重い衣を脱ぎ去った身に纏う空気すらも軽く、青木は胸の底から息を吐いた。
灰色の雲はいずこかへと去り、頭上には水で刷いたような清々しい青が広がっている。
青木は目を細めた。其の青を切るように伸びるビルヂングの高さを、
柔らかな春の日差しを受けて伸びる影の色を、好ましく思ったからだ。
建物の中に居るうちは此の景色は解るまい。
彼が探偵社の扉を開けたのは、そんなほんの気まぐれに過ぎなかった。
からからん、と心なしか可愛らしい音を立ててドアベルが鳴る。
其の音を聞きつけて、益田が呼ばれるようにぱたぱたとやってきた。
「あれっ、青木さんじゃないですか。お珍しい」
「やぁ――今忙しいの?」
益田も冬の装いを止めて、柔らかそうな白い綿シャツを着ている。
肘まで捲くった袖と、ネクタイも締めずに緩めた襟元がほんの少し寒そうに思えた。
益田は目の前の青木と、室内の何処かをちらちらと忙しなく見比べている。
「いやまぁ、忙しいと云えば忙しいですけど――今ちょっと、和寅さんがお留守なもので」
「おいマスヤマ!」
聞き覚えのある大声と共に、ばぁん、と扉が開いた。青木は面食らい、益田も肩を竦める。
扉の影からにゅうと現れた白い腕を、青木は榎木津のものだと理解した。
榎木津の腕は大きくしなり、何かを投げてよこす。
「忘れ物だぞッ!」
其れは綺麗な放物線を描き、青木の足元に音も無く落ちた。
「忘れ物?」
反射的に腰を折り、拾い上げる。
くしゃくしゃに丸められた布のようなものは、持ち上げた事でぱらりと呆気なく開いた。それこそ、花のように軽く。
「あっ!」
「……あー……」
けれど、其の姿を目の前にした両者の顔は、それほど晴れやかな物では無く。
しばし硬直していたこけし青年は、ようやく人間に戻ると、目の前で器用に赤くなったり蒼くなったりする男に目を向ける。
「益田君……君と云うやつは」
「えっ、違っ… 違うんですよ」
「違うって… 此れ、下穿きじゃない…なんで下着?」
「いや、その、ですから、青木さんが思ってるような事は何も」
「榎木津さんの部屋からなんで君の下着が投げられるんだよ…うわ」
「いつまで持ってるんですか、もう!」
下着を取り返した益田の顔色は、真っ赤に固定されたようだ。
青木は「成程ね」と言いたげに2,3度うなづいて、片手を上げる。
涙目の益田に見せ付けるように、ひらひらと振って見せた。
「どうも――お忙しい所御邪魔したね。じゃあ」
「いや、ですから違うんですよ!和寅さんが出かけてて、僕と榎木津さんで洗濯物の仕分けをですね、待って、本当に待ってくださいよう!」
程なくして榎木津ビルヂングからは、悠々と歩く刑事について、転がるように探偵助手が出てきた。
春の空色と風の温もりに感動する程の心のゆとりは勿論彼には無かったが、
そんな事などお構いなしで、空ではすじ雲がゆるやかに流れている。
―――
生活感萌えです。
灰色の雲はいずこかへと去り、頭上には水で刷いたような清々しい青が広がっている。
青木は目を細めた。其の青を切るように伸びるビルヂングの高さを、
柔らかな春の日差しを受けて伸びる影の色を、好ましく思ったからだ。
建物の中に居るうちは此の景色は解るまい。
彼が探偵社の扉を開けたのは、そんなほんの気まぐれに過ぎなかった。
からからん、と心なしか可愛らしい音を立ててドアベルが鳴る。
其の音を聞きつけて、益田が呼ばれるようにぱたぱたとやってきた。
「あれっ、青木さんじゃないですか。お珍しい」
「やぁ――今忙しいの?」
益田も冬の装いを止めて、柔らかそうな白い綿シャツを着ている。
肘まで捲くった袖と、ネクタイも締めずに緩めた襟元がほんの少し寒そうに思えた。
益田は目の前の青木と、室内の何処かをちらちらと忙しなく見比べている。
「いやまぁ、忙しいと云えば忙しいですけど――今ちょっと、和寅さんがお留守なもので」
「おいマスヤマ!」
聞き覚えのある大声と共に、ばぁん、と扉が開いた。青木は面食らい、益田も肩を竦める。
扉の影からにゅうと現れた白い腕を、青木は榎木津のものだと理解した。
榎木津の腕は大きくしなり、何かを投げてよこす。
「忘れ物だぞッ!」
其れは綺麗な放物線を描き、青木の足元に音も無く落ちた。
「忘れ物?」
反射的に腰を折り、拾い上げる。
くしゃくしゃに丸められた布のようなものは、持ち上げた事でぱらりと呆気なく開いた。それこそ、花のように軽く。
「あっ!」
「……あー……」
けれど、其の姿を目の前にした両者の顔は、それほど晴れやかな物では無く。
しばし硬直していたこけし青年は、ようやく人間に戻ると、目の前で器用に赤くなったり蒼くなったりする男に目を向ける。
「益田君……君と云うやつは」
「えっ、違っ… 違うんですよ」
「違うって… 此れ、下穿きじゃない…なんで下着?」
「いや、その、ですから、青木さんが思ってるような事は何も」
「榎木津さんの部屋からなんで君の下着が投げられるんだよ…うわ」
「いつまで持ってるんですか、もう!」
下着を取り返した益田の顔色は、真っ赤に固定されたようだ。
青木は「成程ね」と言いたげに2,3度うなづいて、片手を上げる。
涙目の益田に見せ付けるように、ひらひらと振って見せた。
「どうも――お忙しい所御邪魔したね。じゃあ」
「いや、ですから違うんですよ!和寅さんが出かけてて、僕と榎木津さんで洗濯物の仕分けをですね、待って、本当に待ってくださいよう!」
程なくして榎木津ビルヂングからは、悠々と歩く刑事について、転がるように探偵助手が出てきた。
春の空色と風の温もりに感動する程の心のゆとりは勿論彼には無かったが、
そんな事などお構いなしで、空ではすじ雲がゆるやかに流れている。
―――
生活感萌えです。
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