―――暑い。もはや熱い。鉄筋の建物は確かに堅牢だが、熱の逃げ場が一切無いのが玉に瑕だ。雲ひとつ無い空から直に降り注いだ日光は灼熱ばかりをフロア内に残し、中に居る人間を疲弊させる。
四季の無い国からやって来た近代建築が避けられない宿命を背負いながらも、榎木津ビルヂングは快適な場所だった。但し其れは昨日までの話だ。窓に直接造りつけられたクーラーが冷風を吐き出していた時までの話とも云える。
全ての窓は開いていたが、少々の風すらも止んでしまった今日の場合は助けにもならなかった。只の鉄箱と化したクーラーも、どこか所在無げにぼんやりとしている。あまりの暑さに発生した陽炎の所為かも知れなかったが。
くたばりかけた益田の電話で呼び立てられた本島は、いつもの作業服姿で現れた。話を聞くや否や、社員二人が触った事も無い鉄の扉をぱくりと開けて、顔を突っ込むようにして作業している。内部の回路を弄ったり、スイッチらしきものを二、三度パチパチと触ったかと思うと、脚立から降りた。顔には玉の汗が浮かんでいる。
「どうですか本島さん」
「直せない事は無いと思いますが、何にしても道具が足りない。ちょっと戻って工具取って来ないと」
「じゃあまだ直らないって事ですね…」
がくんとソファで項垂れる益田よりは幾分かしゃんとした様子の寅吉が、本島の労を労って冷たい茶を差し出す。本島は其れを一息に飲み干して、事務所を出て行った。後にはうだるような暑さと、やかましいばかりの蝉の声ばかりが残る。
「あ、あつい…」
いつもは首まで止めているシャツのボタンを幾つも開けた益田が呟いた。かなぐり捨てたタイがソファの背に引っ掛かって、ぶら下がっている。
「だらしないぞ益田君」
「和寅さんだって汗凄いですよ…やせ我慢しないで、正直になっちゃえば良いじゃないですか」
「私の実家はもっと暑かったよ。そもそも夏は暑いと決まってる」
「だぁって、絶対今この建物外より暑いですよ…よくこんな中で榎木津さんも寝てますよね全く…」
無為な会話は、益田が力尽きたように黙った事で終わった。蝉が五月蝿い。
四季の無い国からやって来た近代建築が避けられない宿命を背負いながらも、榎木津ビルヂングは快適な場所だった。但し其れは昨日までの話だ。窓に直接造りつけられたクーラーが冷風を吐き出していた時までの話とも云える。
全ての窓は開いていたが、少々の風すらも止んでしまった今日の場合は助けにもならなかった。只の鉄箱と化したクーラーも、どこか所在無げにぼんやりとしている。あまりの暑さに発生した陽炎の所為かも知れなかったが。
くたばりかけた益田の電話で呼び立てられた本島は、いつもの作業服姿で現れた。話を聞くや否や、社員二人が触った事も無い鉄の扉をぱくりと開けて、顔を突っ込むようにして作業している。内部の回路を弄ったり、スイッチらしきものを二、三度パチパチと触ったかと思うと、脚立から降りた。顔には玉の汗が浮かんでいる。
「どうですか本島さん」
「直せない事は無いと思いますが、何にしても道具が足りない。ちょっと戻って工具取って来ないと」
「じゃあまだ直らないって事ですね…」
がくんとソファで項垂れる益田よりは幾分かしゃんとした様子の寅吉が、本島の労を労って冷たい茶を差し出す。本島は其れを一息に飲み干して、事務所を出て行った。後にはうだるような暑さと、やかましいばかりの蝉の声ばかりが残る。
「あ、あつい…」
いつもは首まで止めているシャツのボタンを幾つも開けた益田が呟いた。かなぐり捨てたタイがソファの背に引っ掛かって、ぶら下がっている。
「だらしないぞ益田君」
「和寅さんだって汗凄いですよ…やせ我慢しないで、正直になっちゃえば良いじゃないですか」
「私の実家はもっと暑かったよ。そもそも夏は暑いと決まってる」
「だぁって、絶対今この建物外より暑いですよ…よくこんな中で榎木津さんも寝てますよね全く…」
無為な会話は、益田が力尽きたように黙った事で終わった。蝉が五月蝿い。
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