>3月28日 23:36の方
『過ぎる季節の~』リクエストして頂いてありがとうございました。楽しく書かせて頂きました。
映画魍魎で、榎木津が関口の自転車を軽く撥ねるシーンが大好きです。
趣味に走りすぎて「誰だこれは…」と思うことも何度かありました…。申し訳ありません…。とは言え益田が箱根山での雪景色の記憶を大事にしていることと、榎木津が益田を憎からず思っているのは割とオフィシャルですよね(?)
今後とも宜しくお願い致します。ありがとうございました。
叩いてくださった方も、ありがとうございました。
返信不要の方もありがとうございます。拙い文章ですが、可愛がってやってください。
好きな作家さんがアニメ魍魎の最終回の演出に参加していたとさっき知って目が取れました。
NHKみんなのうたで「月のワルツ」を作られた方なんですが、何処を演出なさったんだろう!く、久保花火かな…?
魍魎オフィシャルブック、Amazonでは27日発売になっているのですが一向に届きません。そわそわします。
雲がゆっくりと流れる空を目指して、榎木津ビルヂングが聳えている。
その入り口の前で、益田龍一は困窮を極めていた。中に入りたくても入れないのだ。鍵が閉まっている訳ではない、益田の足を止めるものは他にあった。
その柔らかい生き物は、益田の脛の辺りに絡み付いている。右足を抜き出せば左足に、左足を進めようとすれば右足に。螺旋を描くような動きで、彼の歩みを妨げているのだ。うっかりすればそのしなやかな尾を踏みつけてしまいそうで怖い。結果前にも後ろにも進めず、益田はその場でたたらを踏んだ。
「ちょっ…あぁっ!危ないなぁもう!」
泣き声交じりの声を聞きつけたのか、暗い階段の上から白い貌がひょこりと飛び出す。榎木津礼二郎は眉を寄せて階段下の様子を観察し、「あっバカオロカが変な踊りをやっているのか」とだけ呟き、階段を降り始めた。その足取りはさも面倒そうであったが、益田の足元に纏わり付くものを見つけると、鳶色の瞳を見開いて駆け下りてくる。
うははは、とご機嫌な笑い声に益田は尖った肩をびくつかせたが、足元の生き物―――大きな猫は、構う事無く益田のズボンに首の後ろを擦り付けた。
「おお、にゃんこじゃないか!全体黒いのに足先だけ白くて、靴下を履いているみたいだぞ。かぁわいいなぁ。そら、こっちに来なさい」
喜色満面とはこのことか。整った容貌にとろけるような笑顔を浮かばせた榎木津は、白い指先をひらひらと猫の鼻先に躍らせた。
しかし猫の丸い目はちらりと一瞥だけしたものの、榎木津には興味を持たず立ち竦む益田の左足に長い尾を絡めている。榎木津はきょとんと目を丸くして、行き場のない指先を見つめている。
「あれ」
「助けてくださいよぅ榎木津さん、こいつ昼からずっと付いてきてるんです。足にまつわりついて全然離れなくて、僕ぁ何回もこけそうになりました」
「転ぶのはマスヤマが下ばっか見て歩いてるからだろうが、にゃんこの所為にするんじゃないっ」
「酷いなあもう。下ばっかり見てて気づいたんすけど、この猫首輪も何もしてないんですよ、野良かな」
まだ若いであろう猫の被毛はしっかりと強そうではあったが、確かに野良めいて埃っぽく薄汚れていた。身体も大きくはあるが、腹のあたりなどは肉付きが薄い。そんな身体が何度も密着した所為で、綿のズボンの膝から下は心なしか煤けている。
榎木津は眉間に皺をこしらえて何事か考えていたが、すくりと立ち上がると益田の脇を擦り抜けて歩き出した。
「榎木津さん、何処へ」
「今夜は和寅が居ないから、京極の所で何か食べて来る」
「あっ良いなぁ、僕も仕事終わりでお腹空いたし御相伴した、うわっ!」
軽い悲鳴に榎木津が振り向けば、追従しようとした益田の足を、黒い背中が引き止めている。ちょっと、とか、もう、などと云ってもがく声に交じって、みゃあと高い泣き声が上がった。
痩せた男と痩せた猫の奇妙なやりとりを、道を行く人々がちらりと見てはくすくす笑って通り過ぎて行く。
榎木津の革靴の先がたんたんと石畳を打ちつけた。
「鈍臭い!ご飯作るのは僕じゃないけど迷惑だからもう置いていく!」
「えぇー待ってくださいよ!仕様がないなぁ」
益田は身を屈めて両手を伸ばし、猫を掬い上げた。それなりにずしりと重い。赤子を抱き直すように猫を腕に収めると、榎木津の横に並ぶ。
「やっとちゃんと歩ける。お待たせしました、行きましょ」
「マスヤマはにゃんこを抱くのが下手すぎる、そんな抱き方じゃ居心地悪いぞ」
「その時は車通りの少なそうな道に離してやりますよ。事務所に閉じ込める訳にもいかないでしょう」
眉を下げて笑う益田の顔をちらとだけ見て、榎木津はすたすた歩き出す。
白いシャツの腕に抱かれた猫は益田の予想を裏切り、逃げようともせず平たい胸の前でごろごろと喉を鳴らしていた。
「ひゃっ、こそばゆい」
大人しく運ばれているのに飽きたのか、猫は揺れる益田の前髪に前足を伸ばしたり、鼻先を益田の襟足に突っ込んだりして遊び出した。その度に長い髭が首や耳元をくすぐり、益田はけけけと笑い声を上げる。少し陽が傾いたために丸みを増した猫の瞳孔にじっと見上げられ、益田としても悪い気はしない。
「どうしましょうねぇ榎木津さん、こいつ僕にやたら懐いてますよ。野良がこんな懐くなんて知りませんでした、捨て猫かなぁ。うちの下宿動物飼うの駄目だしなぁ、事務所で飼ったら駄目ですかねぇ。和寅さん怒るかな…うわっ、口舐めた。吃驚したぁ。ざらっとしましたよざらっと」
組んでいる両腕の指先で顎下をくすぐってやれば、耳に心地よい鳴き声が聞こえる。
少し後ろを歩いているために知らなかったが、眩暈坂を上るにつれて、榎木津の眉間に刻まれた皺が深くなっていった。坂の先にある古本屋の主人もかくやと思しき不機嫌さだ。その足が砂利を思い切り踏んだかと思うと、勢い良く益田の方を振り向く。
「おい、マスヤマ…」
「あっ!」
と、猫がぴくりと鼻先を擡げたかと思うと、前触れもなく益田の腕を飛び出した。音も無く地面に降り立ち、榎木津の横を走り抜けていく。
探偵の肩越しに見送る先には京極堂があり、掲げられた「骨休め」の向こうからはもうもうと煙が上がっていた。
「なんだろうあの煙…あっまさか大量の本が燃えているんじゃ」
「バカオロカめ、今は夕食時だぞ。庭先が燃えるなんてアレに決まっている!」
軽い足取りで駆ける猫に続いて、榎木津も駆け出す。益田もよろめくような足取りで後に続いた。
2人を出迎えた中禅寺の顔は、本当に店が焼けたのかと思う程の仏頂面である。襷で纏めた藍色の袖から痩せた腕が伸びていた。背後で立ち上り続ける煙の根元には七厘が置かれ、じりじりと焦げる魚が香ばしい匂いを放っている。
「やぁやぁ京極!美味そうだな!」
「美味そうだからって君らには関係無いだろう。自分達だけじゃなく」
あんなものまで連れて来て。
中禅寺がつい、と流した視線の先には2匹の生き物。燃え上がる炎を遠巻きに見ているのは、先住者である石榴と、益田が抱きかかえて連れて来た猫だった。
きらきらと輝く緑の瞳を見て、背を丸めた益田が恨めしそうに呟く。
「あんなに僕に懐いてたのにい」
「あの様子じゃ益田君に懐いてた訳では無いね、益田君からする魚の匂いに懐いてたんだ。大方昼に鯵の開きでも食べたんだろう」
益田のシャツの首元を、骨ばった指がとんと突いた。
「醤油が飛んでるぜ」
「うわあ…」
うなだれる益田の横顔を見下ろして、榎木津はふふんと笑う。
「絶対可笑しいと思ったんだ、マスヤマににゃんこが懐くなんて。お前だけにゃんこを抱いて歩いてずるいぞ」
「にゃ…猫だって僕に懐くことくらいあるかもしれないじゃないですかぁ」
いつの間にかそこら中に付いていた猫の毛を払い落とす益田の耳元に、榎木津が尖った鼻朶を埋めた。
「うん、本当に魚臭いな!鱒山だな」
「だから誰なんですかそれはぁ、もおぉ、急にご機嫌良くなっちゃうんですから」
耳元に触れる栗毛がくすぐったくて、益田は身を捩った。
そんな彼らを見て、店どころか中野一帯が焼失でもしたように恐ろしい顔をしていた中禅寺は庭に降り、焼きあがった魚を皿に取っている。2匹の猫がその周囲を取り巻いているが、下駄履きの足先は慣れているのか事も無げに歩いて戻ってきた。
「丁度七輪も出ているし、君達にも馳走してあげよう。魚は無いけどね」
人の悪い笑みを浮かべた中禅寺が、ぐるりと2人を見回して、最後に益田の前で視線を止める。
「益田君、餅は好きか」
榎木津の眉がぴくりと動く。
良いですねぇ醤油まぶして海苔なんか巻いてあったら最高、と答える途中の黒髪を、神の拳がぽかりと打った。
――――
真宏様リクエスト「やきもちを焼く榎木津」でした。ありがとうございました。
また猫の話か…!引き出し少なくてすみません。タイトルはサンボマスターです。
>堀河様
『目隠し鬼』お読み頂いてありがとうございます!書き手の人生に深みがない所為か、暗い話を書いても重さが無いのが悩みなのですがこうしてご感想を頂けると救われます…。
前髪を捲った時は心のガードが解けるといいよと常に思っています。益田ビジュアルが決まってないのでもうやりたい放題!米俵担ぎにも夢を詰めました。
私も堀河様のサイトに気持ち悪く通いつめているので、その、解析は見ないで…(その発言がもう気持ち悪い)
司益の続き楽しみにしてます(ぬけぬけと)ありがとうございました。
叩いてくださった方も、ありがとうございました。
榎→益団No.6のハム星です。ウルトラマンタロウにあやかって敢えての6番目。
4番の真宏さんがテーマをあげていらっしゃったので乗っかっちゃうと、「榎木津が益田の何処が良いか」なんですが、榎→益団とか云いながらまだ良く解っていないという…。
原作読み直すと疑い無く「榎木津は絶対益田のこと好きだよな」と思うんですが具体的に何処と考えるとぼやっと掴めなくなってしまうところが困りものです。上手く具体的に表せないので更新で断片的にでも表現していけたらいいなぁと思う次第です。
今考えたのは、益田が本当は賢い子なところなんかが榎木津は好きだと思います。だって「君は偉い」の時は賢かったもの…。けけけと笑うようになってからも賢いと思いますが警察時代の素直さは失われたというか隠すようになってしまったので、其処は気に入らないと思われているんじゃないかと。折角来たんだからもっと見せろと。
鴨が葱背負って来たのに「何を仰ってるんですか榎木津さんともあろう方が。もっと美味しいものご存知の癖にぃ。それに比べたら僕なんかこんな痩せてるし、食用じゃないですよ。えっこの葱ですか、これはその、そう、護身用の武器です!」と云っているようなものですから。違いますか。違いますね。例え下手ですみません。他の団員の方にお任せします。
昨日も普通に働いていた上、特に急ぐ先があるわけでもない益田の足取りもつられて早まる。歩道を埋める雑踏の横を幾台もの自動車がすり抜けていく。石畳を蹴る靴底、遠ざかるエンジン音、小さな会話が幾つも集まって雑然とした雰囲気を作っている。
ぷわっ。
喇叭のような音がした。だが忙しい朝のこと、其れに気を止める者は居ない。益田も音にすら気づかない様子で歩調を変えずに進む。踏みしめるリズムに合わせて重そうな前髪が揺れる。其れがびくりと跳ねたのは、背後から突撃喇叭の如き爆音が耳をつんざいたからである。
人々が皆足を止め、益田も振り向いた。一台の自動車が益田に鼻先を向けている。くすんだ色のビジネス街では異質な程に真っ赤な車体。ウインドウ越しに見える運転席の男は、栗色の髪を振り乱しながらしきりにハンドルを叩き続けている。
「…えっ、僕!?」
ざわめく人波から逃げるように、益田は助手席に飛び乗った。
それを認めると、運転手―――榎木津はアクセルを踏み込む。衆目の視線を一身に浴びながら発進した車の中で、益田は力が抜けたようにずるずるとシートを滑った。
「もうなんなんですか榎木津さん!吃驚するじゃないですかぁ」
「ビックリも栗ご飯も無い!僕が呼んでるんだから直ぐハイと返事をしなさい、これは世界の常識だぞ」
「車でパフパフやられたって解りませんって…」
窓の外に目をやれば、流れる景色はすでに平然と落ち着きを取り戻している。益田など最初から居なかったかのように淀みなく流れる通行人の群れは、現れては消えていった。
「榎木津さん今日は随分お早いですね。まさか僕を迎えに来てくれたんですか、なんて」
勝手に照れる益田を見もせず、榎木津は前方から視線を外さないまま答えた。
「半分当たりだいたいはずれ。今日は天気が良いからドライブにしようと決めて来たんだ。機嫌良く走ってたのに辛気臭く歩いてる下僕が居るじゃないか。あんなにしょぼくれて歩いてる男がうちに出入りしてるなんて恥ずかしい、恥ずかしすぎる!」
だから神の責任で回収した、と云われ、益田はがっくりと肩を落とした。云う程期待していた訳ではないので、まぁこれは所謂パフォーマンスというやつだ。見る者も無い道化を演じる下僕と神を乗せて、真っ赤な自動車は進む。
「まぁいいや、おいマスヤマ、お前何処か行きたい所はあるか?」
「行きたい所ですか?そうですねェ、あっそうだ。和寅さんが醤油の買い置きが無いって云ってたんですよ。ですから醤油買いに行きましょうよ。車だから荷物にならないし、ついでに酢とか買い込んじゃおうかなぁ」
さも名案かのように益田が両手を打ち鳴らしたのと同時に、榎木津はブレーキペダルを勢い良く踏み込んだ。車は急停止し、益田もつんのめる。車通りの多い道だったら危うく大事故だ。見れば榎木津が、大音量でクラクションを鳴らしていた時と同じ顔で益田を睨みつけている。
「僕の話を聞いていなかったのか耳無し芳オロカ!僕はドライブに行くと言ったんだぞ!」
「だ、だって榎木津さんが何処に行きたいかって聞くから」
「お前の世界は自分家と探偵社と乾物屋しか無いのか!歩き方だけじゃなく発想までしょぼくれているとは、見下げ果てたオロカ。乾物屋の店先にぶら下がっているスルメだってもっと世界を知っているぞ。あれは海から来たからな」
海もいいなぁ、と一人で納得した榎木津は、アクセルを踏んで発進した。再び景色が流れ出す。
スピードに乗る直前、助手席側に身を乗り出して、益田の耳元に低く囁かれた。
「気の利いた行き先が思いつくまで降ろしてやらない」
「そんなぁ」
急にドライブと云われても、益田などが思いつく場所などは高が知れている。榎木津の言い分では無いが、確かに世界が狭いと思う。思いを巡らせて見ても、現れる景色ひとつひとつが日常の枠を出ないものばかりだ。それでも妄想には自信があったので、並木を目で数えながら考える。窓を一杯に開けて海風を取り入れながら進む海岸線の道、緑萌える山間、白鳥なんかが優雅に水面を滑る静かな湖畔も悪くないかもしれない。雪深い箱根の山奥、榎木津と出会った。
「なんだそれは」
「え?」
「今は春だぞ、何処に雪があるんだ。幾ら車が速いからって冬には行けない。春には春の楽しみ方があるのに風情を解ってない男だな」
「あっ視ましたね、そんな事より前見て運転してくださいよぅ」
だって仕方ないじゃないか。あの景色は特別なんだ。屋根に重く積もった雪が融けてどさりと落ちるように、益田を連れ出す切欠の。
榎木津はハンドルを切った。
「決めた。今日はお花見」
「あ、嗚呼良いですねぇ。神宮なんか見頃じゃないですか」
2人を乗せた赤い自動車は走り、やがて桜の並木に辿り着く。儚いまでに淡いのに、空気まで染めるほどの色を纏った木々が大きく両手を広げている。榎木津が窓を開けたので、益田もそれに従った。車内の空気が入れ替わり、胸の奥まで春の匂いに満たされる。
風が吹く度にぶわぁと舞い上がっては、はらはらと降る花びらが、まるで。
「雪みたいだろう」
神に不可能は無いのだ、と榎木津が笑っている。初めて見た日から益田の心を惹き付けて離さない。
車内にまで吹き込んだ花弁の掃除が難儀そうだなぁ、と益田は思った。この雪は時が経てど、融けて消えたりしないものだ。
――――
無記名でのリクエスト「榎木津の車で出かける2人」でした。ありがとうございました。
映画版榎木津で想像したら面白い話かと(そんな面白さは求めていない)
>蒼月様
早速のご感想ありがとうございます。蒼月様は甘い榎益がお好みとのことでしたので、多少糖分混ぜ込んでみました。お楽しみ頂けましたら何よりです。
私もこんな名前ですが猫派です。3匹も飼ってらっしゃるんですね、羨ましいです…。
お持ち帰りについてですが、拙文で宜しければ是非持ち帰ってやってくださいませ。蒼月様のサイトに置いて頂けるとなるとなんだか気恥ずかしいですが、こちらこそ宜しくお願い致します。
拍手解析で朝に拍手があると「あっ、蒼月様かな」と思ってしまいます。どうぞまた遊びに来てください。
>檜扇様
ご感想ありがとうございます。せっかくの可愛いお題、もっと可愛い話にすればよかった、おお…と申し訳無かったのですがお読み頂けて嬉しかったです。
あらゆる痛みを前髪如きで軽減しようとする益田がどうしようもなくて好きです。前髪萌えに付き合わせてすみません…。
私も檜扇様のリクエストで文章を書けて楽しかったです。ありがとうございました。
次のお題が「車で出かける榎木津と益田」なので映画魍魎を再見しています。
映画の榎木津は躁が落ち着いてる時期なんですね(?)
文庫版百器雨のあとがきで彼が榎木津役を作る上での意気込みと、次回以降の実写化があったら呼んでね!みたいな事が書いてあるので是非百器も実写に…(そればっかり)
益田はアリキリ石井さんになるのかな…石井さんの声良いですよね。