酒場から駅までの道を避け、2人で畦道を歩く。
星が綺麗だから少し遠回りしよう、と言って益田を誘い出したのは鳥口だった。夜気が火照った頬に心地よい。街から離れるほど、星は多く明るく見えた。
「綺麗ですねぇ。鳥口君写真機持ってくれば良かったのに」
「いいのいいの。今益田君と見てるから意味があるんすよ」
もう上手いんだから、と言ってケケケと笑う益田はほろ酔いで上機嫌だ。かく言う鳥口の足元も少し浮遊感を伴っている。少々飲みすぎたようだ。喧騒も遠く、会話の合間に靴の裏が土を踏みしめる音がする。酔っているので軽口は機嫌よく続いたが、やがてそれも終わり、しんとした沈黙が2人を包んだ。
手持ちぶさたに見上げた夜空は、やはり星が降るほどに輝いている。
「…流れ星に願い事3回言うと叶うって言いますよねェ」
「言います言います。でもありゃ駄目ですよ、僕ぁもっとキラキラーってゆっくり流れるもんだと思ってたんですけど、実際見たら一瞬ですよ」
スッと夜空を切り裂くような光の線は、あっと思う間もなく消えてしまい、幼い時はそれは落胆したものだった。この年になるとゆっくり夜空を見上げるなんていうこともない。それを寂しく思った鳥口は、益田に提案した。
「どうすか、流れ星探してみませんか」
「なんですか藪から棒に!第一そんなすぐ見つからないですよ、朝になっちゃいます」
「いやぁこんなに星があることだし、こうして背中を合わせて見張っていれば1つくらいは見つかるかも」
遠くに黒山のようになった森がある以外は辺り一面ほとんど田んぼで、夜空が覆いかぶさってくるようだ。
半ば無理やりに益田の背中と自分の背中を合わせると、やめてくださいよぅ鳥口君と笑う益田が身を捩る。
暗がりの中で男2人がきゃあきゃあとはしゃぎまわっているのは、相当の奇態だ。これだから酔っ払いは仕方ない。
小走りで逃げ出した益田を、鳥口が追いかける。やがて2人の歩幅は狭まり、てくてくと歩くようになった。
「見つかったとしたって、あっ鳥口君流れ星ですよさぁ願い事をどうぞとか言っている間に消えちゃいますからね」
「いやぁ益田君が見つけたぶんは益田君の権利でしょう」
「僕はいいですよ、そんな願いたい事もないですし」
願いたい事がない?鳥口は首を傾げる。
戯れに指折り数えながら、願い事について考えてみた。
「またまたァ。色々あるじゃないですか。旨いものを腹一杯食べたいとか」
「それは鳥口君のお願いでしょう。あんなに食べてよく旨いもののことが考えられますねぇ」
「旨い酒が飲みたいとか、いい暮らしがしたいとか」
「僕ぁ小市民ですからねぇ、なんだかんだ言って身の丈にあった生活が一番ですよ」
「想い人に振り向いてほしいとか」
そう言って指を折った時、あ、と思った。
益田は一瞬足を止めたが、すぐに元通り歩き出す。
彼が腕を振るたびに、星空の下で蒼く見えるシャツの背中から尖った肩甲骨が浮き出している。
「…駄目ですよぉ」
夜空よりなお黒い彼の髪が、月明かりを受けて輪を作る。
「言葉は口に出すと力を持つんです。だから言っちゃいけないんです」
いけないんでーす、と歌うように言う彼の表情は、背中からではわからない。
どちらにしても、彼の笑顔は時々諦めたように見えるので、鳥口には益田の心情を量りうることは出来なかった。
前を行く益田の輪郭がうすぼんやりと形を失うように見えて、気づかれないようそっと目を擦る。
「あっ、駅が見えてきましたよ」
街灯のために周りは明るくなり、星の数は減っていく。
鳥口は少しだけ歩幅をゆるめたが、益田がどんどん遠くに行ってしまうので、結局小走りで追いかけた。
願うことすら許されない願いを持つのは、彼だけではない。万が一にも叶わないと知っていても、叶うことをどこかで望みながらも、両手で握って押し殺す。膨らみつづける心の声を、それより強い力で押さえつけて、いつか消えてしまうことを待ちながら。
相反する願いを抱えるその両手は、皮肉にも神に祈る姿によく似ている。
「鳥口君早く、電車行っちゃいますよ」
「うへぇぇ、待ってくださいって」
それでも。
彼の声が神様に届くことを、鳥口は願わずにはいられないのだ。
――――
久々に薔薇十字恋愛部。なんという乙女鳥口!
星が綺麗だから少し遠回りしよう、と言って益田を誘い出したのは鳥口だった。夜気が火照った頬に心地よい。街から離れるほど、星は多く明るく見えた。
「綺麗ですねぇ。鳥口君写真機持ってくれば良かったのに」
「いいのいいの。今益田君と見てるから意味があるんすよ」
もう上手いんだから、と言ってケケケと笑う益田はほろ酔いで上機嫌だ。かく言う鳥口の足元も少し浮遊感を伴っている。少々飲みすぎたようだ。喧騒も遠く、会話の合間に靴の裏が土を踏みしめる音がする。酔っているので軽口は機嫌よく続いたが、やがてそれも終わり、しんとした沈黙が2人を包んだ。
手持ちぶさたに見上げた夜空は、やはり星が降るほどに輝いている。
「…流れ星に願い事3回言うと叶うって言いますよねェ」
「言います言います。でもありゃ駄目ですよ、僕ぁもっとキラキラーってゆっくり流れるもんだと思ってたんですけど、実際見たら一瞬ですよ」
スッと夜空を切り裂くような光の線は、あっと思う間もなく消えてしまい、幼い時はそれは落胆したものだった。この年になるとゆっくり夜空を見上げるなんていうこともない。それを寂しく思った鳥口は、益田に提案した。
「どうすか、流れ星探してみませんか」
「なんですか藪から棒に!第一そんなすぐ見つからないですよ、朝になっちゃいます」
「いやぁこんなに星があることだし、こうして背中を合わせて見張っていれば1つくらいは見つかるかも」
遠くに黒山のようになった森がある以外は辺り一面ほとんど田んぼで、夜空が覆いかぶさってくるようだ。
半ば無理やりに益田の背中と自分の背中を合わせると、やめてくださいよぅ鳥口君と笑う益田が身を捩る。
暗がりの中で男2人がきゃあきゃあとはしゃぎまわっているのは、相当の奇態だ。これだから酔っ払いは仕方ない。
小走りで逃げ出した益田を、鳥口が追いかける。やがて2人の歩幅は狭まり、てくてくと歩くようになった。
「見つかったとしたって、あっ鳥口君流れ星ですよさぁ願い事をどうぞとか言っている間に消えちゃいますからね」
「いやぁ益田君が見つけたぶんは益田君の権利でしょう」
「僕はいいですよ、そんな願いたい事もないですし」
願いたい事がない?鳥口は首を傾げる。
戯れに指折り数えながら、願い事について考えてみた。
「またまたァ。色々あるじゃないですか。旨いものを腹一杯食べたいとか」
「それは鳥口君のお願いでしょう。あんなに食べてよく旨いもののことが考えられますねぇ」
「旨い酒が飲みたいとか、いい暮らしがしたいとか」
「僕ぁ小市民ですからねぇ、なんだかんだ言って身の丈にあった生活が一番ですよ」
「想い人に振り向いてほしいとか」
そう言って指を折った時、あ、と思った。
益田は一瞬足を止めたが、すぐに元通り歩き出す。
彼が腕を振るたびに、星空の下で蒼く見えるシャツの背中から尖った肩甲骨が浮き出している。
「…駄目ですよぉ」
夜空よりなお黒い彼の髪が、月明かりを受けて輪を作る。
「言葉は口に出すと力を持つんです。だから言っちゃいけないんです」
いけないんでーす、と歌うように言う彼の表情は、背中からではわからない。
どちらにしても、彼の笑顔は時々諦めたように見えるので、鳥口には益田の心情を量りうることは出来なかった。
前を行く益田の輪郭がうすぼんやりと形を失うように見えて、気づかれないようそっと目を擦る。
「あっ、駅が見えてきましたよ」
街灯のために周りは明るくなり、星の数は減っていく。
鳥口は少しだけ歩幅をゆるめたが、益田がどんどん遠くに行ってしまうので、結局小走りで追いかけた。
願うことすら許されない願いを持つのは、彼だけではない。万が一にも叶わないと知っていても、叶うことをどこかで望みながらも、両手で握って押し殺す。膨らみつづける心の声を、それより強い力で押さえつけて、いつか消えてしまうことを待ちながら。
相反する願いを抱えるその両手は、皮肉にも神に祈る姿によく似ている。
「鳥口君早く、電車行っちゃいますよ」
「うへぇぇ、待ってくださいって」
それでも。
彼の声が神様に届くことを、鳥口は願わずにはいられないのだ。
――――
久々に薔薇十字恋愛部。なんという乙女鳥口!
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