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2024/11/23 08:08 |
2.沈むヴィーナス
――いちばんぼし、みぃつけた。


右手を母の暖かな手に握られ、左手で布のバッグをぶら下げて帰り道を歩いている。華奢な身体には少し大きすぎるバッグには、使い込んだノートと今日貰ったばかりの新しい譜面が入っているのだ。すれ違った石を蹴る子どもの群れは自分と同じ年頃で、つい名残惜しく思い振り返る。
母に名を呼ばれ、顔を上げた。大好きな細面の背景には、晴れ渡った薄紫の空が広がっている。民家の屋根に点々と乗っている黒い影は、きっと鴉だろうと思った。
ふと瞬きをした。高い空の一点にぽつりと光るものを見つけたからだ。まだ残光の残る一帯に、一際明るい輝き。母の手を引いてその事を知らせると、彼女は優しく笑んでこう言った。

「良かったわね。お願い事をしないとね」
「どうして?」
「一番星には神様が住んでいるの。最初に見つけた子のお願いを叶えてくれるのよ」

頷いて、また空を見上げる。日は落ちて、益々紺を増した空には幾つもの星が浮かびだした。けれどさっき見つけた一番星は一際明るく、間違えようも無い。白い光があまりにも綺麗なので、お願いの事よりも、どんな神様が住んでいるのかの方が気になった。どの星より早く現れて、一番先に見つける子どもは誰かと見下ろしている神様。
あんな眩い星に住んでいるのだから、きっと綺麗な人なのだろう。あの光と同じくらい肌が白くて、世界中全部見渡せるくらい大きな目をしてて、それで、まぶしい。
周りの大人は、程度の違いはあれど皆黒い髪をしている。でも神様は金とも茶ともつかない髪をふわふわ靡かせていて、誰が見ても神様だと直ぐに解るように造られている。案の定大きな瞳は薄く透き通った琥珀のような色で、星を抱いてきらきらしているのだ。

そうだ、きっとこんな感じだな。

(――一番星、)

目の前に居る神様に手を伸ばす。嬉しくて嬉しくて、自然と口元が緩んだ。

「…見ぃつけた…」





「――何を見つけたって?」
「…え?」

益田は目を開けた。視界は少し明るくなっただけなので、もう既に開けていたのかも知れない。見慣れた事務所の景色が横に傾いていることで、ようやく横になっているのは自分だという事に気がついた。長椅子に使われている革が、頬にしっとりと張り付いている。さらには何故か榎木津がしゃがみこんでいて、目の高さが揃っている。

「あれ、僕ぁ寝てましたか」
「知るものか。誰がいちいち下僕の挙動に気を配る!マスヤマなんか蜥蜴みたいにソファと同化してるんだから」

ぶらりと腕を引き上げられた。

「掴まれなかったら素通りしていたぞ」

見れば自分の手が、榎木津の手を握りこんでいる。
それがどういうことなのか今一つ理解が及ばず、無言のままに時が流れたが、やがて益田は本当に目を覚まし奇声を上げて飛び起きた。

「……うわぁぁあ!? 何すんですかああ!」
「こっちの台詞だ!」
「そんな、だって僕ぁ、一番星が、あれ? あれ?」

しどろもどろになっている益田を、鳶色の瞳がじっと見ている。
手を離そうとした時にはすでに榎木津のもう片方の手ごと握りこまれていて、振り払うのもままならない。
泣きそうな顔で見た榎木津の表情は意外にも穏やかで、益田は目を瞬かせる。

「――下僕の癖に出し惜しみとは、生意気だぞ」
「え?」

握った手に、僅かに力が込められる。
その貌かたちは夢に見た神様とそっくりだ。恐らくは魂の形までもそうなのだろう。
誰よりも早く、眩しい。



「あんな風にも笑えるんじゃないか」





―――
益田の素の笑顔待ち。
油断すると寝てる話が続くブログです。



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2009/09/21 16:54 | Comments(0) | TrackBack() | 益田

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