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2024/11/23 03:47 |
12月拍手お礼文
益田は己が目を疑い、次いで掃除を欠かした事が無い自慢の耳をも疑った。
冷たく澄み切った窓の外から其れ以上に透明な冬の冷気が肌に触れる感触すら疑わしかった。
次の瞬間には自分は安下宿の安布団の中で目を覚まし、何時かの目覚めと同じ様に
嗚呼妙な夢を見たなぁと自嘲の笑みなどを浮かべつつ、頭を掻く羽目になっているのではと思ったのだ。
そうでも無ければ、可笑しいではないか。
雪に降り込められた二人きりの事務所で、榎木津が「やる」とだけ云ってぶっきらぼうに手渡してきた紙袋。
中には毛糸で編まれた毛布のようなものが入っている。
こんな事態が益田の潜在意識が都合良く作用する夢で無くて何だと云うのだろう。
数多の先人らがそうしてきたように、益田もまた己の頬を力一杯引っ張ってみた。

「痛ッ」
「何を妙な真似をしている?情けない顔が更にみっともなく見えるだけだぞ。練り途中の麺麭生地だってもうちょっと希望に満ちた格好をしている」

頬に走った痛みよりも榎木津に投げられた雑言を受け止めたことで、益田はようやく現実に辿り着いた。
具合の良い妄想ならば、もっとこう、優しい言葉のひとつも与えられても良い筈だ。
安心したような落胆したような気持ちを胸に抱いたまま、益田はそっと毛糸の塊を取り出した。ふんわりとしていて、大きい。
よく見れば毛布には無い袖口が付いていて、益田は物体が衣服であると理解した。

「榎木津さん―――此れは」
「見て解らんのか。襟刳りの付いた座布団があるものか。細身に合わせて作ってあるから、やせっぽちの益山でもそこそこ着られるだろう」
「はあ―――」

思わず漏れた溜息に似た声には感嘆と歓喜が露骨に滲んでいて、益田は内心で恥じた。
此れからの冷え込みに備えて、わざわざ仕立ててくれたのだろうか。
空気をたっぷりと抱いた洋服は、持っているだけで掌からじわじわと暖かい。
目頭にも同じような熱を感じた益田は、唇を震わせながら榎木津からの贈り物を抱きしめた。

「有難うございます、榎木津さん……本当に僕が頂いても良いんですか」
「別に良いよ。どうせ他に着るやつも居ないんだ」

榎木津はふい、と視線を窓の外に向けた。分厚い灰色の雲から落ちた雪が張り付いては露になって落ちていく。
濃い睫に彩られた瞼が重そうに瞬くのが見えた。

「本当は其れは京極の奴に着せようとしていたんだ」
「え…」
「だがあいつめ、絶対に要らないなんて云ってきた。だから益山にやる」
「そ、そんな――榎木津さんらしくも無い。大体いつもなら無理にでも押し付けるじゃないですか」
「こういうのは義理で着て貰っても嬉しくも楽しくもないからな」

榎木津の寂しげな声が、しんしんと益田の中に積もっていく。
その度に頭の中が真っ白になっていくように感じた。
力の入らない腕の中に辛うじて納まっている服の温もりは変わらないのに、暫く忘れた冬の寒さが襲ってくる。
涙はいつの間にか凍り付いて、目頭の熱も嘘のように失せていた。


じゃあ榎木津さんは――痩せてる男なら、誰でも良かったんですね。
この優しい栗色も、温かみも、何もかも、全部、僕のためじゃあ無かったんですね。
貴方の云う通りだ。なんという馬鹿だ、僕は。


言葉は表に出ず、益田の中で冬の草のように深く根を張っている。
紛れも無く現実だ、しかもこれ以上無い位酷い現実だ。
確かに夢だろうかと疑ったのは自分だが、もう十分解っていたのに。
こんな形で思い知らせる事は無いじゃないか。
ついに両腕はだらりと力を失い、毛糸の衣服は空気を含みながらゆっくりと広がり、床に落ちた。
華奢な作りでありながら、身に纏えば心地良い余裕を持ちそうな長い袖。
襟元には大きな頭巾が縫いつけられていて、多少の雪ならば凌げそうだ。
一番面積の広い身頃は男物だけあってシンプルで、何の模様も付いていない。其れだけに生地の良さが際立っている。
更に其処からは同じ生地のズボンが続いていて、ようやく益田は眉を顰めた。
よく見れば頭巾には小さな鹿の耳と、角を模した飾りが縫い止めてあり、
頭巾の中から真っ赤なゴムボールが飛び出して、床の上を点々と転がっていった。

「―――あの、此れは」
「見て解らんのか。耳と角が付いたセーラー服などあるものか。尻には尻尾まで付いているんだぞ」

榎木津は大きな服を裏返し、得意げに短い尾飾りを示してみせた。

「―――で、此れは」
「おおなんという馬鹿!毛布と洋服の区別も付かないだけじゃなく、人間とトナカイの区別もつかないとは!」

榎木津が肩口を広げて引っ張り上げた衣装は云われて見れば確かにトナカイだ。
着ぐるみ以外の何者でも無い。

「折角サンタの衣装を新調したついでにサンタにはトナカイだと思って作ってやったのに、京極のやつ豪雪で正月が中止になったような顔をした」
「そりゃあまぁ、あの人は着ないでしょうねぇ…」

途端益田にふわりと着ぐるみが覆いかぶさり、慌てて取り除けた所で鼻先に先程のゴムボールが押し付けられて間抜けな音を立てた。

「さぁさぁ益山準備をしなさい!僕のためにソリを引くのだ。と云ってもお前が引いてたんじゃいつまでたっても角の交差点までも行けなそうだから車を出しなさい。暗い夜道はピカピカのお前の鼻が役に立つのだ!」

鳶色の瞳が楽しげに爛々と光っている。
其の笑顔を見る度に、益田は何度でもつられて笑ってしまうのだ。




―――

執拗いようですがコスプレ好きなので某フェアに光明を見ました。ありがとう公式。




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2010/01/12 02:41 | Comments(0) | TrackBack() | 益田

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