画の主題歌なのですが、ひどく榎益だと思います。おすすめ(?)
>林檎様
お返事が遅れてしまい申し訳ございません。
レインボー益田雑文をお読み頂いて、有難うございました。
七人同時に益田が出るので、それぞれに性格付けをして、でも益田でって、何なのこれ?と作業中数度素に戻ってしまいました。原稿中はもっとハイになって突っ走れたらいいなぁと思います。
和寅を褒めて頂けて嬉しいです。薔薇十字の良心ですよね…。
オフでわーわー云っている不甲斐ない管理人ですが、今後とも宜しくお願い致します。
>きんぎょばち様
オヒサシブリデス。レインボーマスダ ヘノ ゴカンソウ アリガトウゴザイマス。
セッカクエチオピヤッポク コメントヲ イタダケタノデ ワタシモ ナラウ ツモリデシタガ
タイヘンナコトニ ナッテイルノデ コノヘンデ ゴカンベン クダサイ。ワタシコメクイタイデス。
益田7人は「かさばる」という点が難かと思っておりましたが、やや小さめの益田がきゃらきゃら云っているのはかなり奇妙な光景ですね。世の中不思議なことだらけ!
和寅の腰あたりにしがみついて「かずとらさーん、おなかすきましたよー!」とか云っているんですね。平和を守る気はないようです。
本編も無事発行できるようにがんばります。ありがとうございました。
>菊川様
『君は太陽』お読み頂いてありがとうございます!
もう本当に…お待たせして…申し訳なさで一杯一杯ですが、そのぶん情熱はガツガツに詰め込みました。
菊川様のブログで羽織袴の榎木津が白無垢(気持ち的に)の益田を横抱きにしている絵を拝見して
すごく滾ったので、そんな感じの滾りをぶつけさせて頂いた感じです。
お楽しみ頂けましたら幸いでございます。
レインボー益田の件に関しましては、インテックス終了後にご挨拶に伺いますので宜しくお願い致します!
ありがとうございました。
叩いてくださった方も、ありがとうございました。
夏コミが終わり、夏が終わりゆく感じですね。
関西ではインテックス、関東ではあとグッコミなんかがありまして、眩暈坂上2に向けて皆様のダッシュが始まる頃かと思います。楽しみだなぁ、などと暢気に云ってる立場じゃないですね!頑張ります!
京極ジャンルに遊びに行かせて頂きましたところ、机上にチラシタンブラーが飾ってあって早くもオンリー色が凄かったです。チラシ裏にも様々な企画が書いてあって実際楽しみすぎます。この楽しさを100%味わうためにも、ホントに原稿頑張ります。
また、ちょっと気が早いのですが、冬コミに「Bitter Honey」のシロ様と合同で申し込みます。榎益です。受かると良いなぁ。他にも色々とはかりごとがありますので、早くお知らせしたいなぁ。
リクエスト企画も残すところあと2件となりましたが、本当にお待たせして申し訳ございませんでした。今回のお話のタイトルはス/ピ/ッ/ツの新曲から拝借しております…。夏映画の主題歌なのですが、ひどく榎益だと思います。おすすめ(?)
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目の前に座っている老紳士が薔薇十字探偵社に仕事を持ち込んだのは、2ヶ月ほど前の事だった。
榎木津家経由で探偵社の話を聞いたらしい彼は、当初榎木津礼二郎本人が仕事を請けなかった事に渋面を見せたが、益田の仕事ぶりには概ね満足したようだ。苦労して捕らえたカナリアは、銀の鳥篭に入れられて歌っている。
かんかんに照り付ける太陽と熱された外気から、高台に建つ白亜の館は隔絶されている。庭に植えられた緑が直射日光を適度に遮り、大きな窓から潮風が吹き込んでくる。こんな別荘を幾つも持てるほど裕福な客を抱えられる職場環境に感謝して、益田は冷茶をひとくち啜った。
「しかし、本当に良い場所ですねぇ。僕以前この界隈で仕事してたんですけど、こんな立派なお屋敷あったなんて知りませんでした」
「自分で自分を褒めるようで恐縮ですが、此処は実際気に入っているのですよ。特にあの窓が良い」
「窓ですか」
「海が良く見える。岩場ですから泳ぐのには向かないのですが、そのぶん静かでね」
紳士に促され、益田も立ち上がった。彼が示したのは、大きく開いた出窓だ。白波に似たレースのカーテンが、風を受けてひらひらと踊っている。
一足先に下を覗き込んだ男が、ふと首を傾げた。
「珍しいですな、今日は浜に人が居る」
「へぇ……えっ」
うっ、と益田は息を呑んだ。
眼下に見える海は入り江状に切り取られていて、やや灰色がかった砂浜に絶えず白い波が被さっている。青い海と盛り上がった入道雲をすっと横切る水平線が綺麗だ。それは良いのだが。
美しい浜辺に足跡を巡らせながら動き回っている人物の髪が、どうも見覚えがある。見覚えどころか、昨日も目通りしたばかりだ。柔らかな栗色―――それがくるりと振り返ってこちらを見上げたように思え、益田は肩をぎゅうと竦めた。
そうとは知らぬ紳士は、かえって興味深げに益々身を乗り出す。
「何か砂浜に書いているようですな、なんだろうか」
「そ、それより!早く残りのご報告をさせてくださいっ!」
「報告?もう鳥は戻りましたし、特にこれと云って」
「何と云うかその、そう、僕の武勇伝を聞いて頂けませんか!特に鳥を追って樹上に取り残された時なんか額に汗をかいてしまったと云いますか、ねぇ」
しどろもどろになりながらも、益田は男の背を押して半ば無理やりにソファへと戻った。
ちらりと見やった浜辺は無惨に削り取られて、大きな文字が並んでいる。
―――さっさと戻れ、バカオロカ。
波の音に混じって神に恫喝された気がして、益田は項垂れて前髪を揺らした。
■
なるほど岩場だ。
ごろごろと転がっている巨大な岩を乗り越えると、その向こうに海が現れた。
上から見た限りでは箱庭のように小さく見えたが、目の当たりにするとそれなりに広い。湿った風が潮の匂いを含み、長い前髪を吹き上げる。
「榎木津さぁん」
波音にも負けそうなほど疲れた益田の声は、それでも榎木津の耳に届いたらしかった。一心不乱に砂山を築いていた横顔がふと益田の姿を捉える。
「遅いぞゥ」
「何云ってンですか超特急ですよ、あの丘から此処までどんだけかかったと思ってるんですか、ていうか榎木津さん、此処に来るって知ってるなら仕事付き合ってくれればよかったのに」
息も絶え絶えの益田が砂に尻を付くと、榎木津が水筒を投げて寄越した。見覚えがあるアルマイトは、恐らく寅吉が持たせたものだろう。冷えた麦茶が入っている。
一息に其れを呷る益田を尻目に、榎木津は砂に書いた文字を蹴った。
「トリの引渡しはどうでも良いんだよ。事務所で散々鳴き声も聴いた。言葉も覚えなかったし」
「人様の鳥に言葉教えようとしないでくださいって。どうすんですかバカオロカとか云うようになっちゃったら」
「そうなったらトリの間でお前のバカオロカぶりが有名になる!」
けらけらと笑いながら榎木津が波打ち際に歩いていくので、益田も其れに従う。夏が過ぎゆく浜は日が傾きかけて、遠くの雲が橙色に染まり始めていた。
ざん――と波が寄せ、二人の足元にまで迫る。
栗色の髪が潮風に弄られて、一瞬ごとに違う表情を見せるのを、益田は不思議に思って眺めていた。
「どうだ、海だぞ益山」
改めて云われなくても知っている。それでも益田は、顔を上げて海面を見た。水平線に沿って、光がはじけている。
寄せる波は透明でも、遥か先に見える水面は濃紺だ。何が溶けていても、見えない程に。
視界の端に立つ榎木津の姿にボーダーラインの服を纏ったもう一人の榎木津が重なって、益田は目を逸らした。
そんな益田の仕草を知ってか知らずか、榎木津は益田の目の前に立つ。見開かれた鳶色の瞳は、恐らく益田の記憶を通り越して益田自身の瞳を見ている。
「今年の夏は全然海で遊ばなかった!海に失礼だ!おまけに益山はあっちこっちでコソコソ隠れるような真似ばっかりして、夏が勿体無い」
「そんなにお好きなら、海くらいいつでも来れば良かったじゃないですか。木場さんなり、関口さんなりと」
ビーチパラソルの下で憮然として本を読んでいる中禅寺を想像してしまい、妙な具合に口端が歪む。咎めるように拳で胸板を小突かれて、砂を踏む足元がよろめいた。
「なんで叩くんですよ」
「心得違いをしているから制裁をしたまでだ。僕はパンが無いならケェキで済まそうなんていうケチな了見の持ち主じゃないぞ。パンが食べたい時は何が何でもパンを食べるんだ!海で遊びたかったら、海に来る!」
「来てるじゃないですか、既に―――」
益田は狼狽し、言葉を呑んだ。
自分を見下ろす双眸が、挑戦的な光を帯びているのに気付いたからだ。深い海が蒼の濃さを増すのと同じように、暗い色をした瞳孔に自分の内面までも吸い込まれそうだ。
何か口にする、或いは視線を逃がす前に、寄せた波が脛のあたりまで被さってきた。いつの間にか潮が満ちて、榎木津が乱暴に綴った文字や足跡までも消していく。
「うわっ」
「あっコラ、逃げるな!」
「濡れちゃいますよう」
水に浸かった革靴は、一歩踏み出すごとに気味の悪い音を立てる。益田の足跡が波に慣らされた浜から乾いた砂の上にたどり着く前に、背後から伸びた手にさっと膝の裏を浚われた。爪先が弧を描き、すっぽ抜けた靴が転々と砂浜を弾んで歪な軌跡を残す。
気がつけば痩せた身体は、横抱きの格好で榎木津の腕の中にあった。
「えっ」
「濡れるのが怖くて、海で遊べるものか!」
榎木津は自分も靴をかなぐり捨てて、益田を抱えたまま波へと突進していく。ひゃあああ、という情けない悲鳴が浜辺に響いた。蹴り上げられた海水が飛沫となって前髪にまでかかる。
「うわっ、ちょっ、怖い!」
「怖いものか、僕の膝くらいまでしか無いぞ。降りてみろ、そら!」
「そういうことじゃありませんって――ああああんまり、揺らさないでくださいよぅ!」
巨岩に隠された浜で、榎木津の高笑いと益田の泣き声が交互に起こる。
どちらともなく声が止むと、辺りは急に静かになったようだ。依然として波は打ち寄せ続けているというのに。
濡れた靴下を弄る潮風が冷たくて、益田は爪先を丸めた。いつの間にか腕さえも榎木津の首に回してしまっている。手放すべきか思案していると、またひとつ波が寄せた。
間近に見下ろす榎木津の頬や鼻先が奇妙に紅潮して見えることで、益田はようやく夕暮れが迫っている事を知った。
「榎木津、さん」
海ならいくらでも来ればよかったじゃないですか。
心得違いをしているから制裁をしたまでだ。
はじける光の粒とともに、交わされた言葉が明滅する。
唇が震えるのは、吹き抜けた潮風が冷たかったからでは無い。
「今日此処に来たのって、もしかして―――僕、と」
夕映え色の頬が僅かに赤みを増して、鳶色の瞳が瞬いた。
「―――だったら、どうする?」
ざん、と波が打った。
どうすると問われても、益田は榎木津が望む答えなど知らない。自分の頭に浮かんだ考えだって、身の程知らずかつ自意識過剰な、僭越なものかも知れないのだ。
僭越ついでに、ただ無性に、榎木津の唇が欲しいと思ってしまった。
秋が迫る海に浸かって、小娘のように抱えられている滑稽な格好のままで。
飛沫をあちこちに被ってしまって風が当たるたびに冷えているのに、耳の辺りがやけに熱い。
「榎木津さん、僕も」
「ん?」
続ける言葉が思い浮かばず、益田は少し逡巡してから、そおっとそおっと、唇を寄せた。
「早まるな、君たちぃ―――!」
突然真横からどん、と衝撃が襲い、次の瞬間益田は榎木津の腕を離れ、海中に転落していた。
尻から落ちたので痛みは無いが、間髪入れず頭上を超えて行った波の所為で、文字通り頭の先までずぶぬれだ。
面くらいながらも張り付いた前髪を払いのけると、同じくずぶぬれの榎木津が何故か羽交い締めにされている光景が目に入った。わめいている榎木津を押さえつけているのは、どうも警官のようだ。まだ若い。
「何があったか知らないけど、こんな良い季節の盛りに妙なことを考えるもんじゃあない!」
「みょ――妙なこと?」
榎木津が警官を張り飛ばし、見慣れた制服姿が派手な打音と共に波間に沈む。
益田は慌てて立ち上がると、ひっくり返っている警官を助け起こした。
「大丈夫ですか」
「あ痛た…いえ…大丈夫です」
濡れた髪を払いのける仕草は、先刻益田がした其れによく似ている。
はっきりと見えた顔に既視感を覚えた益田が話しかける前に、目を丸くした青年が声を上げた。
「あれ…益田さん?ですよね―――ああ、益田さんだ」
一人だけさっさと陸に上がった榎木津が、犬のように頭を振って水を払っているのが見える。
「―――亀井、君?」
唖然とする益田の背後で、紅い夕陽がすうと沈んだ。
■
すっかり暗くなった街中を、一台のパトカーが走っている。
潮の匂いが充満した後部座席には、くたびれた毛布に包まった榎木津と益田が居た。榎木津の方は、遊びつかれたかしてすやすやと眠ってしまっている。その寝顔を横目で見やりながら、益田は溜息を落とした。
「吃驚しましたよ。盗人を捕らえてみれば益田さんなり、なんてね」
亀井は困っているのだか楽しんでいるのだか判らない口調でそう云うと、ハンドルを繰った。
「盗人って何だよ。いきなり突き飛ばされて、吃驚したのはこっちだって云うの。あんな辺鄙な場所も警らの範囲になったわけ?」
「そういう訳じゃないですけど、通報されちゃ行かない訳に行かないですからね」
「つ、通報?なんで?侵入罪か何か?」
面食らう益田の顔をバックミラーで確認した亀井は、左手でついと天を指す。
「あの浜ね、ちょっと上ったら見えるんですけど、高台のお屋敷に住んでるご主人から電話あったんですよ。海中に無理やり引き込まれようとしてる人がいるってね」
絹を裂くような悲鳴で何かと思った、って云ってるんですけど、心当たりあります?―――そう云うと亀井は半分だけ振り向いた。益田はその視線に気付かない振りをして、毛布に顎を埋める。
悲鳴を上げたのは間違いなく自分だが、「絹を裂くような」とはどういう事だろう。あの浜は岩や崖に囲まれる格好だったから、反響して甲高く聞こえたのだろう、恐らく。そうとでも思わなければやっていられない。
「すわ痴情のもつれの無理心中か、とか云われたら行かざるを得ないです」
「無い無いそれは、絶対無い!」
「どうしたんですかムキになって…まぁもう直ぐ署に着きますから、詳しい事情はそっちで伺います。世間話のつもりで聞かせてくださいね」
車が大きく曲がった拍子に、力の抜けた榎木津の身体がどさりと倒れこんできた。塩水を浴びた生乾きの髪が首に当たってこそばゆい。良く眠っているようだ。
こんなに眠りが深いと、榎木津を連れて東京に戻るのは困難だろう。2,3歩歩かせるのすら億劫だ。警察車両を借りるのも申し訳ない。この近くで宿を取るのが妥当な所だろうと思う。
榎木津の財布を勝手に漁る訳には行かないので、益田が身銭を切ることになる。そうなるとあまり立派な宿は難しい。近くに旨い魚を出す食堂でもあれば、そちらの方が重要だ。
ひとつの部屋に布団を2組敷いてもらって眠ろう。塩水まみれの服は水ですすいで干しておき、代わりに浴衣でも着せておこう。榎木津はきっと昼頃目覚めるだろうから、その時になって初めて、見慣れぬ寝所と着慣れぬ浴衣に気がつくのだ。
(そしたらどうします、榎木津さん)
毛布の下でそっと探った指先には、細かな砂粒と確かな体温が在る。
―――
菊川様リクエスト「海辺できゃっきゃと戯れる榎益」でした。ありがとうございました。
遅くなって申し訳ございません。異常に楽しく書けました(亀井も出ました)。
榎木津家経由で探偵社の話を聞いたらしい彼は、当初榎木津礼二郎本人が仕事を請けなかった事に渋面を見せたが、益田の仕事ぶりには概ね満足したようだ。苦労して捕らえたカナリアは、銀の鳥篭に入れられて歌っている。
かんかんに照り付ける太陽と熱された外気から、高台に建つ白亜の館は隔絶されている。庭に植えられた緑が直射日光を適度に遮り、大きな窓から潮風が吹き込んでくる。こんな別荘を幾つも持てるほど裕福な客を抱えられる職場環境に感謝して、益田は冷茶をひとくち啜った。
「しかし、本当に良い場所ですねぇ。僕以前この界隈で仕事してたんですけど、こんな立派なお屋敷あったなんて知りませんでした」
「自分で自分を褒めるようで恐縮ですが、此処は実際気に入っているのですよ。特にあの窓が良い」
「窓ですか」
「海が良く見える。岩場ですから泳ぐのには向かないのですが、そのぶん静かでね」
紳士に促され、益田も立ち上がった。彼が示したのは、大きく開いた出窓だ。白波に似たレースのカーテンが、風を受けてひらひらと踊っている。
一足先に下を覗き込んだ男が、ふと首を傾げた。
「珍しいですな、今日は浜に人が居る」
「へぇ……えっ」
うっ、と益田は息を呑んだ。
眼下に見える海は入り江状に切り取られていて、やや灰色がかった砂浜に絶えず白い波が被さっている。青い海と盛り上がった入道雲をすっと横切る水平線が綺麗だ。それは良いのだが。
美しい浜辺に足跡を巡らせながら動き回っている人物の髪が、どうも見覚えがある。見覚えどころか、昨日も目通りしたばかりだ。柔らかな栗色―――それがくるりと振り返ってこちらを見上げたように思え、益田は肩をぎゅうと竦めた。
そうとは知らぬ紳士は、かえって興味深げに益々身を乗り出す。
「何か砂浜に書いているようですな、なんだろうか」
「そ、それより!早く残りのご報告をさせてくださいっ!」
「報告?もう鳥は戻りましたし、特にこれと云って」
「何と云うかその、そう、僕の武勇伝を聞いて頂けませんか!特に鳥を追って樹上に取り残された時なんか額に汗をかいてしまったと云いますか、ねぇ」
しどろもどろになりながらも、益田は男の背を押して半ば無理やりにソファへと戻った。
ちらりと見やった浜辺は無惨に削り取られて、大きな文字が並んでいる。
―――さっさと戻れ、バカオロカ。
波の音に混じって神に恫喝された気がして、益田は項垂れて前髪を揺らした。
■
なるほど岩場だ。
ごろごろと転がっている巨大な岩を乗り越えると、その向こうに海が現れた。
上から見た限りでは箱庭のように小さく見えたが、目の当たりにするとそれなりに広い。湿った風が潮の匂いを含み、長い前髪を吹き上げる。
「榎木津さぁん」
波音にも負けそうなほど疲れた益田の声は、それでも榎木津の耳に届いたらしかった。一心不乱に砂山を築いていた横顔がふと益田の姿を捉える。
「遅いぞゥ」
「何云ってンですか超特急ですよ、あの丘から此処までどんだけかかったと思ってるんですか、ていうか榎木津さん、此処に来るって知ってるなら仕事付き合ってくれればよかったのに」
息も絶え絶えの益田が砂に尻を付くと、榎木津が水筒を投げて寄越した。見覚えがあるアルマイトは、恐らく寅吉が持たせたものだろう。冷えた麦茶が入っている。
一息に其れを呷る益田を尻目に、榎木津は砂に書いた文字を蹴った。
「トリの引渡しはどうでも良いんだよ。事務所で散々鳴き声も聴いた。言葉も覚えなかったし」
「人様の鳥に言葉教えようとしないでくださいって。どうすんですかバカオロカとか云うようになっちゃったら」
「そうなったらトリの間でお前のバカオロカぶりが有名になる!」
けらけらと笑いながら榎木津が波打ち際に歩いていくので、益田も其れに従う。夏が過ぎゆく浜は日が傾きかけて、遠くの雲が橙色に染まり始めていた。
ざん――と波が寄せ、二人の足元にまで迫る。
栗色の髪が潮風に弄られて、一瞬ごとに違う表情を見せるのを、益田は不思議に思って眺めていた。
「どうだ、海だぞ益山」
改めて云われなくても知っている。それでも益田は、顔を上げて海面を見た。水平線に沿って、光がはじけている。
寄せる波は透明でも、遥か先に見える水面は濃紺だ。何が溶けていても、見えない程に。
視界の端に立つ榎木津の姿にボーダーラインの服を纏ったもう一人の榎木津が重なって、益田は目を逸らした。
そんな益田の仕草を知ってか知らずか、榎木津は益田の目の前に立つ。見開かれた鳶色の瞳は、恐らく益田の記憶を通り越して益田自身の瞳を見ている。
「今年の夏は全然海で遊ばなかった!海に失礼だ!おまけに益山はあっちこっちでコソコソ隠れるような真似ばっかりして、夏が勿体無い」
「そんなにお好きなら、海くらいいつでも来れば良かったじゃないですか。木場さんなり、関口さんなりと」
ビーチパラソルの下で憮然として本を読んでいる中禅寺を想像してしまい、妙な具合に口端が歪む。咎めるように拳で胸板を小突かれて、砂を踏む足元がよろめいた。
「なんで叩くんですよ」
「心得違いをしているから制裁をしたまでだ。僕はパンが無いならケェキで済まそうなんていうケチな了見の持ち主じゃないぞ。パンが食べたい時は何が何でもパンを食べるんだ!海で遊びたかったら、海に来る!」
「来てるじゃないですか、既に―――」
益田は狼狽し、言葉を呑んだ。
自分を見下ろす双眸が、挑戦的な光を帯びているのに気付いたからだ。深い海が蒼の濃さを増すのと同じように、暗い色をした瞳孔に自分の内面までも吸い込まれそうだ。
何か口にする、或いは視線を逃がす前に、寄せた波が脛のあたりまで被さってきた。いつの間にか潮が満ちて、榎木津が乱暴に綴った文字や足跡までも消していく。
「うわっ」
「あっコラ、逃げるな!」
「濡れちゃいますよう」
水に浸かった革靴は、一歩踏み出すごとに気味の悪い音を立てる。益田の足跡が波に慣らされた浜から乾いた砂の上にたどり着く前に、背後から伸びた手にさっと膝の裏を浚われた。爪先が弧を描き、すっぽ抜けた靴が転々と砂浜を弾んで歪な軌跡を残す。
気がつけば痩せた身体は、横抱きの格好で榎木津の腕の中にあった。
「えっ」
「濡れるのが怖くて、海で遊べるものか!」
榎木津は自分も靴をかなぐり捨てて、益田を抱えたまま波へと突進していく。ひゃあああ、という情けない悲鳴が浜辺に響いた。蹴り上げられた海水が飛沫となって前髪にまでかかる。
「うわっ、ちょっ、怖い!」
「怖いものか、僕の膝くらいまでしか無いぞ。降りてみろ、そら!」
「そういうことじゃありませんって――ああああんまり、揺らさないでくださいよぅ!」
巨岩に隠された浜で、榎木津の高笑いと益田の泣き声が交互に起こる。
どちらともなく声が止むと、辺りは急に静かになったようだ。依然として波は打ち寄せ続けているというのに。
濡れた靴下を弄る潮風が冷たくて、益田は爪先を丸めた。いつの間にか腕さえも榎木津の首に回してしまっている。手放すべきか思案していると、またひとつ波が寄せた。
間近に見下ろす榎木津の頬や鼻先が奇妙に紅潮して見えることで、益田はようやく夕暮れが迫っている事を知った。
「榎木津、さん」
海ならいくらでも来ればよかったじゃないですか。
心得違いをしているから制裁をしたまでだ。
はじける光の粒とともに、交わされた言葉が明滅する。
唇が震えるのは、吹き抜けた潮風が冷たかったからでは無い。
「今日此処に来たのって、もしかして―――僕、と」
夕映え色の頬が僅かに赤みを増して、鳶色の瞳が瞬いた。
「―――だったら、どうする?」
ざん、と波が打った。
どうすると問われても、益田は榎木津が望む答えなど知らない。自分の頭に浮かんだ考えだって、身の程知らずかつ自意識過剰な、僭越なものかも知れないのだ。
僭越ついでに、ただ無性に、榎木津の唇が欲しいと思ってしまった。
秋が迫る海に浸かって、小娘のように抱えられている滑稽な格好のままで。
飛沫をあちこちに被ってしまって風が当たるたびに冷えているのに、耳の辺りがやけに熱い。
「榎木津さん、僕も」
「ん?」
続ける言葉が思い浮かばず、益田は少し逡巡してから、そおっとそおっと、唇を寄せた。
「早まるな、君たちぃ―――!」
突然真横からどん、と衝撃が襲い、次の瞬間益田は榎木津の腕を離れ、海中に転落していた。
尻から落ちたので痛みは無いが、間髪入れず頭上を超えて行った波の所為で、文字通り頭の先までずぶぬれだ。
面くらいながらも張り付いた前髪を払いのけると、同じくずぶぬれの榎木津が何故か羽交い締めにされている光景が目に入った。わめいている榎木津を押さえつけているのは、どうも警官のようだ。まだ若い。
「何があったか知らないけど、こんな良い季節の盛りに妙なことを考えるもんじゃあない!」
「みょ――妙なこと?」
榎木津が警官を張り飛ばし、見慣れた制服姿が派手な打音と共に波間に沈む。
益田は慌てて立ち上がると、ひっくり返っている警官を助け起こした。
「大丈夫ですか」
「あ痛た…いえ…大丈夫です」
濡れた髪を払いのける仕草は、先刻益田がした其れによく似ている。
はっきりと見えた顔に既視感を覚えた益田が話しかける前に、目を丸くした青年が声を上げた。
「あれ…益田さん?ですよね―――ああ、益田さんだ」
一人だけさっさと陸に上がった榎木津が、犬のように頭を振って水を払っているのが見える。
「―――亀井、君?」
唖然とする益田の背後で、紅い夕陽がすうと沈んだ。
■
すっかり暗くなった街中を、一台のパトカーが走っている。
潮の匂いが充満した後部座席には、くたびれた毛布に包まった榎木津と益田が居た。榎木津の方は、遊びつかれたかしてすやすやと眠ってしまっている。その寝顔を横目で見やりながら、益田は溜息を落とした。
「吃驚しましたよ。盗人を捕らえてみれば益田さんなり、なんてね」
亀井は困っているのだか楽しんでいるのだか判らない口調でそう云うと、ハンドルを繰った。
「盗人って何だよ。いきなり突き飛ばされて、吃驚したのはこっちだって云うの。あんな辺鄙な場所も警らの範囲になったわけ?」
「そういう訳じゃないですけど、通報されちゃ行かない訳に行かないですからね」
「つ、通報?なんで?侵入罪か何か?」
面食らう益田の顔をバックミラーで確認した亀井は、左手でついと天を指す。
「あの浜ね、ちょっと上ったら見えるんですけど、高台のお屋敷に住んでるご主人から電話あったんですよ。海中に無理やり引き込まれようとしてる人がいるってね」
絹を裂くような悲鳴で何かと思った、って云ってるんですけど、心当たりあります?―――そう云うと亀井は半分だけ振り向いた。益田はその視線に気付かない振りをして、毛布に顎を埋める。
悲鳴を上げたのは間違いなく自分だが、「絹を裂くような」とはどういう事だろう。あの浜は岩や崖に囲まれる格好だったから、反響して甲高く聞こえたのだろう、恐らく。そうとでも思わなければやっていられない。
「すわ痴情のもつれの無理心中か、とか云われたら行かざるを得ないです」
「無い無いそれは、絶対無い!」
「どうしたんですかムキになって…まぁもう直ぐ署に着きますから、詳しい事情はそっちで伺います。世間話のつもりで聞かせてくださいね」
車が大きく曲がった拍子に、力の抜けた榎木津の身体がどさりと倒れこんできた。塩水を浴びた生乾きの髪が首に当たってこそばゆい。良く眠っているようだ。
こんなに眠りが深いと、榎木津を連れて東京に戻るのは困難だろう。2,3歩歩かせるのすら億劫だ。警察車両を借りるのも申し訳ない。この近くで宿を取るのが妥当な所だろうと思う。
榎木津の財布を勝手に漁る訳には行かないので、益田が身銭を切ることになる。そうなるとあまり立派な宿は難しい。近くに旨い魚を出す食堂でもあれば、そちらの方が重要だ。
ひとつの部屋に布団を2組敷いてもらって眠ろう。塩水まみれの服は水ですすいで干しておき、代わりに浴衣でも着せておこう。榎木津はきっと昼頃目覚めるだろうから、その時になって初めて、見慣れぬ寝所と着慣れぬ浴衣に気がつくのだ。
(そしたらどうします、榎木津さん)
毛布の下でそっと探った指先には、細かな砂粒と確かな体温が在る。
―――
菊川様リクエスト「海辺できゃっきゃと戯れる榎益」でした。ありがとうございました。
遅くなって申し訳ございません。異常に楽しく書けました(亀井も出ました)。
Web拍手お返事です。ありがとうございます。
>蒼月様
お返事が遅れてしまい大変申し訳ありません。
『お医者様でも~』お読み頂いてありがとうございました。夏風邪なのでバカオロカでもひきます。
「ご機嫌をとる榎木津」というリクだったのですが、世話を焼く榎木津書きたさに多少迷走しました。
ちょっと甘い話だったので、蒼月様にお言葉頂けて嬉しかったです。
更新のほうも拝見致しました!ギター榎益!指先の描写等に色気を感じて、大変に萌えました。
いつもここからしか感想をお伝えできなくてすみません…。いつか勇気が出たら直接お伺いします。
ありがとうございました。
>末っ子様
こちらでははじめまして。拍手文と『誰も寝ては~』へのコメントありがとうございます。
青木に苺パジャマを着せるべきか否かしばし悩んだ結果、話の展開上自重することにしました。
いつか機会があれば苺パジャマ青木と益田の話も書きたいです。
末っ子様も幸せ益田好きということで、私も幸せになりました。もっともっと幸せ益田が増えますように。
リンクの件へのご質問ですが、拙ブログでよろしければ此方こそ宜しくお願い致します。
リンクフリーの文章を拝見して、当方は早速飛びつかせて頂きました。必死ですみません。
あと、女体化榎木津に凄くニッコリしました(小声で)
>eri様
はじめまして。『だれを見てるの?』へのご感想ありがとうございます。懐かしいです。
榎木津の視界は私の拙い想像力では追いつかない世界ですが、益田を見習って(?)色々していきたい感じです。
eri様も書き手さんなのですね。創作活動楽しいですよね。
何処かで作品を拝見できる機会があったら良いなぁと思いました。ありがとうございました。
叩いてくださった方も、ありがとうございました。
返信不要の方もありがとうございます。有難いやらもったいないやらで死にました。またお返事に伺います!
最早参上するのも恥ずかしいくらい間が開いてしまいましたが、お久しぶりでございます…。健康なので余計性質が悪いですね。ああもう!歯がゆい!
夏コミが終わったら色々と更新やお知らせをしたいところでございます。夏コミ終わったらもう京極オンリーまで直ぐなんですよね。また原稿や何やかやで留守がちのブログになりそうです。
そんな中、拍手をしてくださったり、遊びに来てくださる皆様には本当に頭が下がる思いで一杯です。変化のないのを見てガッカリなさっているのを思うと本当に申し訳ない限りです。せめてものおつまみに、続きに子ネタを書きました。京極オンリーで発行する「下僕戦隊レインボー益田」の練習というか、そんな感じの話です。ご笑覧頂ければ幸いでございます。
>蒼月様
お返事が遅れてしまい大変申し訳ありません。
『お医者様でも~』お読み頂いてありがとうございました。夏風邪なのでバカオロカでもひきます。
「ご機嫌をとる榎木津」というリクだったのですが、世話を焼く榎木津書きたさに多少迷走しました。
ちょっと甘い話だったので、蒼月様にお言葉頂けて嬉しかったです。
更新のほうも拝見致しました!ギター榎益!指先の描写等に色気を感じて、大変に萌えました。
いつもここからしか感想をお伝えできなくてすみません…。いつか勇気が出たら直接お伺いします。
ありがとうございました。
>末っ子様
こちらでははじめまして。拍手文と『誰も寝ては~』へのコメントありがとうございます。
青木に苺パジャマを着せるべきか否かしばし悩んだ結果、話の展開上自重することにしました。
いつか機会があれば苺パジャマ青木と益田の話も書きたいです。
末っ子様も幸せ益田好きということで、私も幸せになりました。もっともっと幸せ益田が増えますように。
リンクの件へのご質問ですが、拙ブログでよろしければ此方こそ宜しくお願い致します。
リンクフリーの文章を拝見して、当方は早速飛びつかせて頂きました。必死ですみません。
あと、女体化榎木津に凄くニッコリしました(小声で)
>eri様
はじめまして。『だれを見てるの?』へのご感想ありがとうございます。懐かしいです。
榎木津の視界は私の拙い想像力では追いつかない世界ですが、益田を見習って(?)色々していきたい感じです。
eri様も書き手さんなのですね。創作活動楽しいですよね。
何処かで作品を拝見できる機会があったら良いなぁと思いました。ありがとうございました。
叩いてくださった方も、ありがとうございました。
返信不要の方もありがとうございます。有難いやらもったいないやらで死にました。またお返事に伺います!
最早参上するのも恥ずかしいくらい間が開いてしまいましたが、お久しぶりでございます…。健康なので余計性質が悪いですね。ああもう!歯がゆい!
夏コミが終わったら色々と更新やお知らせをしたいところでございます。夏コミ終わったらもう京極オンリーまで直ぐなんですよね。また原稿や何やかやで留守がちのブログになりそうです。
そんな中、拍手をしてくださったり、遊びに来てくださる皆様には本当に頭が下がる思いで一杯です。変化のないのを見てガッカリなさっているのを思うと本当に申し訳ない限りです。せめてものおつまみに、続きに子ネタを書きました。京極オンリーで発行する「下僕戦隊レインボー益田」の練習というか、そんな感じの話です。ご笑覧頂ければ幸いでございます。
「ひゃあ、暑いなもう、和寅さん、氷水くださぁい!」
むわっとした熱気と共に飛び込んできた益田を見て、寅吉と榎木津は目を丸くした。
ただいま戻りましたの挨拶も無しに入ってきて、当然のように飲み物を要求したからでは無い。
日も暮れかけ、外は涼しさを取り戻しかけているのに、益田と来たら汗みずくであったし、あちこちに草や土などを引っ付けているからだ。
シャツの裾をズボンから引き出してだらしなく扇ぎ薄い腹に風を送る益田の前に、氷を幾つか浮かべた透明なグラスが置かれる。
仰のいて一気にグラスを干す横顔に、呆れたような声がかかった。
「今日の仕事はいつも通りの浮気の調査じゃあ無かったのかね」
冷水を胃に落としこんだ益田は、一息吐いて口元を拭い、ようやく寅吉に向き直った。
「そうそう、毎日暑いのにお盛んで嫌んなっちゃいますよねェ」
「まぁ汗だくなのは判らんでも無いが、泥だらけなのは何なんだい」
そうそう、と益田は軽薄な口調で同意して、胸ポケットに手を突っ込んだ。
手品師めいた手つきで引き出された指先にある何物かが夕陽を浴びて煌めく。寅吉は目を細めた。
「見てくださいよ、綺麗でしょう」
良く見ればそれは、宝飾品、それも指輪だった。ちゃちな鍍金では無く、恐らく内部まで金で出来ている。
高爪には太陽よりもまだ紅く、夕焼けの海より透明な、美しい石が嵌め込まれていた。
「河原で尾行してる時に、調査相手の社長さんが落としていったんです。証拠になるかと思って探して拾っときました」
「だから土まみれなのか」
「もう雑草伸び放題でしたよぅ。やっとこさ見つけて顔を上げたらもう社長さんも2号さんも何処にも居ないし」
「当たり前じゃないか。尾行者を待っててくれる対象が何処に居る」
「いやぁ走り回って探したんですけどもう見つからなくて…参りました。まぁこうして物的証拠も見つかったし今日のところは五分五分ですかね」
けけけと笑いながら、照れ隠しにズボンで指輪を磨いていると、いつの間にか側に立っていた榎木津がひょいと其れを取り上げた。
鳶色の目を細めて、ためつすがめつ指輪を眺めている。
「どうですか榎木津さん」
益田が声をかけると榎木津は振り向き、益田の頭上と指輪とを見比べた。
「径がちょっと小さいでしょう?」
「そうなのかい?私ゃ詳しくないが、女性の指にはちょっと大きいような気もするのだけれど」
「その禿げたおじさんの芋虫みたいな指には入らないだろうなぁ」
第一こんなもんそいつに似合わない、と苦々しげに云う榎木津に苦笑して、益田は続ける。
「多分女への贈り物じゃないかと思うんです。明日奥さんに見せてみて、彼女の指と径が違ってたらクロですね」
得意げに胸を張る益田を見下ろしていた榎木津は、ふと思いついたように骨ばった手を取った。
白黒の弦に慣れ親しんだ指先は、音楽から離れて尚弦の形を覚えているかのように繊細な形をしている。
関節の立った指をじっと見つめられて、益田は振り払う事も思いつかず只呆然としていた。
「…あの、榎木津さん?」
初めての玩具を手にした子どものように、榎木津は益田の指に金の輪を宛がった。
親指から順番に通し力を入れるが関節部分か或いはそれ以前で止まってしまう。
どうにか紅玉が指の根元に収まったのは、4本目に試した薬指だった。
しんと静まり返った室内で、寅吉がやっと口を開く。
「…その2号さんとやらはこんな骨の浮いた手の女性だったのかね、益田君」
「さ、さぁ…手までは調査の範囲じゃ無かったんでちょっと…」
掌を窓に透かせば、沈み行く過程で赤さを増した光に肌が透ける。
幾面にも切り取られたカットに自分が映りこんでいるのが見えて気恥ずかしい。
薬指に嵌っていて、しかも其れをやったのが榎木津だと思うと尚更だ。
やれやれと思いながら、けれど否定できない胸の動悸を隠しつつ、益田は指輪を引き抜いた。
引き抜こうと、した。
「あれ?…あれ?」
「どうしたね」
益田は再び目の前に手をかざす。
繊細な曲線。何処までも透明なルビー。食い込む自分の肉。
「……………抜けない」
数秒の間を置いて、フロア内は火が点いたような大騒ぎを呈した。
「うわ、うわ!本当に抜けない!血が止まる!」
「何をやってるんだねもう、石鹸水!」
「僕は寝る。もう飽きた」
「ちょっとちょっと、榎木津さぁん!」
榎木津が寝室に引っ込んでしまってから夜半まで、榎木津ビルヂングの3階からは止むこと無く男の泣き言が響き続けていたという。
■
さても夜が明けて、薔薇十字探偵社では。
「あの、それでこれが旦那さんが落とされた指輪なのですが…」
「はぁ?」
突如として指輪の食い込んだ男の手の甲を見せ付けられ、訝しげな顔をしている婦人。
消えてしまいたいと云う感情を全身から発散しながらも、仕方なく薄笑いを浮かべている探偵助手。
彼に付き合わされて結局夜を明かす羽目になり、目の下に濃い隈を刻んだ書生。
探偵机に腰掛けた探偵ひとりだけが、げらげら笑ってご満悦だった。
―――
指輪がらみの話書くの多分3回目くらいです…本当榎木津と益田は結婚すればいい。
むわっとした熱気と共に飛び込んできた益田を見て、寅吉と榎木津は目を丸くした。
ただいま戻りましたの挨拶も無しに入ってきて、当然のように飲み物を要求したからでは無い。
日も暮れかけ、外は涼しさを取り戻しかけているのに、益田と来たら汗みずくであったし、あちこちに草や土などを引っ付けているからだ。
シャツの裾をズボンから引き出してだらしなく扇ぎ薄い腹に風を送る益田の前に、氷を幾つか浮かべた透明なグラスが置かれる。
仰のいて一気にグラスを干す横顔に、呆れたような声がかかった。
「今日の仕事はいつも通りの浮気の調査じゃあ無かったのかね」
冷水を胃に落としこんだ益田は、一息吐いて口元を拭い、ようやく寅吉に向き直った。
「そうそう、毎日暑いのにお盛んで嫌んなっちゃいますよねェ」
「まぁ汗だくなのは判らんでも無いが、泥だらけなのは何なんだい」
そうそう、と益田は軽薄な口調で同意して、胸ポケットに手を突っ込んだ。
手品師めいた手つきで引き出された指先にある何物かが夕陽を浴びて煌めく。寅吉は目を細めた。
「見てくださいよ、綺麗でしょう」
良く見ればそれは、宝飾品、それも指輪だった。ちゃちな鍍金では無く、恐らく内部まで金で出来ている。
高爪には太陽よりもまだ紅く、夕焼けの海より透明な、美しい石が嵌め込まれていた。
「河原で尾行してる時に、調査相手の社長さんが落としていったんです。証拠になるかと思って探して拾っときました」
「だから土まみれなのか」
「もう雑草伸び放題でしたよぅ。やっとこさ見つけて顔を上げたらもう社長さんも2号さんも何処にも居ないし」
「当たり前じゃないか。尾行者を待っててくれる対象が何処に居る」
「いやぁ走り回って探したんですけどもう見つからなくて…参りました。まぁこうして物的証拠も見つかったし今日のところは五分五分ですかね」
けけけと笑いながら、照れ隠しにズボンで指輪を磨いていると、いつの間にか側に立っていた榎木津がひょいと其れを取り上げた。
鳶色の目を細めて、ためつすがめつ指輪を眺めている。
「どうですか榎木津さん」
益田が声をかけると榎木津は振り向き、益田の頭上と指輪とを見比べた。
「径がちょっと小さいでしょう?」
「そうなのかい?私ゃ詳しくないが、女性の指にはちょっと大きいような気もするのだけれど」
「その禿げたおじさんの芋虫みたいな指には入らないだろうなぁ」
第一こんなもんそいつに似合わない、と苦々しげに云う榎木津に苦笑して、益田は続ける。
「多分女への贈り物じゃないかと思うんです。明日奥さんに見せてみて、彼女の指と径が違ってたらクロですね」
得意げに胸を張る益田を見下ろしていた榎木津は、ふと思いついたように骨ばった手を取った。
白黒の弦に慣れ親しんだ指先は、音楽から離れて尚弦の形を覚えているかのように繊細な形をしている。
関節の立った指をじっと見つめられて、益田は振り払う事も思いつかず只呆然としていた。
「…あの、榎木津さん?」
初めての玩具を手にした子どものように、榎木津は益田の指に金の輪を宛がった。
親指から順番に通し力を入れるが関節部分か或いはそれ以前で止まってしまう。
どうにか紅玉が指の根元に収まったのは、4本目に試した薬指だった。
しんと静まり返った室内で、寅吉がやっと口を開く。
「…その2号さんとやらはこんな骨の浮いた手の女性だったのかね、益田君」
「さ、さぁ…手までは調査の範囲じゃ無かったんでちょっと…」
掌を窓に透かせば、沈み行く過程で赤さを増した光に肌が透ける。
幾面にも切り取られたカットに自分が映りこんでいるのが見えて気恥ずかしい。
薬指に嵌っていて、しかも其れをやったのが榎木津だと思うと尚更だ。
やれやれと思いながら、けれど否定できない胸の動悸を隠しつつ、益田は指輪を引き抜いた。
引き抜こうと、した。
「あれ?…あれ?」
「どうしたね」
益田は再び目の前に手をかざす。
繊細な曲線。何処までも透明なルビー。食い込む自分の肉。
「……………抜けない」
数秒の間を置いて、フロア内は火が点いたような大騒ぎを呈した。
「うわ、うわ!本当に抜けない!血が止まる!」
「何をやってるんだねもう、石鹸水!」
「僕は寝る。もう飽きた」
「ちょっとちょっと、榎木津さぁん!」
榎木津が寝室に引っ込んでしまってから夜半まで、榎木津ビルヂングの3階からは止むこと無く男の泣き言が響き続けていたという。
■
さても夜が明けて、薔薇十字探偵社では。
「あの、それでこれが旦那さんが落とされた指輪なのですが…」
「はぁ?」
突如として指輪の食い込んだ男の手の甲を見せ付けられ、訝しげな顔をしている婦人。
消えてしまいたいと云う感情を全身から発散しながらも、仕方なく薄笑いを浮かべている探偵助手。
彼に付き合わされて結局夜を明かす羽目になり、目の下に濃い隈を刻んだ書生。
探偵机に腰掛けた探偵ひとりだけが、げらげら笑ってご満悦だった。
―――
指輪がらみの話書くの多分3回目くらいです…本当榎木津と益田は結婚すればいい。
子供の時、犬を拾った。
電柱の下で、汚れた毛布と一緒に蜜柑箱に入れられていた。震える子犬は濡れていて、益々小さな身体を縮こまらせていたのを覚えている。吠えもせずに丸くて黒い瞳でじっと自分を見上げていた事も。
箱の中から抱き上げて、走って家に帰った。早く暖めてやらなければ、きっと死んでしまう。けれど犬を見た母は、困ったように眉を寄せてこう云った。
「元の所に戻しておいで。家では飼えないから」と。
そんな馬鹿な、と思った。濡れそぼった毛皮は腹に冷たかったけれど、確かに体温がある。生きている。子供心に、この弱い生き物を守ってやらなければと強く思う。ずっと飼えなくとも、一緒に風呂に入れてやって、布団の中で暖める事も許されないのか。僕は母にせがんだ。
母は家族のための食事を作る手を止めずに呟く。
「情が湧いてしまったら、困るから」
情とは何だ。友情とか愛情の類が、湧いて困る事などあるのだろうか。
呆然とする僕の腕の中で、そんな事など知らぬ子犬が抜け出そうともがいている。円らな瞳は、何を見ているのだろう。
自室の扉の前で膝を抱えている痩せた男を見て、青木は何故かそんな事を思い出した。
かん、と業とらしく音を立てて床を蹴ると、益田は膝に埋まった顔を上げた。長い前髪が鼻先にまでかかっている。青木の姿を認めると、前髪を払って笑っているのだか泣いているのだかはっきりしない顔をした。
「おかえりなさい、青木さん」
「何がおかえりなさいだよ。こっちは夜勤明けで、今から寝ようって云うのに」
ノブに鍵を差し込む背後で、益田がゆらりと立ち上がる気配がする。
「大丈夫ですよう、僕も此処で寝かせて」
欲しいだけ、と云い終わらぬうちに開いたドアの中に慌てて益田を押し込んだ。玄関に倒れこんだ背中に続いて部屋に滑り込み、後ろ手に施錠する。カーテンを閉めたままの室内は、薄暗いと云うのか薄明るいと云うのか、薄墨を刷いたように全体がくすんでいる。シャツ越しに浮いた肩甲骨にも灰青色の影が落ちていた。
「君ねぇ!」
「うひゃあすみません、うっかりです。そんな怒らんでくださいよう」
この下宿には署内の人間も住んでいるのだ。滅多な事を云わないで貰いたい。
というか、彼は何時から此処に座り込んでいたのだろう。三角座りで顔を伏せている男を見て通りがかった人間が何を思ったか想像するのも面倒で、青木は深々と溜息を吐く。
「君相手に怒る気にもならないよ。そこ退いてくれ、靴が脱げない」
くたびれた革靴を脱ぎ捨てて、眠るためにランニングと下穿きだけの格好になった。敷きっ放しで出掛けた布団は僅かに湿気を吸っているが、ただ眠るだけなら十分だ。掛け布団をばさりと捲ると、白いシーツの上に落ちる人影が一段と濃くなった。益田が立っている。ばさりと落ちた前髪は幽霊じみていて、布団を見ているのか俯いているのかは解らない。
タイを抜き取った首元が、妙に心もとなく見えた。
「益田君」
「僕も寝ます」
「布団一枚しか無いんだよ。そうで無くても、君と同衾なんてぞっとしない」
益田はひどいなぁ、と唇を尖らせ、いつも通り軽薄に笑った。まるで何でもない提案のようだ。
「どうせ直ぐ寝入っちゃうんでしょう?だったら良いじゃないですか」
「だからって」
「嫌だなぁ、何もしませんよう」
益田はそう云うと、ケケケと硬質な笑い声を上げる。性質の悪い冗談に、青木は眉を顰めた。
「ちょっとね、一人で寝るのがしんどいだけなんです。助けると思って、お願いします」
ぺこりと頭を下げる一瞬垣間見えた表情は、久しく見かけない其れだった。冗句も卑屈さも削ぎ落とした顔は、真摯と云っても良いだろう。
だがこの機にそんな顔をして見せるなんて、やはり卑怯だ、と青木は思う。布団に潜り込んで何も云わずにごろりと横を向くと、空いた背中側に益田が滑り込んできた。同じく背を向けているようで、薄い肉から張り出した背骨がこつりと触れる。
しんと静まった室内に、妙にしみじみとした益田の声が広がる。
「青木さんの布団、ちょっと煙草の匂いがしますねぇ。警察時代の仮眠室思い出します」
そう云う益田からは、嗅ぎ慣れぬ甘い香りがしている。石鹸に似ているが、番台で売っている安いシャボンでも蛇口からぶら下がっているレモン石鹸とも全く違う。ふわふわとした花のような匂いは、益田のイメエジとは一致しない。こう云った香りが似合うのは―――栗色の柔らかな髪が、さっと頭を過ぎった。
「―――夢ですよ」
「えっ?」
突然の声に、青木は振り向きそうになった。
「夢だったんです」
「そう… 良い夢?悪い夢?」
「もう解りませんけど、起きたら消えてました。夢の続きが始まったら、悪くなるに決まってるんです。だから飛び出して、此処に来ました」
どうもすみませんねぇ、と云って笑った気配があった。触れた背中が小刻みに震えている。
「益田君」
「すみませんもう眠くて…起きたら出て行きますから…お先に…」
語尾は掠れて消え、深い寝息に代わった。ふうと静かな吐息が溜息のようだ。
置き時計の針の音と規則正しい呼吸が混じる。
其れだけで住み慣れた室内がなんだか異空間めいて、落ち着かない。益田に気を遣ってしまって、素直に足をずらす事も出来なかった。
青木は横目で天井を仰ぐ。この部屋を見下ろす事が出来たら、どんなに滑稽な光景だろうか。そうする代わりに、もう一度男の名を呼んだ。
「君本当は、寝てなんかいないでしょう―――」
僅かに触れた背が一瞬強張ったが、再び吐き出された深い呼吸と共に、青木の声は宙に溶ける。花の香りは益々甘く、夢の中まで忍んできそうだ。ならば夢など見ないように深く眠りたい。背を向けて横たわっている誰かの事など、目覚めた時には忘れるほどに。
けれどじわじわと温まる布団が、自分以外の肌の温度を教えている。
あの犬をこっそりと寝床に引き入れた夜もそうだった。温もりを与えることが、そして自らの手で其れを奪う事が、あの犬にとってどれ程の喜びと絶望を与えるかなど幼かった青木は全く考えもしなかった。
(情ならとうに湧いている)
其れが友情なのか同情なのか、或いは一種の愛情なのかは知らないけれど。
ただ―――
可哀想にと、そう思った。
―――
無記名でのリクエスト「榎木津と寝た翌日に青木と寝る益田」でした。ありがとうございました。
リク内容見ないと何が起こってるかわかりにくくてすみません。卑怯な益田と青木の情が書きたかったです。
電柱の下で、汚れた毛布と一緒に蜜柑箱に入れられていた。震える子犬は濡れていて、益々小さな身体を縮こまらせていたのを覚えている。吠えもせずに丸くて黒い瞳でじっと自分を見上げていた事も。
箱の中から抱き上げて、走って家に帰った。早く暖めてやらなければ、きっと死んでしまう。けれど犬を見た母は、困ったように眉を寄せてこう云った。
「元の所に戻しておいで。家では飼えないから」と。
そんな馬鹿な、と思った。濡れそぼった毛皮は腹に冷たかったけれど、確かに体温がある。生きている。子供心に、この弱い生き物を守ってやらなければと強く思う。ずっと飼えなくとも、一緒に風呂に入れてやって、布団の中で暖める事も許されないのか。僕は母にせがんだ。
母は家族のための食事を作る手を止めずに呟く。
「情が湧いてしまったら、困るから」
情とは何だ。友情とか愛情の類が、湧いて困る事などあるのだろうか。
呆然とする僕の腕の中で、そんな事など知らぬ子犬が抜け出そうともがいている。円らな瞳は、何を見ているのだろう。
自室の扉の前で膝を抱えている痩せた男を見て、青木は何故かそんな事を思い出した。
かん、と業とらしく音を立てて床を蹴ると、益田は膝に埋まった顔を上げた。長い前髪が鼻先にまでかかっている。青木の姿を認めると、前髪を払って笑っているのだか泣いているのだかはっきりしない顔をした。
「おかえりなさい、青木さん」
「何がおかえりなさいだよ。こっちは夜勤明けで、今から寝ようって云うのに」
ノブに鍵を差し込む背後で、益田がゆらりと立ち上がる気配がする。
「大丈夫ですよう、僕も此処で寝かせて」
欲しいだけ、と云い終わらぬうちに開いたドアの中に慌てて益田を押し込んだ。玄関に倒れこんだ背中に続いて部屋に滑り込み、後ろ手に施錠する。カーテンを閉めたままの室内は、薄暗いと云うのか薄明るいと云うのか、薄墨を刷いたように全体がくすんでいる。シャツ越しに浮いた肩甲骨にも灰青色の影が落ちていた。
「君ねぇ!」
「うひゃあすみません、うっかりです。そんな怒らんでくださいよう」
この下宿には署内の人間も住んでいるのだ。滅多な事を云わないで貰いたい。
というか、彼は何時から此処に座り込んでいたのだろう。三角座りで顔を伏せている男を見て通りがかった人間が何を思ったか想像するのも面倒で、青木は深々と溜息を吐く。
「君相手に怒る気にもならないよ。そこ退いてくれ、靴が脱げない」
くたびれた革靴を脱ぎ捨てて、眠るためにランニングと下穿きだけの格好になった。敷きっ放しで出掛けた布団は僅かに湿気を吸っているが、ただ眠るだけなら十分だ。掛け布団をばさりと捲ると、白いシーツの上に落ちる人影が一段と濃くなった。益田が立っている。ばさりと落ちた前髪は幽霊じみていて、布団を見ているのか俯いているのかは解らない。
タイを抜き取った首元が、妙に心もとなく見えた。
「益田君」
「僕も寝ます」
「布団一枚しか無いんだよ。そうで無くても、君と同衾なんてぞっとしない」
益田はひどいなぁ、と唇を尖らせ、いつも通り軽薄に笑った。まるで何でもない提案のようだ。
「どうせ直ぐ寝入っちゃうんでしょう?だったら良いじゃないですか」
「だからって」
「嫌だなぁ、何もしませんよう」
益田はそう云うと、ケケケと硬質な笑い声を上げる。性質の悪い冗談に、青木は眉を顰めた。
「ちょっとね、一人で寝るのがしんどいだけなんです。助けると思って、お願いします」
ぺこりと頭を下げる一瞬垣間見えた表情は、久しく見かけない其れだった。冗句も卑屈さも削ぎ落とした顔は、真摯と云っても良いだろう。
だがこの機にそんな顔をして見せるなんて、やはり卑怯だ、と青木は思う。布団に潜り込んで何も云わずにごろりと横を向くと、空いた背中側に益田が滑り込んできた。同じく背を向けているようで、薄い肉から張り出した背骨がこつりと触れる。
しんと静まった室内に、妙にしみじみとした益田の声が広がる。
「青木さんの布団、ちょっと煙草の匂いがしますねぇ。警察時代の仮眠室思い出します」
そう云う益田からは、嗅ぎ慣れぬ甘い香りがしている。石鹸に似ているが、番台で売っている安いシャボンでも蛇口からぶら下がっているレモン石鹸とも全く違う。ふわふわとした花のような匂いは、益田のイメエジとは一致しない。こう云った香りが似合うのは―――栗色の柔らかな髪が、さっと頭を過ぎった。
「―――夢ですよ」
「えっ?」
突然の声に、青木は振り向きそうになった。
「夢だったんです」
「そう… 良い夢?悪い夢?」
「もう解りませんけど、起きたら消えてました。夢の続きが始まったら、悪くなるに決まってるんです。だから飛び出して、此処に来ました」
どうもすみませんねぇ、と云って笑った気配があった。触れた背中が小刻みに震えている。
「益田君」
「すみませんもう眠くて…起きたら出て行きますから…お先に…」
語尾は掠れて消え、深い寝息に代わった。ふうと静かな吐息が溜息のようだ。
置き時計の針の音と規則正しい呼吸が混じる。
其れだけで住み慣れた室内がなんだか異空間めいて、落ち着かない。益田に気を遣ってしまって、素直に足をずらす事も出来なかった。
青木は横目で天井を仰ぐ。この部屋を見下ろす事が出来たら、どんなに滑稽な光景だろうか。そうする代わりに、もう一度男の名を呼んだ。
「君本当は、寝てなんかいないでしょう―――」
僅かに触れた背が一瞬強張ったが、再び吐き出された深い呼吸と共に、青木の声は宙に溶ける。花の香りは益々甘く、夢の中まで忍んできそうだ。ならば夢など見ないように深く眠りたい。背を向けて横たわっている誰かの事など、目覚めた時には忘れるほどに。
けれどじわじわと温まる布団が、自分以外の肌の温度を教えている。
あの犬をこっそりと寝床に引き入れた夜もそうだった。温もりを与えることが、そして自らの手で其れを奪う事が、あの犬にとってどれ程の喜びと絶望を与えるかなど幼かった青木は全く考えもしなかった。
(情ならとうに湧いている)
其れが友情なのか同情なのか、或いは一種の愛情なのかは知らないけれど。
ただ―――
可哀想にと、そう思った。
―――
無記名でのリクエスト「榎木津と寝た翌日に青木と寝る益田」でした。ありがとうございました。
リク内容見ないと何が起こってるかわかりにくくてすみません。卑怯な益田と青木の情が書きたかったです。