街が眠りに就き、夜の帳が榎木津ビルヂングを覆う頃。
営業を終えた薔薇十字探偵社には、3つの人の気配がある。
1つはもう眠りについた和寅。
あと2つは、神の寝室にあった。同じ寝台の上にいる、榎木津と益田のものだ。
見詰め合う2人の肢体を、カーテンの隙間から漏れる月光が照らしている。
シチュエーションこそ立派だが、そこには色気も素っ気もなく、ただ妙にピリピリした空気が流れていた。
暗がりの中でもなお強い榎木津の両目が、益田に突き刺さる。
「いやですから、榎木津さんのお好きな方でお願いしますって」
「その『お願いします』って言うのはなんだ!ぼくはお前にお願いされて寝ようっていうわけじゃないぞ」
「そうは言いますけど、僕ぁそういう艶っぽい事は不得手なんですよぅ」
生々しくて、と言って益田は目を逸らした。
常日頃自称する通り、出来れば表層に流されるまま生きていきたい性質の益田だ。それは色事においても同じことだったらしく、実際これまでも榎木津の気分次第で浚われるようにして嵐の夜を過ごしたこともある。
ところが今夜は常と違っていた。寝室に引き込まれたまでは良かった――というのもおかしな話だが、榎木津はこう言い放ったのである。
「僕に挿れるのと僕が挿れるのと、どっちがいいんだ」 と。
益田が煮えきらずうーとかあーとか言っている間にも、時は過ぎて行く。
榎木津の苛立ちが座っている益田にまで伝わってきて、ますます焦るばかりで考えがまとまらない。冷や汗が背中を伝い、いっそ溶けて消えてしまえば考えなくて済むかと思う。鬱病の小説家のことが頭を過ぎった。
その瞬間、榎木津の眉がぴくりと動くのを見た。苛立ちが怒りに変わっている。
「なんでサルのことなんか考えてるんだ!」
「い、いや違います!決して違います!」
「したいのかしたくないのか、どっちだ!」
「そりゃしたいですよ!」
売り言葉に買い言葉で、とんでもないことを言ってしまった。益田の頬に血が昇る。
白いシャツ一枚羽織ったきりの裸の胸が眩しい。
あの肌に指を沿わせれば普段騒がしいばかりの彼が耳に心地よい声で鳴くことも、榎木津のものを身の内に受け入れ揺さぶられ、腹に擦れた屹立が齎す快感も知っているだけに、益田は泣きそうな顔になった。
そんな益田と対照的に、榎木津はにこりと微笑む。寒風吹き荒ぶ北の大地から急に陽だまりに放り出されたようで、益田は逆に面食らってしまう。
「そっか、ぼくもしたい」
だから早く決めな、と促された。
先程までとは違った意味で、益田は涙が出そうになった。
榎木津の意図こそ解らないが、現に彼はこうして自分の答えを待ってくれている。自惚れてもいいのだろうか。自分は少なくとも彼に望まれている、と思ってもいいのだろうか。
益田は毅然と目を上げて、口を開く。
「……榎木津さんの、お好きな方で……」
雷のような怒号で和寅が目を覚ましてしまったため、議論は次回に持ち越されることになった。
――――
好きなのでどちら側でもいい。
とはいえ同時間軸の完全リバーシブルは読み手を選ぶ気が…吃驚した方いらしたらスミマセン。