忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/11/23 08:20 |
第六夜.てのなるほうへ
障子を引いた外の世界に広がるものは闇だった。すっかり話し込んでしまった。益田は過ぎ去った時の速さに驚きながら、冷え切った縁側を渡る。気づけば家の中にはあちこち明かりが点っていた。とは云え夫婦二人住まいのこの家では、使っている部屋も多くは無い。闇と光の間を縫うように玄関まで歩み出た益田が靴を履いていると、背後から静かな足音が追いかけてきた。

「益田君」
「あれっ中禅寺さん、珍しいですねお見送りなんて」

痩せた身体に紫紺を纏った中禅寺が益田を見下ろしている。中禅寺は益田の声には答えず、身を屈めると下駄箱から何かを取り出した。金属製で、本来透明であるはずの硝子質は使い込まれて薄く曇っている。益田がそれが古めかしいカンテラであると気が付いたのは、中禅寺が慣れた手つきで火を入れてからだった。

「外はもう暗い。持って行くと良い」
「えっ、結構ですよ。暗いって云ったってちょっと行ったらまだ人の往来もありますし、第一若い娘さんじゃあ無いんですから」

益田は笑ってみせたが、中禅寺は相変わらずの仏頂面を崩す事無くカンテラを差し出している。細かな傷がついた硝子球の中で、蝋燭の炎がゆらめいた。

「良いから、持っていきたまえ。君は明るい所へ引っ張られやすい。光が必ずしも安全であるとは限らないのだよ」

薄暗い廊下でカンテラの明かりに照らされる中禅寺の顔は、いつもと違った意味で否を許さないと云っているような気がして、益田は逡巡しつつも受け取った。カンテラの中で炎は絶えず揺れていて、ぼんやりと魅入る。益田は挨拶もそこそこに京極堂を後にした。貧相な竹薮が巨大な影法師となって群青の空を目指して伸び上がっている。
眩暈坂を一歩一歩歩く毎に、石ころや土塊が益田の靴に蹴られて丸い光の中をころころと転がっていくのが見える。灯が届く範囲を超えた途端それらは地面と同化して解らなくなってしまった。柔らかな明かりは益田の歩調に合わせてふらふらと踊る。

「中禅寺さんも随分過保護な事するよなぁ……あれ?」

益田は顔を上げた。
真っ暗な坂の下に、もう一つ小さな明かりが見える。人家のものにしては小さく、赤々と燃えているような色だ。ゆらめきながら近づいてくる。誰かが手に明かりを携えて登ってくるのだろう。丁度今の益田と同じように。益田はそっと顔の横にカンテラを翳した。

ゆらゆら、ゆらゆら。真っ赤な火が揺れている。
ぼうっと見蕩れていた益田は、自らの背を冷たい汗が伝うのを感じた。
あの灯は、誰が持っているのだろう。
そして何処に行くのだろう。
――確かに激しく燃えているのに、晴れない闇を引き連れて。

「…ヒッ…!」

灯と擦れ違う瞬間、息を呑んだ。
明かりの持ち主はカンテラの光が届かない範囲をすり抜け、益田を追い越していく。視界の端から赤い炎が消えた瞬間、益田は駆け出した。振り向くどころか、手にした明かりを差し出す事すら出来なかった。預かった灯火の中に何かとてつもないものが映ったら――否、『何も映らなかったら』己の正気を保つ自信が無い。不安定な足元で靴と地面が擦れる音と、カシャカシャと騒ぐカンテラ、自分の呼気が五月蝿い程だ。
坂が終わり、街の明かりが見える頃、ようやく益田は足を止め、坂を振り仰ぐ事が出来た。当然ながら坂の終わりは闇に隠れて何も見えず、散々振り回したカンテラの中の蝋燭も消えていた。





翌日、益田は再び京極堂を訪れた。気持ち程度の菓子と、空になったカンテラを手に。
相変わらず中禅寺は静かな座敷で本に囲まれて座っている。

「中禅寺さん、明かり有難うございました」

痩せた手はカンテラと菓子の入った袋をおざなりに引き寄せ、傍らに置く。益田は一瞬唇を噛み締め、意を決して口を開いた。

「中禅寺さん、あの」
「云わなくて良いよ」
「えっ」
「見なかったのだろう?君は、何も」

中禅寺の黒い瞳が、いつの間にか活字を離れて益田を見ている。益田も黒い目をしているが、中禅寺の瞳はより多くのものを見、溶かし込んでいる所為か余計に濃い。大きくは無い瞳の中に、不安げな自分の輪郭がぼんやりと映っている。
見た、とも見なかった、とも云えず、益田はただ中禅寺の眼ばかりを見ていた。
頭の中を真っ赤に燃える鬼火が流れて、そして何処かへと消えていった。


―――
第六夜は中禅寺と益田とジャックランタンの話。パラレルのようなそうでもないような。





PR

2009/10/29 23:59 | Comments(0) | TrackBack() | 益田

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメントを投稿する






Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字 (絵文字)



<<第七夜.百の目覚めと九十九の眠り | HOME | Web拍手お返事です>>
忍者ブログ[PR]