榎益R15。性描写を含みますので、苦手な方ご注意。
内腿に柔らかい髪が触れる度に、益田は背を引き攣らせた。擽ったいし、見ないようにしている其の箇所に榎木津の頭が埋まり、中心を銜え込まれている事を嫌でも思い出してしまう。伏せた睫の影と唇の紅さを想像してしまう。そうでなくても、柔らかいのに強引な舌の感触を振り払う事が出来ずにいるのに。
直ぐにでも膝を閉じて隠してしまいたかったが、榎木津の肩が邪魔で其れもままならない。瞼の上に乗せた掌が、滲み出した涙で濡れている。今の益田に出来る事と云えば、快楽の隙間を縫って切れ切れの声で訴える程度のものだ。
「や…め、て…止めて、くださ…っ!」
下肢の水音が止み、榎木津の口内からずるりと自身が抜き出された。益田は少し安堵して、息を吐く。何だか久しぶりに呼吸をした気がする。ちらりと足元を見やれば、榎木津が口元を手の甲で拭っている場面と出くわした。薄闇に浮かぶ白い肌に水気が伸びるのを見て、申し訳無さと後ろめたさでまた涙が浮かんでしまう。
色素の薄い瞳が益田を見据え、視線を外さぬままに乗り上げてきた。
「死にそうな声出すな。僕が悪いことをしているみたいじゃあないか」
「だ、だって。無理です、耐えられません」
「面倒臭い真似するんじゃないよマスヤマの癖に。耐えられたんじゃ何時まで経っても終わらない」
顎が疲れた、そう云って榎木津は先程唇を拭ったのと同じ右手で顎を擦っている。肌との対比で唇が益々赤みを増すのを見て、益田は羞恥の余り爪先を引き寄せた。引き摺られたシーツが波を打つ。足の付け根に濡れた感触を覚え、益田は恥じらいを通り越して情けなさすら感じた。其の動作を咎めるように、榎木津の掌が益田の膝頭を取り押さえる。
「まぁいいや、続きするぞ」
榎木津がぱくりと口を開けたので、益田は棒のような足を振り回して抵抗した。
「ひぃ!止めてください、本当止めてください!そればっかりは」
「駄ぁ目。僕は今日はこうやってマスヤマを苛めてやるって決めたんだ」
震える精器を握られて、益田の喉がひくつく。息が止まる。先程までの、涙が出る程の快楽を下肢は忘れていなかった。ほぉら、とくすくす笑う榎木津の声にすら煽られる。その通り、幾ら口で嫌だ止めろと云ったとて、此れでは説得力が無い。
混乱と僅かな期待にかき回された頭の中から、益田は必死に理性をかき集めた。考えなければ、如何にかして彼の無体を止めさせなくては。止めさせられないまでも、先送りに出来れば。
寝台のスプリングを生かして益田が上体を跳ね上げたので、榎木津は目を丸くしている。
「あのっ…僕に、させてください!」
「ハァ?」
左右対称にきっちり嵌め込まれたパーツが、怪訝な表情を作りあげた。不審がっているとも云える。無理も無い。益田は昼も夜も流されるままで、こんな提案をしてみたことすら無かった。
「榎木津さんを差し置いて自分だけ好くして頂くっていうのも申し訳無いんですよ実際。僕ぁやってみたことないんで想像しか出来ないんですが、苦しいばっかで気持ち良く無いでしょうコレ。あっ想像してみたって云っても常日頃からこんな事ばっかり考えてる訳じゃないんで誤解無きようお願いしますね。ですからなんていうか、僕も恩返しをって云うか…恩返しは違うか…とにかく僕に任せてみては貰えませんか」
人間追い詰められると意外な力を発揮するものだ、と益田は口を回しながら思った。こんな場面で実感したくは無かったが。
俎板の鯉が突然暴れだした事で多少は驚いたのか、榎木津の瞳はじっと一点を見つめている。自分だけ気持ち良いのは嫌なの、なんて安っぽい官能小説の台詞では無いが、どうにも健気でいたいけでは無いか。下僕の懇願を受け、榎木津が仏心を出してくれる事を、引き攣った笑顔のままで益田は祈った。
寝室を暫しの沈黙が埋め、下の道路を自動車が通り過ぎる音がした。やがて榎木津は瞼を2,3度しばたかせて、口を開く。
「そんなに嫌だった?」
「はっ…や、嫌って訳じゃないんですが滅相も無いって云うか」
「じゃあやってみると良いよ」
赦しを得て、益田の顔がぱっと輝く。と同時に、未知の行為への不安が背骨を這い登ったがもはや後には引けないのだ。
益田は下唇を噛み締めて、未だズボンを履いている榎木津の下肢に手を伸ばした。おずおずとした指先が触れる前に、榎木津の声が降る。
「それじゃ駄目」
「えっ」
「それじゃあ僕が咥えられない」
「えっ…ええっ!?」
何を云っているのだ。益田の理解を飛び越えた斜め上の発想に、折角集めた理性が四散する。
「云っただろう、僕は今日はカマオロカを苛め倒すんだ。神の決定は絶対!」
益田は云われて思い出した。この男は神なのだ。
神に仏の心なんて、最初から無いに決まっている。
訳の解らない事になってしまった。
益田が榎木津のものを見上げるなんて出来ないと泣き、かと云って榎木津の顔を跨ぐなんてもっと出来ないと更に泣いたので、結局互い違いに横たわる事に落ち着いた。頬から顎骨までびしょびしょに濡らした涙を拭いながら、益田は一人寝には無駄に広すぎる寝台を呪った。
仕方なしにズボンの金釦に手をかけ、噛みあうファスナーを引き降ろす。かちかちとゆっくり離れていく其れは、益田に覚悟の時を告げる時計の針のようだった。おそるおそる引き出した榎木津自身は少し力を帯びており、緊張したような安心したような妙な気分にさせられた。
これまでの人生において逐一見比べた訳では無いので主観に過ぎないが、改めてまじまじと見ると、こんな箇所まで整った造形をしているものかと感心してしまう。解っている、現実逃避だ。榎木津の膝が急かすように動くので、益田は慌てる。榎木津はいつもどうしていただろうか。
思い出せなかったので、益田は瞼を堅く閉じ、とりあえず先端に舌を触れさせた。柔らかいような堅いような微妙な感触に、眉を顰める。半ば自棄になって咥えこんではみたが、口内一杯に占める体積で舌と呼吸の行き場が無くて苦しい。先程舐めた先端が上顎を圧迫し、堪える異物感で目頭が熱くなった。精一杯鼻で呼吸をするが、酸素が肺まで入っていかない気がする。やたら荒い鼻息と、くぐもった声を益田はみっともないと思った。
「うぐ…ふ…」
「本当に下手だな」
榎木津の声は先程までと全く同じく、熱の篭らないものだった。其の事実が、益田の焦りばかりを追い立てる。熱塊を一度引き出しては、また収める。その度に喉奥に篭る水音が榎木津の耳に届いていない事を願った。
幾度目かに取り出した榎木津の精器が益田の唾液で濡れ光っている。其の切っ先に口付けた途端、益田の全身を電流が駆け巡った。下肢を襲う、憶えのある感覚。自らの一部を飲み込んでいる榎木津の姿を露骨に見てしまった。直接与えられる刺激に加え、視覚の衝撃が益田を殴りつける。
「えのきづさ…ひっ!」
熱い。榎木津の舌が熱いのか、身体の内側を走る血が熱いのか。熱に堪えかねて益田は震えた。
益田の意思をことごとく裏切ってきた其れは、再び与えられた感覚を貪欲に吸収している。顔色ひとつ変えず益田を苛む榎木津が自分と同じ器官を備えているとは考えられない、考えたくない。不安定な爪先が踊る。
榎木津自身を握り締めていた掌をどうにかもぎ離し、栗色の髪に絡めた。
「やめ…止めて…もう」
「ん」
だめです、という声は喉から出なかった。かり、と榎木津の前歯が益田を食んだためだ。
足の爪から髪の先端までを侵食する熱が、吐き出されるまでの刹那。
益田は榎木津の頭を掴み、最後の力で彼を引き離した。
外気に触れた屹立が欲望を吹き溢して行く感触を味わい、汗が伝う首筋が仰のく。長かったような、一瞬の事だったような絶頂を如何にかやり過ごした益田は溜息とともに視線を落とし、そして全身を凍らせた。
寝台の上に起き上がっている榎木津が、月の光に浮かび上がっている。そのしなやかな前髪を、薄く開かれた口端を、流麗な顎先を、白く濁った液が重く滑っている。
益田は自分が犯した失態を悟った。
「う…あ…」
もう駄目だ。もうお仕舞だ。
身体が動けば、其処の窓から飛び降りたいとすら思った。こんなにも綺麗な人を汚してしまって、詫びるには口先の謝罪は愚かこの命でも足りない。ぼろぼろと流れ落ちる涙は、快楽を堪えた其れの比では無い。
指先に付着した白濁を子どものように見つめていた榎木津が、顔を拭いもせずにぽつりと呟いた。
「お風呂」
「う」
「お風呂に行こう、お風呂だ」
榎木津がすくりと立ち上がるのを見て、益田は更に脱力した。飛び散る光の粒は、出来れば榎木津の汗であって欲しいと思った。
其の手に二の腕を掴まれて、はっと目を開ける。重い雫を受けた侭の榎木津の貌が其処にあった。不敬にも、月光を浴びて鈍い光を放つ濡れた前髪が美しいと思ってしまう。
「マスカマも来なさい」
「うえぇ!?いや僕は後で良いです、むしろ後でお願いします!」
「いいから」
握られた腕を引き上げられる。指一本すら動かせないと思っていた筈の身体が意外なほどにすんなりと動き、爪先が床に着いた。
「まだ終わってない」
その声を聞いて、益田はびくりと肩を竦ませる。
榎木津を導く事に失敗していた事と、今宵はまだ長いという事にようやく思い至ったのだ。
前を行く白い背に浮かぶ肩甲骨を見つめながら、益田はせめて今夜は出来る限りこの男に尽くさねばとぼんやり思う。自分の出来る事など、たかが知れているのだが。
どれほど無体を強いられど、自分が彼の助手で、下僕で、彼が自分の神で、想い人であることには変わりない。
――――
無記名でのリクエスト「甘々ラブラブの榎益/性描写あり」でした。ありがとうございました。長い!ギリギリ!
甘々もラブラブも達成出来たかは微妙ですが、個人的目標の一つだった「ぶっかけ」はいけた…(どうでもよすぎる!)
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