榎益榎事後表現を含みます。
達したばかりの身体には、自分の肉体すら重い。
さらにもう一つの重量がかかり、予期せぬ圧力に益田は呻き声を上げた。
猫のように、と例えるにはいささか乱暴に乗り上げてきた榎木津が、不満げに唇を尖らせる。
「何だ、ぐぇって。色気の無い」
「男に色気を求めてどうするんですか、ちょっ重い、重いですって」
益田があまりじたばたともがくので、煩そうに榎木津は身を退かした。結局寝台を2人で分け合う事になる。榎木津は煙草に火を点け、益田はごろりと転がってそれに背を向けた。
しんと静かなばかりの夜に漂う、独特の湿った空気が居心地悪い。それから隠れるように、益田は掛け布団に
顔を埋めた。
「こらマスヤマ、布団持って行くな。寒い」
「直ぐに出て行きますから今だけ貸しといてくださいよぅ」
「出て来い!コラ!逃げるなカマオロカ!」
柔らかな綿に沈んでいく益田の後頭部を、榎木津が平手でばしばしと叩く。
益田は暫く嫌々と首を振っていたが、やがて目から上だけを覗かせた。ばらけた長い前髪の隙間から、黒い瞳が恨みがましく見上げている。普段は事が終われば直ぐ眠ってしまう筈の榎木津の瞳が爛々と輝いて、煙草の赤い灯と不思議に対照していた。
「今日に限って何でそんな元気なんですかぁ…こっちは暫く動けそうに無いって云うのに」
「元気じゃないか、煩いくらいだ」
「榎木津さんに煩いって云われると傷つくなぁ、本当に口くらいしか動かないんですって」
手の先から爪先までにまとわりつく倦怠感が晴れない。
同じく床を共にした筈なのに、榎木津のこの無闇な快活さは何なのか、と沈む頭で益田は思った。
ぽわ、と輪になった煙をぼんやりと目で追う。
「抵抗しなかった癖に、後からうだうだ云うな」
「抵抗させなかったのは誰ですかもう。あっと思う間に捕まって、あれよあれよと云う間ですもん。しかもちょっとでも抗議したらそれ以上の罵声が返ってくるじゃないですか」
今日は、俎板に乗ったら鯉だって大人しくなるんダァ、でしたっけ。とわざと声色を真似てみる。
調子に乗った益田は、立ち上った紫煙がゆらりと揺らいだことにも気づかない。
「―――しかも僕ぁ下僕ですから、誘われたら嫌とは云えませんて」
益田の声だけが、夜の闇の中にじんわりと広がった。
思いのほか大きく響いてしまったそれに、益田は少し戸惑いを憶える。
恐る恐る見上げた榎木津の貌には、何の表情も無い。ゆっくりとした動作で、幾分か短くなった煙草を押し付けて消した。
硝子球のような瞳が、じぃっと益田を見つめている。人工物のような美貌に嵌め込まれたそれには何の意思も感じられず、布団と残った体温に暖められているはずの益田の肩がびくりと竦んだ。
「あの、榎木津さん…?怒っちゃい、ました?」
無表情のままで、じりじりと榎木津が迫る。
無言の圧力に、身体が強張る。逃げ出すことすら思いつかない。益田の領域を食い破られるような感覚に、ただ震えた。
ところが、榎木津はその唇を軽く触れさせただけで離れてしまった。逆に拍子抜けし、見上げた口元は笑んでいる。
「うふふ」
「な、なんですか」
そのままの形で、今度は頬に。額に。
赤ん坊をあやすような仕草に、益田は戸惑った。嬉しいような、気味が悪いような心境だ。幾分か汗のひいた肩に、榎木津の鼻先が触れた。
「感謝しろよ益山、他のやつが相手ならお前は叩き出されているぞ」
「えの、榎木津さんだって結構叩き出しますけど…本当になんなんですか」
尖った顎先をふわりと擽る髪から、煙草と彼自身の匂いがする。つい陶然となる益田の耳に、甘やかな声が届いた。
「―――お前は、嘘を付く時は良く喋るんだ」
はっと目が覚めたようになり、益田は榎木津の顔を見た。
柔らかな曲線を描く口元、優しい声色。違和感はすぐに知れた。
目だけが笑っていない。闇ばかりを映して煌く、硝子球の瞳。
「あ、あ…」
引き下がりかけた益田の身体は動かなかった。倦怠からではない。甘く忍び寄っていた榎木津の腕が、しっかりと益田を捕らえている。
違うんです、とも、そうなんです、とも云えず、ただ口元が戦慄いた。
云う事が偽物で、云わない事が本物で?
ならば本当の事を云うためには、自分はどうすればいいのだろう。
それとも、云う必要などないのだろうか。彼の云うとおり逃げてばかりいれば。
益田にとっての絶対神は、何を望んでいるんだろう。
パラドクスに、巻き込まれる。
震える益田の唇を、再び神が塞ぐ。忍び込んだ舌先は、益田を暴く最初の一手だ。
――――
更新時間遅れてすみません。いいお題すぎて逆に難産でした…。
さらにもう一つの重量がかかり、予期せぬ圧力に益田は呻き声を上げた。
猫のように、と例えるにはいささか乱暴に乗り上げてきた榎木津が、不満げに唇を尖らせる。
「何だ、ぐぇって。色気の無い」
「男に色気を求めてどうするんですか、ちょっ重い、重いですって」
益田があまりじたばたともがくので、煩そうに榎木津は身を退かした。結局寝台を2人で分け合う事になる。榎木津は煙草に火を点け、益田はごろりと転がってそれに背を向けた。
しんと静かなばかりの夜に漂う、独特の湿った空気が居心地悪い。それから隠れるように、益田は掛け布団に
顔を埋めた。
「こらマスヤマ、布団持って行くな。寒い」
「直ぐに出て行きますから今だけ貸しといてくださいよぅ」
「出て来い!コラ!逃げるなカマオロカ!」
柔らかな綿に沈んでいく益田の後頭部を、榎木津が平手でばしばしと叩く。
益田は暫く嫌々と首を振っていたが、やがて目から上だけを覗かせた。ばらけた長い前髪の隙間から、黒い瞳が恨みがましく見上げている。普段は事が終われば直ぐ眠ってしまう筈の榎木津の瞳が爛々と輝いて、煙草の赤い灯と不思議に対照していた。
「今日に限って何でそんな元気なんですかぁ…こっちは暫く動けそうに無いって云うのに」
「元気じゃないか、煩いくらいだ」
「榎木津さんに煩いって云われると傷つくなぁ、本当に口くらいしか動かないんですって」
手の先から爪先までにまとわりつく倦怠感が晴れない。
同じく床を共にした筈なのに、榎木津のこの無闇な快活さは何なのか、と沈む頭で益田は思った。
ぽわ、と輪になった煙をぼんやりと目で追う。
「抵抗しなかった癖に、後からうだうだ云うな」
「抵抗させなかったのは誰ですかもう。あっと思う間に捕まって、あれよあれよと云う間ですもん。しかもちょっとでも抗議したらそれ以上の罵声が返ってくるじゃないですか」
今日は、俎板に乗ったら鯉だって大人しくなるんダァ、でしたっけ。とわざと声色を真似てみる。
調子に乗った益田は、立ち上った紫煙がゆらりと揺らいだことにも気づかない。
「―――しかも僕ぁ下僕ですから、誘われたら嫌とは云えませんて」
益田の声だけが、夜の闇の中にじんわりと広がった。
思いのほか大きく響いてしまったそれに、益田は少し戸惑いを憶える。
恐る恐る見上げた榎木津の貌には、何の表情も無い。ゆっくりとした動作で、幾分か短くなった煙草を押し付けて消した。
硝子球のような瞳が、じぃっと益田を見つめている。人工物のような美貌に嵌め込まれたそれには何の意思も感じられず、布団と残った体温に暖められているはずの益田の肩がびくりと竦んだ。
「あの、榎木津さん…?怒っちゃい、ました?」
無表情のままで、じりじりと榎木津が迫る。
無言の圧力に、身体が強張る。逃げ出すことすら思いつかない。益田の領域を食い破られるような感覚に、ただ震えた。
ところが、榎木津はその唇を軽く触れさせただけで離れてしまった。逆に拍子抜けし、見上げた口元は笑んでいる。
「うふふ」
「な、なんですか」
そのままの形で、今度は頬に。額に。
赤ん坊をあやすような仕草に、益田は戸惑った。嬉しいような、気味が悪いような心境だ。幾分か汗のひいた肩に、榎木津の鼻先が触れた。
「感謝しろよ益山、他のやつが相手ならお前は叩き出されているぞ」
「えの、榎木津さんだって結構叩き出しますけど…本当になんなんですか」
尖った顎先をふわりと擽る髪から、煙草と彼自身の匂いがする。つい陶然となる益田の耳に、甘やかな声が届いた。
「―――お前は、嘘を付く時は良く喋るんだ」
はっと目が覚めたようになり、益田は榎木津の顔を見た。
柔らかな曲線を描く口元、優しい声色。違和感はすぐに知れた。
目だけが笑っていない。闇ばかりを映して煌く、硝子球の瞳。
「あ、あ…」
引き下がりかけた益田の身体は動かなかった。倦怠からではない。甘く忍び寄っていた榎木津の腕が、しっかりと益田を捕らえている。
違うんです、とも、そうなんです、とも云えず、ただ口元が戦慄いた。
云う事が偽物で、云わない事が本物で?
ならば本当の事を云うためには、自分はどうすればいいのだろう。
それとも、云う必要などないのだろうか。彼の云うとおり逃げてばかりいれば。
益田にとっての絶対神は、何を望んでいるんだろう。
パラドクスに、巻き込まれる。
震える益田の唇を、再び神が塞ぐ。忍び込んだ舌先は、益田を暴く最初の一手だ。
お題提供:『ラルゴポット』様
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更新時間遅れてすみません。いいお題すぎて逆に難産でした…。
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