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2024/11/27 16:45 |
3.頼むから人前ではやめてくれ

「うははははは、待たせたな、僕だ!」

スパァン!と景気のいい音を立てて襖の向こうから参上したのは、案の定はた迷惑な探偵だった。
同時に吹き込んできた乾いた風に頁を捲られ、中禅寺はいかにも不機嫌そうな顔をしている。

「待ってもいないし、そもそも呼んでもいないんだがね」
「うわっ、榎木津さん。今日は朝からお出かけだったんじゃないんですか?」
「む、そこにいるのはカマオロカだな」
「僕が呼んだんだよ」

本屋がカマに何の用事がある、と言いながら榎木津は座布団にどかりと腰掛けた。この座布団は益田がさっと置いておいたもので、中禅寺も「すっかり下僕が板について」とさも残念そうに首を振る。
本に囲まれた部屋の中で、3人が囲んでいる卓。常と違う箇所があるとすれば、中央に置かれた銀の箱だった。横文字でなにやらずらずらと書いてある、どうも菓子箱のようだ。

「洋菓子ですか?中禅寺さんのイメェジとちょっと違いますね」
「チョコレートだ。千鶴子が銀座で買ってきたんだよ。珍しいと言ってね」
「チョコレートって進駐軍が子供に撒いてたやつでしょ?随分出世したもんですねェ」

生憎僕はこう言ったものは食べないので、益田君に取りに来て貰ったんだ。薔薇十字探偵社ならば、ここよりは人の出入りがあるし、茶請けにでもしてくれるかと思ってね。そう言いおいて、中禅寺は茶を啜った。榎木津も、益田の前に置いてあった湯飲みを一気飲みしている。あああ、と情けない声がした。

「まぁそういうことだ益田君、持ち帰ってくれ。そこの探偵もついでに頼む」
「食べるぞ!」
「えっもう食べるんですか!? …ああ、もう開けちゃってますね」

遠慮も会釈もなくバリバリ開けられた箱の中には、見るも麗しいチョコレート達が鎮座している。褐色の表面は上品に照り輝き、口に入れる前からその口どけを想像させた。顔を寄せると甘い香りに交じって心なしか芳醇な洋酒の香りもするようだ。これを土産に選んだ千鶴子のセンスは素晴らしいが、唯一残念なことがあるとすれば、受取人にはやはりあまり似合っていない。
宝石でも見るかのようにぼんやりと見惚れていた益田だったが、視界に白い手が侵入してきたことで我に返った。
白い手―――榎木津は無造作に一粒つまみあげて、掌に乗せてちょっと弄んだ後一口でぱくりと食べてしまった。

「甘ァーーーーい!! うはははは、甘いぞ!とても甘い!あとちょっと苦い!」
「知ってるよ。君にとってはチョコレートなど珍しいものでもないんじゃないか」
「珍しいか珍しくないかはどうでもいい、大事なのはこれが甘いか!そして美味しいかだ!うん、これはなかなか美味しいぞ、さすが千鶴子さんだ」
「別にあれが創った訳でもないがね。…益田君、君も食べるといい。呆けていると、これが全部食べてしまうぞ」

ああ、はい、いただきます…益田も指先で一つ拾い上げて、口に入れてみる。やはり甘い。舌で頬の内側に押し付けると、あっけなく溶けて行く。口内でコロコロ転がすたびに、八重歯を掠めた。

「…益田君」
「…ああはい、わかってます。見えてます」

2人が見ているのは、目を輝かせて楽しげにチョコレートを口に運び続けている榎木津だった。
この色の濃いやつはちょっと苦いんだ、とか、これは中に酒が入っていて噛むと飛び出してくるぞ、とか言っているのは結構だが、その口の周りは茶色く汚れている。どんな食べ方をすればこうなるのか。
子供ならば微笑ましい光景だが、榎木津はいくら美形とはいえ三十路もいいところの、益田に言わせればおじさんだ。それが口と言わず頬と言わずにチョコレートを付けたままはしゃいでいるのである。あまり目に優しい景色ではない。
眉を顰めた中禅寺が無言で顎をしゃくっている。益田は榎木津に声をかけた。

「あのう榎木津さん、僭越なんですが。口の周り、ついてますよ」
「ん、どのへんだ」
「いやもうどのへんだっていう域じゃなくてですね」

舌で口の周りを舐めているが、だからどうなるもんでもない。まだるっこしいと袖で口を拭おうとしていたので、益田は慌てた。今日榎木津は白い服を着ている。チョコレートでどろどろの服を着せて帰ったら、また和寅に怒られる。想像しただけで溜息も出ようというものだ。

「ああもう、ちょっと待ってください。僕が取りますから」

スラックスのポケットから青いハンケチーフを取り出し、榎木津の口元を拭ってやる。
拭かれている間なにやらむーむー言っている様子は本当に子供のようで、益田はくつくつと笑った。
すっかり綺麗になったのを見て、やっと榎木津を開放する。何事もなかったかのように菓子に喰らいつく探偵を見てやり遂げた気分になっている益田を突き刺したのは、信じられないものを見るような中禅寺の視線だった。

「なんですか、中禅寺さん?どうです、綺麗になりましたよ。どうもうちの探偵がお見苦しいところをお見せしまして、なんて言っちゃって僭越でしたかね」
「いや榎木津が見苦しいのは今に始まったことではないがね、益田君」
「はい」
「下僕が板につくのは君の勝手だが、人前ではどうかと思うよ」

…何がだろう。

京極堂の座敷にはしばらく榎木津がチョコレートを噛む租借音ばかりが聞こえていたが、やがて益田の深い深い溜息とも嘆きの叫びともつかない声が響いた。なんなら、がっくり、という音もしたかもしれない。
子供のような男が口の周りをべたべたに汚しているのと、その口元を甲斐甲斐しく拭ってやる男。客観的に見て、どちらも尋常ではない。
そもそも益田に言わせれば、ハンカチで口を拭ってやるのは女の子であるべきなのだ。たとえば敦子のような可愛らしい女子が、「もう龍一君、だらしないんだから」とかなんとか言いながらやってくれるべきなのだ。そのハンカチは薄いピンクのレースがあしらわれていれば言うことはない。
状況設定嗜好の妄想か、年頃の男子の年相応の夢かは難しいところだが、とにかく益田は沈んでいた。
とほほほほ、とでも言いたげに落ち込んでいる益田の横顔を、じっと見つめるものがあった。

「…なんだマスヤマめ、お前もぼくのことを言えないじゃないか」
「なんですか榎木津さん、僕ぁ自分の存在理由について考えを巡らせているところなんですよ、チョコレートは僕の分まで食べていいですから」
「お前もついているぞ、そら、口の端のところだ」
「え、そうですか」

唇の右端に指を触れさせるや否や、いきなり顎をとられ、ごきりと音がしそうなほど首を捻られた。

「痛ッ!首の筋が!」
「そっちじゃない!こっち」

ぺろり。
唇に触れるか触れないかの辺りを、桃色の舌が掠めた。

「あっ広がった。まぁいいか」

ぱっと顎を離された益田は、そのままの勢いで背中から倒れこみ、書棚にぶつかった。
積み上げられた古書がばらばらと益田の上に降り注ぎ、中禅寺は「迷惑だなぁ」と言っている。

迷惑?何がだろうか?
本の山を崩したことがか?それもきっとあるけれど。

うわ、うわ、うわ ああああ 。

起き上がってこない益田の顔を、榎木津が見下ろす。一点の汚れもない白いシャツの襟元が、妙にまぶしい。

「なんだ顔が真っ赤じゃないか。チョコレートの食べすぎだな?鼻血が出るんじゃないか。おい本屋、鼻紙」

鼻血も出るかもしれません。
立ち上がれないまま見上げた拝み屋は、なんだかやけに大きく見えた。

「益田君、聞こえているか?
今さら言っても仕方ないかもしれないが、チョコレートは古来媚薬としての効力もあったというぞ。
まぁ精々頑張ってくれたまえ。無論、うち以外の場所で」


――――
チョコレート?チョコレイト?チョコレエト?
バレンタインは昭和30年代まで一般庶民には知られていなかったそうですが、きっと中禅寺ならなんとかしてくれる。


 

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2009/02/14 22:58 | Comments(0) | TrackBack() | 益田
2.徐々に感化されている気が

鳥益事後描写ご注意。
 


2009/02/14 01:14 | Comments(0) | TrackBack() | 益田
1.分かろうと努力はしているんです

「退屈だッ!」

はぁ、またですか。益田はガックリと肩を落とす。
手元の書類に、仁王立ちになった男の影がかかっている。
影はそのまま手を伸ばし、書類をサッと取り上げた。

「ちまちまちまちまそんなもん書いて、なんなんだ」
「依頼人に渡す資料ですよ資料、これが揃ってないとお金もらえませんもん。わっちょっと、返してくださいって」
「おお面白くない、内容も面白くないがお前も面白くないぞ、マスヤマ」
「仕事なんですから面白さを求めてもしょうがないでしょう」

榎木津がぽいと投げ捨てた紙片を、床に落ちる前に慌てて受け止める。
丁度その時、室内に和寅が入ってきた。飲み終わったカップを下げに来たのだろう。

「あっホラ和寅さんですよ、和寅さんに遊んでもらってくださいよ」
「何を言ってるんだ益田君、先生のお守りは君の仕事だろう」
「僕の仕事はこっちですって!探偵助手として迷える依頼人に将来のための指標をですねぇ」
「そんなものは探偵の仕事じゃないぞマスオロカ!探偵は神なのだから、そんなよその家の惚れた腫れたを調べ回るようなことはしなァい。それはお前が勝手にやっていることなんだから、趣味の領分だろう。ちまちまちまちまコソコソコソコソ、このネズミオロカ!」

背中を押されて、益田はソファーからごろんと転げ落ちた。
転がった転がった、面白い。ずいずいずっころばしだと榎木津は笑っている。ずいずいずっころばしで転ぶのは鼠ではなく茶壷ではなかったか。神からすれば、鼠も茶壷も探偵助手も似たようなものだ。
ぱたぱたと腿を叩いて埃を払いながら、やれやれと顔を上げた。

「わかりました、わかりましたよ榎木津さん、何して遊びましょうか」
「勘違いするなネズミめ、別に僕が遊びたいわけじゃないぞ」

榎木津は眉間に思いっきり皺を寄せている。

「下僕が退屈そうにしていたから労ってやろうと思ったのに、お前は本当にぼくのココロがわかってないな」
「え、だって榎木津さん『退屈だッ!』って言ってたじゃないですか」
「そうだ。だから退屈しのぎにマスヤマとでも遊んでやるのだ。そうでもなきゃ神の時間をお前などに使うか」

喜んでいいのか、傷つくところなのか。
とりあえず肩を下げたままへらっと笑った自分を、榎木津の肩の向こうで和寅もくつくつと笑いながら見ている。

「希臘の神話では、神を労うためには美女の踊りと酒だと相場が決まっている!美女はいないから、千歩妥協してカマ踊りで我慢してやろう!おい寅、酒!」
「合点」

ご苦労だね益田君、せめてこれを貸してやろうと和寅から手渡されたのはお盆と前掛け。これをどうしろって言うんですか。身に着けて踊れって言うんですか。
はーやーく、はーやーくー、と探偵机に腰掛けた神が脚をぶらぶらさせてお待ちかねだった。


浮気調査の結果を聞きにきた依頼人が見たものは、
妻の浮気の証拠よりも余程衝撃的な宴だったことを追記しておく。


――――
今日も平和だ薔薇十字。


 


2009/02/13 13:39 | Comments(0) | TrackBack() | 益田
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京極夏彦作品プチオンリー「百怪繚乱!」様

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2009/02/12 19:50 | Comments(0) | TrackBack() | ブックマーク
5.貴方の幸せを守りたいのです

まだ明けきらぬ朝方に、薔薇十字探偵社の鍵がそっと回る音がした。

「榎木津さん…?」

ベルの音が鳴らないように、益田は極力そっと事務所のドアを開ける。
ソファーの背の向こうから、にょっきりと脚が飛び出していた。眠っているのだろうか。
そぉっと様子を伺うと、榎木津は目を覚ましていた。
朝日に染まった瞳で見上げてくるその姿は、青と白のボーダーライン。

「…なんだ、マスヤマか」

むくりと起き上がった顔がますます白くて驚いた。きっとあまり眠っていない。
生き人形のような顔に、心なしか疲れたように前髪がばらばらとかかっていた。

「なんだこんな夜中に。菓子ならないぞ、ぼくが夜中に全部食べた」
「菓子はいいですよ、その、榎木津さん」

だいじょうぶですか、と言おうとして口を噤んだ。あまりにも相応しくない。
元気を出してください。そんな姿はあなたには似合いません。色々な言葉が現れては、消えていく。生半可ななぐさめもはげましも、この人には相応しくない。僕がかけるべき言葉ではない。
視線を彷徨わせる益田に、榎木津が声をかける。

「なんだマスヤマ、ぼくに会いたくて来たんじゃないのか?」
「あっ、そ、そうです。榎木津さんに会いたくて」

ウソは言っていない。
夕べはずっと、榎木津が呼んだ自分の名前のことを考えていた。
一瞬にして空気に溶けて消えたそれは、空耳かとも思った。
けれどその瞬間のことを思い出すたび、心臓が跳ね上がって眠れなかったのだ。
珍しく「まとも」だった彼のことを思い出す。
いてもたってもいられなくなり、下宿を飛び出した。電車は動いていないので、線路伝いに歩いてきた。
ふぅん、とどうでもいいような返事を返して、榎木津はソファーに座りなおす。

「はるばる来たのか、オロカモノめ」
「ええ、もう脚がパンパンで」

榎木津が見上げてくるので、きっと席を空けてくれたのだろうと思い、恐る恐る半分のソファーに腰掛けた。
朝陽に包まれる事務所が眩しくて、目を開けていられない。
瞼をしょぼしょぼさせながら、益田は榎木津の方を見ないまま話しかけた。

「榎木津さん、人を好きになるっていうのは、怖いもんですね」

今回の事件の連鎖を思い出す。
いくつもの運命が狂った。人が人を好きになったばかりに。
益田にも、恋でもなんでも、好意はみんな幸せに繋がると信じていた時があったのだ。もう遠い昔のことだけれど。
そんな甘い夢のようなことを信じていられたら、どんなにか良かったろうか。

「教えてください、榎木津さん。人を好きになるのは、幸せなことじゃないんですか?」

僭越な質問だと思った。けれど、聞かずにはいられなかった。
榎木津は一瞬眉を顰め、何を思ったか益田の膝の上に倒れこんだ。
うわわわわ、と動揺する益田に、榎木津は一喝した。

「ぼくは寝るんだ!枕は黙っていろ!」
「ま、枕って」
「随分堅い枕だなぁ、もっと太れ。そうするべきだ」
「無茶苦茶言わないでくださいよ」
「はい、黙る!」

事務所の大きな窓から朝日がどんどん入り込んでくる。
夜明けって意外と早いよな、とぼんやりしている益田に、榎木津の「寝言」が聞こえてきた。

「ぼくは何かを好きになって後悔したことはいっぺんもないよ」
「ないですか」
「ないとも。嫌いなものは見ていても楽しくないし、つまらない。ほんとに好きなものはちょっとでいいんだ」

いつまでも好きでいられるものだけ傍においておきたい。榎木津はそう言った。
益田は榎木津の頭を撫でたくなったが、元通り手を横に下ろした。
僕は、いつまでこの人の傍にいられるんだろう。
昇った朝日がやがて沈むように、いつかは僕もここにいられなくなるんだろうか。
涙をこぼしたら榎木津が濡れてしまうので精一杯飲み込んで、誤魔化す様に喋る。

「榎木津さぁん、幸せですかぁ?」
「ぼくはいつでも幸せだ!神が幸せな世の中はいい世の中だ、そうだろう?」

益田は安堵した。
榎木津は嘘をつかないから、きっと本当に幸せなのだろう。
夜明けの清廉さに当てられたのか、この人の幸せを守るためなら、自分は何でも出来ると柄にもないことを思う。

「僕ぁだめです、苦しいばっかりですよ」

榎木津の一挙手一投足に振り回される。
初めて出会った時から、益田の心臓は彼に持って行かれてしまったのだ。
榎木津がちょっと力を込めれば、たやすく全てを終わらせられる。
捨てられる痛みと、苦しみと、神の手に包み込まれる多幸感の中で消えていく自分を想像する。
遠くを見ている益田の横顔を見ながら、童子のようにきょとんとしていた榎木津が、唇の端をにまりと持ち上げた。

「ふふ」

榎木津の指が、益田の髪をなぞる。

「ばかだなぁ、マスヤマは」
「ば、ばかですか」
「ばかだよ」

ゆっくりと身を起こした榎木津の髪がきらきらと輝く。
睫が触れそうな距離で、珍しく囁いた。

「お前がぼくといて、幸せでないはずがないだろう」


 

お題提供:『ペトルーシュカ』様
 

――――
邪魅って本当にいいものですね…。

 


2009/02/12 18:58 | Comments(0) | TrackBack() | 益田

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