忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/11/23 03:48 |
4.我儘なんて聞いてくれなくていいのに

日が傾きはじめ、京極堂の軒先にも暗い影が落ち始めた頃。

「やっぱり此処にいた」

すら、と障子を開けたのは益田だった。四方を古書に囲まれた座敷に居るのは、この世の災難を煮詰めて飲み干しでもしたような顔をしている中禅寺と、猫のように背中を丸めて眠っている榎木津である。本の頁を捲る指が止まり、やっと迎えが来た、と言った。

「早く持って帰ってくれ、邪魔で敵わん」
「元より其の心算なんですけどね、折角大人しく寝てるし少々休憩させてもらおうかなーなんて」

嗤いながら座り込む益田に、中禅寺はやれやれと頭を振った。勝手に座布団を引き寄せて、居座る気配すら見せている。

「前にも云ったが、榎さんに似てきたね。それも悪い処ばかり」
「滅相もない、僕ぁこの人みたく我儘じゃあありません。さっきも其処で奥様にお会いして」

お茶でも如何?って言われたんですがいえいえ僕ぁ主人を迎えに来ただけですのでお気遣いなくと言って礼儀正しく入ってきたんですから、と胸を張る。
中禅寺は眉を顰め、「そう云う所が」と言いかけて止めた。話を聞かないという点まで似てしまっている気がしたからだ。飼い主とペットは似るというが、探偵と探偵助手にも適応するのだろうか。ちらりと見た益田の顔は、生憎以前と変わることなく黒髪に覆われ、吊った目をしていた。顔に何か付いているとでも思ったのか、その手が尖った顎をなぞる。

「こんな男の我儘なんて聞いてやらなくていいのに」
「いやぁもう慣れました。最近では僕の対応もソツがないもんです。ツーと言えばカーと言いますか、喉が渇いたと言えば茶と言いますか」

身振り手振りで茶を出す仕草までしてみせる益田は少し得意げですらある。褒めたわけでは全く無い。喉が渇いたなら飲み物の類を出すのも当然だと思うが、以前は干菓子でも出していたと言うのか。茶も出していないのに妙に滑りの良い益田の舌は留まることを知らない。

「大分榎木津さんのお考えも解るようになっちゃって」

その言葉を聴き、中禅寺の眉がぴくりと動いた。

「大きなことを言うね」
「まぁ中禅寺さん程じゃあないと思いますが、薔薇十字団随一という自負はありますとも」
「自負はあっても、自信は無いわけだね」

きょとんとしている益田と未だすやすやと眠っている榎木津を同時に見て、中禅寺はそう言った。榎木津が彼をバカだのオロカだの言うのも解る、と思うのはこんな時だ。榎木津曰く神である探偵になりたいと言う彼はやはり人間であり、榎木津の表層にばかり囚われ、一挙一動に振り回されている。まさに「取り憑かれた」ような妄信ぶりをこうも見せ付けられては、らしくもなく、手助けしてやりたくなるではないか。
僕が口を出すのも無粋だが、と前置きして中禅寺はその指先を寝転んでいる榎木津に突きつける。

「いいかね益田君、こいつは―――」
「だァれが我儘だッ!」

バネ仕掛けの玩具のような勢いで、榎木津が跳ね起きた。ぐるりと首を回し、益田と中禅寺を交互に見ていた鳶色の瞳は、最終的に中禅寺を睨みつけた。その頬には畳の跡が残っている。

「京極、あまり下僕を甘やかすな。こいつは直ぐ図に乗る」
「甘やかしているのはどっちだよ」
「知るか。おいバカオロカ、ぼくの居る所何処でもフラフラ現れて何の用事だ」
「夕食に呼びに来たんですよ。和寅さんがカレー作って待ってますから」

榎木津さんのご要望で、と言ったところで中禅寺が噴き出した。細い黒髪の隙間から、人の悪い笑みで榎木津を見上げている。榎木津は歯噛みして、不機嫌の矛先を益田に向けた。案の定益田は肩をびくつかせ、榎木津の心を苛立たせると同時に、少しだけ満足させる。

「慣れたとは随分な言い草だったな、カマの癖に」
「カマ関係ないじゃないですかぁ、僕ぁカマじゃないですから余計関係ないですよ」
「カマでもウマでもどうでもいい!」

榎木津の顔がずいと益田に寄せられ、益田は身を強張らせた。この美貌と強い瞳を直視するのには、どうしても慣れない。畳の跡が未だ消えてない、とどうでもいいことを思った。
すぅ、と榎木津が息を吸い込む。
益田は身構え、中禅寺は本を閉じた。古書に唾でも飛ばされては堪らない。
2人の予想通り榎木津は大声を出したが、予想と違った点もあった。

「喉渇いた!お茶!あと饅頭!粒餡は嫌だゾ!やっぱり紅茶!紅茶に饅頭は合わないから、やっぱりお茶でいいや!寒い!毛布借りてこい!座布団がないぞ!ずっと僕を好きでいろ!退屈だから何か面白いこと!肩凝った!眠い!枕!ん?やっぱり眠くないな、お茶早くしロ!早くーーーーー!」
「え?え?」
「2回は言わない!さっさとする!」

予想を超えた勢いで矢継ぎ早に繰り出された指示の数々に、益田は目を白黒させる。対応しきれない。実際後半は驚きで思考が止まってしまって何を言っているかも良く憶えていないのだ。お茶と、饅頭と、紅茶と…紅茶は要らないのだったか。
指折り数えておろおろする益田を榎木津が睨んでいるので、益田はとりあえず立ち上がって座敷を飛び出した。
ばたばたと益田の足音が遠ざかるのと入れ替えに、千鶴子がひょいと顔を出す。愛用している盆の上に、人数分の湯飲みを携えて。

「折角お茶を淹れたのに、もうお帰りになったの?」
「そのうち戻ってくるだろうから、その辺に置いてやってくれ」

走り回って喉が渇くだろうから、冷めた位が丁度良いだろう。
それにしても何だあれは。あれでは――通じるものも通じない。
自分は熱い茶を啜りながら、中禅寺はぶすくれている榎木津の横顔を見やった。その瞳は庭に、いや、下僕が転げるように駆け下りたであろう眩暈坂に向けられている。
益田の愚かさと間の悪さ、2人の似たり寄ったりな不器用さを思い、つい零れた溜息が湯気を吹き飛ばした。

「…こんな男の我儘なんて聞いてくれなくていいのに」
「我儘じゃない、命令だッ!」

これだから、と中禅寺は呆れ顔をし、それを見た千鶴子がころころと笑う。
沈み行く夕陽が益田の道行きを辛うじて照らしている刻限のことだった。


――――
益田かわいい(他に言うことはないのか)
中禅寺の出る話は台詞が増えて地の文が減ってしまうのが困ります。台詞が多いのはいつもだった。技量不足。



 

PR

2009/03/08 00:00 | Comments(0) | TrackBack() | 益田

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメントを投稿する






Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字 (絵文字)



<<5.そんな貴方に、私は | HOME | Web拍手お返事です>>
忍者ブログ[PR]