「やっぱり鳥口君が一番話しやすいなあ」
「それはこっちの台詞。なかなかこんな話出来る人いないすよ」
彼らが飲み屋の隅に席を取る時の決まり文句だ。
乱雑な喧騒の中に隠して、心に秘めたものを少しだけ並び立てる。それらを肴に、からかったり、囃し立てたり、慰めあったりするのだ。
宴の終焉と共に元通り仕舞い直す頃には、以前よりは整理がついている。整然とさせていれば、また暫くは惑わされることもない。少なくとも益田の方はそう信じていた。
やがてつまみも切れて、手持ち無沙汰な箸先で散らばった刻み葱を転がしていた彼らの耳に、柱時計が打つ音が聞こえた。
「もうこんな時間かあ、どうする?」
鳥口も伸びをして、酔いの回った頭で考える。少々呑み足りないが、財布の方が心細いのも事実だった。安酒とは言え、このまま行くと2,3日は水で暮らす羽目になるかもしれない。そう告げると益田は「鳥口君てば正直だなあ」と言って、けけけと嗤った。彼はこんな嗤い方を何時覚えたのだったか。
「じゃあ宅呑みにしようよ。実は今朝出掛けに実家から一升瓶が届いてね、あれきっと酒だから」
「うへぇ、そいつは私に鮒。つまみは缶詰でもあれば言うことないっすね」
「へえ鳥口君鮒が好きなんだ。って、それを言うなら渡りに船!」
ひとしきり笑いあった後、2人して飲み屋を後にした。
益田のもとに届いたという一升瓶だが、開けて吃驚。酒どころか、酢だった。益田は瓶のラベルをためつすがめつして呆然としているし、鳥口は笑い転げている。眺めていても酢が酒に変わるわけもなく、益田は瓶を抱えたまま引っ繰り返った。ごん、と鈍い音がしたが酔っているためか気にも止めない。
「なんで酢なんか送ってくるかなあー!」
「今度は味醂を送ってもらうといいすよ、アルコールには違いないし」
「甘露煮になっちゃいますって」
また笑う。寝転がったままで大笑いしていた2人だったが、ふと顔を上げた鳥口は、益田の動きが少しおとなしくなってきたことに気づいた。
「大丈夫すか益田君、呑み過ぎ?」
「いや、力抜けたら眠くなってきちゃって…」
這うようにして部屋の隅に畳んであった布団に近づき、もふりと飛び込んでそのまま動かなくなった。鳥口は慌てて、益田を引き剥がす。酔った状態でうつ伏せに眠ったら窒息する。ついでに抱きしめられていた酢の瓶も引き離す。
目も口も半開きでぐったりとしている益田を支えながら、足で適当に布団を広げた。
「しっかりしてってホラ、今布団敷いたから」
鳥口君やさしーい、等と言っている益田はもはや半分夢の中のようである。寝ぼけたような口調で、つらつらと繰言を述べていた。
「榎木津さんも酔っ払ってその辺で寝ちゃったりするんで、僕ぁいっつも苦労するんですよう。猫の子じゃないんで運ぶのも大変ですしい、起きてても余計煩いんで僕ぁもう生きた心地が、うわあ」
益田のお喋りは、鳥口が彼を布団に投げ落としたことで中断された。
未だぼんやりしている益田の首からタイを引き抜いてやる。痩せた喉元に少しばかり規視感を憶え胸が打ったが、今夜は月が明るすぎる。
首が楽になったのか、益田はふう、と深い息をひとつ吐いた。
「もう寝な」
明かりを消してやると、部屋は暗くなった。月光のためか、何処か蒼い。
もう眼を閉じている益田は、口元に薄い笑みを浮かべてぽつりと呟いた。
「…鳥口君といる時が、一番安心できるなあ…」
「お世辞はいいって」
お世辞じゃないのにぃ、という声はすぐに小さくなり、寝息に変わった。後顧の憂いも何もないかのように安らかに眠る益田の貌を、傍らに膝をついた鳥口が見下ろしている。すでに酔いは醒めはじめていた。
「仕様がないなぁ、益田君は」
益田の頭部をぽん、と叩いてやる。眠りに落ち始めた彼には、慰撫に思えたかもしれない。
鳥口は益田より少しだけ解っているのだ。益田が一番に求めているものは、此処に居る内はきっと見つからないということを。
心の全てを打ち明ける相手も。
安心出来る場所も。
心を預けて眠れる時間も。
―――しかしどうすれば益田が気づくのかまでは、鳥口にも解らない。だから受け入れる。それしか出来ない。
今は眠る益田の髪に白い光がかかっている。ばらりと額にかかった長い前髪をそっと捲った。それは正しく慰撫の仕草。
鳥口は立ち上がり、窓にかかるカーテンを静かに閉めた。
何もかも照らし出す程の月明かりから、益田を守るように。
「おやすみ」
暫定的な一番で居よう。自分か彼の、どちらかが辿りつくまでは。
――――
薔薇十字恋愛部ですが、『1.私以外の~』と合わせると益田がとんでもないやつに見える…。
鳥益、青益等の薔薇十字系統文は、榎木津への好意を自覚・無自覚の狭間でさ迷う益田を絡めて書いているつもりです。それにメンタル重視で付き合うのが鳥口、フィジカル重視で付き合うのが青木って感じでしょうか。あっでも鳥口と益田もやることやってたり…うーん未だよくわからない。深いです、益田。
そしていつになく長いキャプション(≒言い訳)
「それはこっちの台詞。なかなかこんな話出来る人いないすよ」
彼らが飲み屋の隅に席を取る時の決まり文句だ。
乱雑な喧騒の中に隠して、心に秘めたものを少しだけ並び立てる。それらを肴に、からかったり、囃し立てたり、慰めあったりするのだ。
宴の終焉と共に元通り仕舞い直す頃には、以前よりは整理がついている。整然とさせていれば、また暫くは惑わされることもない。少なくとも益田の方はそう信じていた。
やがてつまみも切れて、手持ち無沙汰な箸先で散らばった刻み葱を転がしていた彼らの耳に、柱時計が打つ音が聞こえた。
「もうこんな時間かあ、どうする?」
鳥口も伸びをして、酔いの回った頭で考える。少々呑み足りないが、財布の方が心細いのも事実だった。安酒とは言え、このまま行くと2,3日は水で暮らす羽目になるかもしれない。そう告げると益田は「鳥口君てば正直だなあ」と言って、けけけと嗤った。彼はこんな嗤い方を何時覚えたのだったか。
「じゃあ宅呑みにしようよ。実は今朝出掛けに実家から一升瓶が届いてね、あれきっと酒だから」
「うへぇ、そいつは私に鮒。つまみは缶詰でもあれば言うことないっすね」
「へえ鳥口君鮒が好きなんだ。って、それを言うなら渡りに船!」
ひとしきり笑いあった後、2人して飲み屋を後にした。
益田のもとに届いたという一升瓶だが、開けて吃驚。酒どころか、酢だった。益田は瓶のラベルをためつすがめつして呆然としているし、鳥口は笑い転げている。眺めていても酢が酒に変わるわけもなく、益田は瓶を抱えたまま引っ繰り返った。ごん、と鈍い音がしたが酔っているためか気にも止めない。
「なんで酢なんか送ってくるかなあー!」
「今度は味醂を送ってもらうといいすよ、アルコールには違いないし」
「甘露煮になっちゃいますって」
また笑う。寝転がったままで大笑いしていた2人だったが、ふと顔を上げた鳥口は、益田の動きが少しおとなしくなってきたことに気づいた。
「大丈夫すか益田君、呑み過ぎ?」
「いや、力抜けたら眠くなってきちゃって…」
這うようにして部屋の隅に畳んであった布団に近づき、もふりと飛び込んでそのまま動かなくなった。鳥口は慌てて、益田を引き剥がす。酔った状態でうつ伏せに眠ったら窒息する。ついでに抱きしめられていた酢の瓶も引き離す。
目も口も半開きでぐったりとしている益田を支えながら、足で適当に布団を広げた。
「しっかりしてってホラ、今布団敷いたから」
鳥口君やさしーい、等と言っている益田はもはや半分夢の中のようである。寝ぼけたような口調で、つらつらと繰言を述べていた。
「榎木津さんも酔っ払ってその辺で寝ちゃったりするんで、僕ぁいっつも苦労するんですよう。猫の子じゃないんで運ぶのも大変ですしい、起きてても余計煩いんで僕ぁもう生きた心地が、うわあ」
益田のお喋りは、鳥口が彼を布団に投げ落としたことで中断された。
未だぼんやりしている益田の首からタイを引き抜いてやる。痩せた喉元に少しばかり規視感を憶え胸が打ったが、今夜は月が明るすぎる。
首が楽になったのか、益田はふう、と深い息をひとつ吐いた。
「もう寝な」
明かりを消してやると、部屋は暗くなった。月光のためか、何処か蒼い。
もう眼を閉じている益田は、口元に薄い笑みを浮かべてぽつりと呟いた。
「…鳥口君といる時が、一番安心できるなあ…」
「お世辞はいいって」
お世辞じゃないのにぃ、という声はすぐに小さくなり、寝息に変わった。後顧の憂いも何もないかのように安らかに眠る益田の貌を、傍らに膝をついた鳥口が見下ろしている。すでに酔いは醒めはじめていた。
「仕様がないなぁ、益田君は」
益田の頭部をぽん、と叩いてやる。眠りに落ち始めた彼には、慰撫に思えたかもしれない。
鳥口は益田より少しだけ解っているのだ。益田が一番に求めているものは、此処に居る内はきっと見つからないということを。
心の全てを打ち明ける相手も。
安心出来る場所も。
心を預けて眠れる時間も。
―――しかしどうすれば益田が気づくのかまでは、鳥口にも解らない。だから受け入れる。それしか出来ない。
今は眠る益田の髪に白い光がかかっている。ばらりと額にかかった長い前髪をそっと捲った。それは正しく慰撫の仕草。
鳥口は立ち上がり、窓にかかるカーテンを静かに閉めた。
何もかも照らし出す程の月明かりから、益田を守るように。
「おやすみ」
暫定的な一番で居よう。自分か彼の、どちらかが辿りつくまでは。
――――
薔薇十字恋愛部ですが、『1.私以外の~』と合わせると益田がとんでもないやつに見える…。
鳥益、青益等の薔薇十字系統文は、榎木津への好意を自覚・無自覚の狭間でさ迷う益田を絡めて書いているつもりです。それにメンタル重視で付き合うのが鳥口、フィジカル重視で付き合うのが青木って感じでしょうか。あっでも鳥口と益田もやることやってたり…うーん未だよくわからない。深いです、益田。
そしていつになく長いキャプション(≒言い訳)
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