「今日も戻られなかったなぁ」
「いつもの事じゃないですか、和寅さんの方が付き合い長いでしょうに、心配性だなぁ」
「君が小慣れすぎなんだよ」
益田が空にした汁椀と一緒に、伏せられたままの茶碗と乾いた塗箸が下げられた。 かちゃかちゃと何処か寂しげな音を立てながら、寅吉は台所へと入っていく。 益田は態と大きな欠伸をしてみせた。
榎木津不在の薔薇十字探偵社は、食後の卓上のようにがらんとしている。 三角錘がぽつんと乗った探偵机も、榎木津がいつも腰掛けている椅子からも、体温はおろか気配すら消えかけている。
こうでもしなければ、ぽっかり空いた虚ろが埋められそうに無いではないか。
「…穴が開いたみたいだなぁ…」
まだ室内は煌々と明るく、それだけに益田は妙な寂しさを覚えた。
冷え冷えとした秋の空気が、建物ごと包み込んでいる所為だろうか。 何だかいたたまれなくなって、益田は立ち上がった。
「和寅さァん、やっぱり僕も手伝、」
益田の呼び掛けを遮るように、高らかに電話のベルが鳴った。
台所の方からは忙しそうに水音が続いている。
踵を返し、冷たく黒光りする受話器を持ち上げる。
「はい薔薇十字―――」
「益山だな!お前何電話なんか出てる!」
「えっ、ええ――!?」
耳がわぁんとする程の大声が直接届き、益田は混乱する。
「えっ、榎木津さん!?榎木津さんですか、何処から掛けてるんですか」
「月見してるんだから月が見える所に決まってるだろう。それより益山」
何の参考にもならない返答をしてきた榎木津が、憮然とした声で続ける。
「電話なんか出てる場合か、こぉんなに月が綺麗なのに」
「そうなんですか、えっと、あっ、此処からじゃ見えないな…」
首を限界まで伸ばして振り向いてみたが、衝立が邪魔で窓の外が見えない。
受話器と本体を結ぶコードも伸びきってしまい、電話台の上から本体がずり落ちそうになったので慌てて支えた。
「見えないなじゃない、見るんだ!こうしてる間にも雲がかかっちゃうかもしれないんだぞ」
「ああはいはい判りましたよもう、ちょっと待ってください、よっと」
*
「見えました見えました、本当に綺麗ですねぇ」
「なんだい益田君、電話機なんか持って歩いて」
「あっ和寅さん、電話ですよ、榎木津さんから」
受話器を寅吉に手渡し、本体を抱えたまま改めて空を見上げる。
浮かぶ白い満月は夜空に開いた穴を思わせるが、益田が感じた虚しさは其処には無い。
腕に抱えた艶やかな本体から伸びるコードは、口ではぼやきつつも何処か楽しそうな寅吉に繋がっている。
貴方の声だけでこんなにも満たされる場所があるって、神様はご存知なんでしょうか?
「まだですか和寅さぁん、僕ぁ腕が疲れたんですけど」
「ちょっと待ちたまえよ、それで先生、結局いつ頃お戻りになるんですかな――」
―――
神無月だけに…駄洒落ですみません。
「いつもの事じゃないですか、和寅さんの方が付き合い長いでしょうに、心配性だなぁ」
「君が小慣れすぎなんだよ」
益田が空にした汁椀と一緒に、伏せられたままの茶碗と乾いた塗箸が下げられた。 かちゃかちゃと何処か寂しげな音を立てながら、寅吉は台所へと入っていく。 益田は態と大きな欠伸をしてみせた。
榎木津不在の薔薇十字探偵社は、食後の卓上のようにがらんとしている。 三角錘がぽつんと乗った探偵机も、榎木津がいつも腰掛けている椅子からも、体温はおろか気配すら消えかけている。
こうでもしなければ、ぽっかり空いた虚ろが埋められそうに無いではないか。
「…穴が開いたみたいだなぁ…」
まだ室内は煌々と明るく、それだけに益田は妙な寂しさを覚えた。
冷え冷えとした秋の空気が、建物ごと包み込んでいる所為だろうか。 何だかいたたまれなくなって、益田は立ち上がった。
「和寅さァん、やっぱり僕も手伝、」
益田の呼び掛けを遮るように、高らかに電話のベルが鳴った。
台所の方からは忙しそうに水音が続いている。
踵を返し、冷たく黒光りする受話器を持ち上げる。
「はい薔薇十字―――」
「益山だな!お前何電話なんか出てる!」
「えっ、ええ――!?」
耳がわぁんとする程の大声が直接届き、益田は混乱する。
「えっ、榎木津さん!?榎木津さんですか、何処から掛けてるんですか」
「月見してるんだから月が見える所に決まってるだろう。それより益山」
何の参考にもならない返答をしてきた榎木津が、憮然とした声で続ける。
「電話なんか出てる場合か、こぉんなに月が綺麗なのに」
「そうなんですか、えっと、あっ、此処からじゃ見えないな…」
首を限界まで伸ばして振り向いてみたが、衝立が邪魔で窓の外が見えない。
受話器と本体を結ぶコードも伸びきってしまい、電話台の上から本体がずり落ちそうになったので慌てて支えた。
「見えないなじゃない、見るんだ!こうしてる間にも雲がかかっちゃうかもしれないんだぞ」
「ああはいはい判りましたよもう、ちょっと待ってください、よっと」
*
「見えました見えました、本当に綺麗ですねぇ」
「なんだい益田君、電話機なんか持って歩いて」
「あっ和寅さん、電話ですよ、榎木津さんから」
受話器を寅吉に手渡し、本体を抱えたまま改めて空を見上げる。
浮かぶ白い満月は夜空に開いた穴を思わせるが、益田が感じた虚しさは其処には無い。
腕に抱えた艶やかな本体から伸びるコードは、口ではぼやきつつも何処か楽しそうな寅吉に繋がっている。
貴方の声だけでこんなにも満たされる場所があるって、神様はご存知なんでしょうか?
「まだですか和寅さぁん、僕ぁ腕が疲れたんですけど」
「ちょっと待ちたまえよ、それで先生、結局いつ頃お戻りになるんですかな――」
―――
神無月だけに…駄洒落ですみません。
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コメント
無題
いつもハアハアと拝見させて頂いております…!ネ申の電話口での横暴さが愛おしくてなりません…!そして蕩れっぱなしの助手も大変ごっごちそうさまでございます!オンリーの原稿、心より応援しております、頑張ってください!^^
posted by ホリ at
2009/11/25
19:46
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お返事が遅れてしまい申し訳ございません、コメントありがとうございました!
榎木津/益田が不在の榎益榎が大分好きですみません。
私もホリ様のご活動を陰ながらいつも応援しております!
榎木津/益田が不在の榎益榎が大分好きですみません。
私もホリ様のご活動を陰ながらいつも応援しております!
posted by ハム星 at
2010/01/10
19:03
[ コメントを修正する ]