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2024/11/23 03:59 |
2.不変の輝き
人が行き交う往来で、益田は時計台を見上げる。胸に抱えた資料と文字盤とを見比べて考え込んだ。
依頼人の待ち合わせまではまだ長い。思いのほか時間が余ってしまった。
見渡す街は、煉瓦造りの建物が軒を連ね、通行人も心なしかハイソサエティな気配がする。益田が住む界隈とも、慣れた中野・神保町界隈とも全く違う雰囲気だ。うかつに喫茶店など入ってうっかり予定外の出費をするのは益田にとって喜ばしい事ではなかった。

「しょうがないなぁ、ちょっとうろうろ…おっ」

見渡す視界を過ぎったウィンドウの中で、きらりと光る何かがかすめた気がして益田はふらふらと歩を進める。
益田が足を止めたのは、街並と同じく赤煉瓦でくみ上げられた建物の軒先だ。申し訳程度に立て掛けられた看板を覗き込むと、西洋骨董品らしかった。ウインドウは傷のような汚れのような白ぐすみで曇り、店内は薄暗い。益田は少し逡巡してから、木の扉を潜った。
外の光があまり届いてない所為か、室内は肌寒さを感じさせる。客はひとりも居ない。客どころか、店員も居ない。
こつこつと足音を響かせながら歩く益田は、木製テーブルに並べられた銀の匙を何気無く拾い上げて、軽く裏も眺めた後元の位置にそっと戻した。事務所で紅茶を混ぜるのに使っているものと、さしたる違いがないように思えたからだ。
骨董というだけあって、値は張るものかもしれないが益田の興味を引くものはなかなか見当たらない。複雑な色模様が散りばめられた壺や、傘に透かし彫りが施されており明かりもないのにぼんやりと発光するような不思議な洋燈。実用品というより美術品めいた其れらの値札を見ては、大袈裟に驚いて身を引く動きで暇を潰していた益田の目は、一点の箱に吸い寄せられた。箱に、というよりは中身にだ。
ちらと光って自分を誘ったのはこいつだと、益田は直感的に思った。埃を被らないようにと硝子のケースに収められた其れ。少し塵が乗った面をそっと払えば、中身の美しさは益々際立って見えた。外界とを隔てる透明な境界にじっと益田を見上げる貌に、しばし見惚れる。

「―――良いでしょう、其の磁器人形」

はっと振り向くと、暗闇のようだった店の奥から、硬い音を響かせながら一人の男が現れた。白い髭をたくわえて、木製の杖で曲がった腰を支えている。恐らく店主であろう。

「あっこりゃどうも、勝手に入ってきちゃってすみません」
「良いでしょう、其の磁器人形」

後頭部に手をやって軽く会釈をする益田に、しわがれた声がもう一度同じ事を言った。聞こえていないと思ったのかも知れない。益田が軽くうなづくと、枯れ枝のような手が硝子の箱をそっと取り去った。
現れたのは、美しい陶器の肌を持つ人形であった。作られた年代のものだろうか、如何にも時代がかった服装をしている。繊細に彫り込まれた顔は整い、微笑みを浮かべる口元。丸い頭に植えられた髪はつやつやとしていて、僅かな光を集めては発散している。

「こういう人形は普通女性か子供の姿をしているんだけどねぇ、珍しいでしょう、男の人形なんて」

益田は「はぁ」と聞いているのだかいないのだか解らない返事をした。絹だろうか、しっとりとした光を放つ袖の先からは顔と同じく素焼きの陶器で出来た手が覗いていた。硬質だが、造詣が良いので今にも動き出しそうだ。金糸のような栗色のような人工の髪は、品良く切り揃えられていた。

「こいつの良いところはそれだけじゃないんだよ、ほら見て」

店主が示すまでもなく、益田もまたその部位を見つめていた。この人形をさらに美しく、さらに人形たらしめる装飾のひとつだ。老いた店主は皺と髭に埋もれたような顔でにぃと笑ってみせた。

「どうだい兄さん、こいつを買わないかい。久々のお客さんだ、値段は相談するよ」

老人の腕が人形を抱き上げ、足に結び付けられていた値札が人形についてだらりとぶら下がっている。益田は其れを見ることなく、両手を胸の前でひらひらと振った。

「いやいや、結構です。僕の下宿にそんな立派な人形合いません、店子の身分でそんなもん持ってたら大家さんに怒られちゃいますよう。土産に貰った伊豆の踊子の人形すら持て余してる位なんですから―――其れに」

相変わらず微笑を称えたまま益田を見上げる、作り物の美貌に嵌め込まれた一対の石。
其れは海の如く澄んだ濃紺を湛えた宝石であった。

「目が全然違うんです」
「そうかぁ。この目が良いと思うんだがなぁ」

老人は人形の頭をそっと撫でると、また硝子の箱に仕舞いこんだ。益田はもう一度人形の顔を覗き込んだが、彼はもう益田に興味を失ったかのように、光を放つのを止めていた。
柱時計が打ち、益田は顔を上げた。待ち合わせの時間だ。益田は店主に礼を言い、木の扉を開く。時計台の下ではどうも其れらしい人物が待っていて、益田は慌てて小走りで向かった。この仕事が終わらなければ事務所に帰れない。
白亜のビルヂングにおわす鳶色の宝石は、大人しく箱になど入っている筈もないのだし。



――――
益田と磁器人形と榎木津。そこはかとなく益榎(当社比)


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2009/04/15 21:05 | Comments(0) | TrackBack() | 益田

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