「退屈だッ!」
はぁ、またですか。益田はガックリと肩を落とす。
手元の書類に、仁王立ちになった男の影がかかっている。
影はそのまま手を伸ばし、書類をサッと取り上げた。
「ちまちまちまちまそんなもん書いて、なんなんだ」
「依頼人に渡す資料ですよ資料、これが揃ってないとお金もらえませんもん。わっちょっと、返してくださいって」
「おお面白くない、内容も面白くないがお前も面白くないぞ、マスヤマ」
「仕事なんですから面白さを求めてもしょうがないでしょう」
榎木津がぽいと投げ捨てた紙片を、床に落ちる前に慌てて受け止める。
丁度その時、室内に和寅が入ってきた。飲み終わったカップを下げに来たのだろう。
「あっホラ和寅さんですよ、和寅さんに遊んでもらってくださいよ」
「何を言ってるんだ益田君、先生のお守りは君の仕事だろう」
「僕の仕事はこっちですって!探偵助手として迷える依頼人に将来のための指標をですねぇ」
「そんなものは探偵の仕事じゃないぞマスオロカ!探偵は神なのだから、そんなよその家の惚れた腫れたを調べ回るようなことはしなァい。それはお前が勝手にやっていることなんだから、趣味の領分だろう。ちまちまちまちまコソコソコソコソ、このネズミオロカ!」
背中を押されて、益田はソファーからごろんと転げ落ちた。
転がった転がった、面白い。ずいずいずっころばしだと榎木津は笑っている。ずいずいずっころばしで転ぶのは鼠ではなく茶壷ではなかったか。神からすれば、鼠も茶壷も探偵助手も似たようなものだ。
ぱたぱたと腿を叩いて埃を払いながら、やれやれと顔を上げた。
「わかりました、わかりましたよ榎木津さん、何して遊びましょうか」
「勘違いするなネズミめ、別に僕が遊びたいわけじゃないぞ」
榎木津は眉間に思いっきり皺を寄せている。
「下僕が退屈そうにしていたから労ってやろうと思ったのに、お前は本当にぼくのココロがわかってないな」
「え、だって榎木津さん『退屈だッ!』って言ってたじゃないですか」
「そうだ。だから退屈しのぎにマスヤマとでも遊んでやるのだ。そうでもなきゃ神の時間をお前などに使うか」
喜んでいいのか、傷つくところなのか。
とりあえず肩を下げたままへらっと笑った自分を、榎木津の肩の向こうで和寅もくつくつと笑いながら見ている。
「希臘の神話では、神を労うためには美女の踊りと酒だと相場が決まっている!美女はいないから、千歩妥協してカマ踊りで我慢してやろう!おい寅、酒!」
「合点」
ご苦労だね益田君、せめてこれを貸してやろうと和寅から手渡されたのはお盆と前掛け。これをどうしろって言うんですか。身に着けて踊れって言うんですか。
はーやーく、はーやーくー、と探偵机に腰掛けた神が脚をぶらぶらさせてお待ちかねだった。
浮気調査の結果を聞きにきた依頼人が見たものは、
妻の浮気の証拠よりも余程衝撃的な宴だったことを追記しておく。
――――
今日も平和だ薔薇十字。