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2024/11/23 08:07 |
第七夜.百の目覚めと九十九の眠り
陽が沈んでからは、彼らの時間。




葉の落ちた大樹の枝が夜闇に腕を伸ばす様子は如何にも薄気味悪く、鴉がギャアギャアと奇声を上げるたびにひとつきりしか無い小さな明かりが跳ねる。怯えて身を竦めた男はずり落ちたフードを被り直し、再び手にしたランタンで、墓石に刻まれた名をひとつひとつ照らしつつ歩き出した。
闇に溶ける漆黒のマントに身を包んでいる青年の名は、益田と云う。
臆病な彼が夜毎この石の森を見回る理由は幾つかあった。
第一に、広大な敷地を公園か何かと混同した無鉄砲な若者らが酒盛りなどを行っていないかを確かめるため。この場所の昼の姿しか知らない者達は、しばしば此処が死者の寝床だと忘れてしまう傾向にある。
第二に、侵入して来るだけならまだしも、墓を荒らす不心得者がしばしば現れる所為だ。重い棺の蓋を取り除いた中に或るものは物言わぬ亡骸ばかりでは無い。死者の魂を慰めるために遺族が思い出の品を入れてやっている事が多いのだ。墓が暴かれた時、失われるものは金品や供え物と云った目に見えるものだけでは無い事を彼は知っている。
そして第三。益田が墓石を丹念に調べているのは此処に起因する―――夜陰に乗じてこの世の理を曲げる不届き者が現れないように。
磨かれた墓石の影からゆらりと白い煙が立ち上ったのを確認し、益田は声を上げた。

「ああっ、郷嶋さんまた出てきてる!」

石畳に靴音を響かせながら駆け寄ると、冷たい御影石に身を凭せ掛けた何者かが顔を上げた。男か女かはともかく、年寄りか若者かを判別するのは少し難しい。郷嶋と呼ばれた男は全身を包帯で覆われていて、ゆるんでずれた目の辺りでしか表情を確認する事が出来ないからだ。今は口元の包帯すら取り除けて、煙草を銜えている。
小作りな眼鏡の奥から、蛇を思わせる鋭い眼光が益田を睨みつけた。

「んだよ、またお前か」
「こっちの台詞ですよ。どっから持ってきたんですかその煙草」

郷嶋は益田のぼやきに答える代わりに、細面目掛けて煙を吐き出した。たまらず咳き込む益田を見て、くつくつと押し殺したように笑っている。
郷嶋が短くなった煙草を墓石に押し付けて消したのを見て、益田の細い眉が厭そうに歪んだ。

「何してんですかもう、それ郷嶋さんのお墓でしょ?」
「実質俺の家みてぇなモンだろうが。他に誰ぞ身内が這入ってる訳でも無ェ。キャンキャン五月蝿ェんだよアンタは」

郷嶋が投げ捨てた吸殻を、益田が拾ってランタンの中に仕舞う。郷嶋が自ら棺の蓋をこじ開けて夜の世界に舞い戻ってきてしまってから毎度のように行われる作業なので、益田も慣れたものだ。郷嶋が空の棺に腰掛けて供え物の饅頭を食っているのを目撃した最初の夜などは、益田の悲鳴が夜の墓地に響き渡っていた。
煙草が無いと間が持たないのだろう。手持ち無沙汰になった郷嶋は決まって益田に話しかけてくる。益田もランタンを傍らに置いて、彼の話に付き合って夜を過ごすのだ。

「実際な、お前みたいな貧弱なボウヤの見本が夜回りなんぞしたって何の効果も無いだろうが」
「そんな事ァ無いですよ。僕みたいなモンでも居ると居ないじゃ大違いです。僕自身が怪談みたいになってた時はちょっと吃驚しましたけどねぇ。恐怖!深夜墓地を飛び交う人魂!なんて」

けらけらと笑いながら益田がランタンを小突くと、中の火がふらりと揺れた。
郷嶋の眼鏡が照らされて、不思議な色の影を彼自身の輪郭に落としている。

「代わってやろうか」
「厭ですよ。そもそも郷嶋さんが大人しく眠っててくれたら僕の仕事は一つ減りますよ」
「墓荒らし追い払う位は造作も無ェ。何せ俺は―――」

郷嶋はちらりと自らの足元に視線を落とした。中身の無い棺が其処にはある。心無い者によって、眠りを妨げられ、共寝の相手であった遺品を抜き取られた―――




その晩モノクロの墓地には、眩しい程の赤が溢れた。益田の通報によって訪れた警察車両の回転灯から伸びる紅い光が、益田と若い刑事の頬を照らしている。
薙ぎ倒された墓石、踏み荒らされた花。被せられていた柔らかな土も疎らになり、無惨に露出した命無き被害者。

「お気の毒に」

刑事がそう呟いた瞬間、幼く見えた筈の横顔が例え様の無い切なさに彩られたのを益田は鮮明に記憶している。
棺の中に何が入っていたのか益田すらも知らないので、調書に書き込まれた内容は恐ろしく少なかった。それでも若い刑事は「全力で捜査する」と云い、殆ど白紙に近い書類を手に、棺を埋め戻す作業に付き合ってくれた。犯人は未だに見つからないが、せめてもの慰めにと云って時折花を届けてくれる。


その花を被害者本人が夜毎眺めている事を、彼は知らない。



益田は郷嶋を見やった。僅かに和らいだ視線の先、小さな明かりに照らされた桔梗の花が揺れている。

「……今度墓泥棒が来ても、あの刑事さんが来てくれるか解りませんよ?」
「八百屋お七じゃあるまいし、んな真似するかよ。坊やの仕事を増やすのは忍びねぇしな」
「僕の仕事が増えるのは良いんですかァ――っと、ほら郷嶋さん、もう朝ですから」

益田が棺の蓋を持ち上げてやると、郷嶋は大人しく中に納まった。おふくろが布団掛けて寝かしつけたのを思い出す、と云ってにやにや笑っている男を無視し、重い蓋を閉じていく。郷嶋の顔が半分程度隠れた所で、益田は思い出したようにマントの中に手を入れた。

「あっそうだ――郷嶋さんこれあげときます。お腹が空いたらこっち食べてくださいよ。お供え物に手ぇつけちゃ駄目ですよ」

投げ入れられた物を見て、郷嶋が蓋の隙間から抗議の声を上げる。

「何だこりゃ、駄菓子じゃねぇか」
「どうせお供え物のお饅頭とか果物食べてるんだから良いじゃないですか」

中から伸びてきた包帯まみれの腕が、益田のマントを引いた。眼鏡の奥の両目が笑っている。

「良いのか?甘やかして。ンな真似してると俺ァまた出てくるぜ」
「いいんですか、出てきたらもうお花もお菓子も出しませんよ僕ァ」
「おぉ怖」

肩を竦めた郷嶋の入った棺を完全に閉ざし、益田は墓石の下に彼を滑り込ませた。寒くないように柔らかな土を被せて、彼の拠り所である花が少しでも長生きするよう、水を替えてやる。郷嶋の名が刻まれた滑らかな石に水をかけてやった所で、背中側から太陽が昇ってきた。
膝の所までしか無い小さな墓石を見ていると、彼自身が小さくなってしまったような気がする。仮初の埋葬を終えた益田は、夜も眠れない程の恋と云うものは本当にあるのだな、と思いながら蝋燭の火を吹き消した。

「おやすみなさい」



陽が沈んでから、またお逢いしましょう。


―――
第七夜はミイラ男郷嶋と墓守益田でした。オンリーアフターで聞いてから気になってたんです郷益。この文章が郷益なのかはさておいて。ハロウィン七分の三が「食べ物をあげる益田」なのも置いといて…





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2009/10/30 23:18 | Comments(0) | TrackBack() | 益田

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