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2024/11/23 03:32 |
かりそめ玉座
榎木津×益田の性描写を含みます。苦手な方はご注意ください。




裸足の爪先が床を踏み、散乱する衣服の残骸を避けながらぺたぺたと窓辺に進む。一点の曇りも無く透明な窓硝子は、朝焼けを透かして心なしか薄紫だ。この窓を開けば、直ぐにでも冷たく清廉な朝の空気が飛び込んでくるだろう。
しかし益田は其れをせず、温くかつ湿ったような室温を纏ったまま、指先で窓枠を撫でていた。長い指から続く手の甲には呆気無いまでに細い中手骨が浮かび、剥き出しの腕は血の気が失せているのかと思うまでに白い。裸の肩に外套のように羽織った綿のシーツは、朝焼けの色そのままに染まっている。
澄み切った硝子に映りこむ自分の瞳ばかりが酷く濁っていると思い、益田は頭を振った。長い前髪がばさりと顔の前に落ちて、頬骨の辺りがこそばゆい。
前髪を耳に掛ける振りをしてちらりと伺った寝台の上では、榎木津がすやすやと眠っている。一人で眠るには広すぎる寝台には大きな羽枕が2つ置いてあった。一つは榎木津が頭の下に敷いており、もう一つは彼が抱き締めている。成熟した肉体に似合わぬ子どものような所作だが、同時に、此処にお前の居場所は無いと云われているようでもあった。一杯に膨らんだ枕に埋まる寝顔の無防備さを知ったのは、果たしていつの頃であっただろうか。
もう前夜の嬌態を思い浮かべる事すら、恥とも思わなくなってしまった。前夜の夕食の献立と同じ程度の気安さで、益田の背は寝床の柔らかさとシーツの冷たさを思い出す事が出来る。
覆い被さる榎木津の首に、縋る素振りで腕を回した。降り注ぐ揶揄の言葉は、嫌嫌と首を振って打ち払った。榎木津の言葉は全て否定しながら、内から沸きあがる衝動を涙声に乗せて懇願した―――して見せた。
堪え性の無い益田の望みは、その都度揶揄される事はあれど最終的には全て叶えられるのだ。焦らされる場合もあったが、それこそ益田本人が内心望んでいた事なのである。どちらにしても、益田はただ与えられる行為を受け入れているだけだ。
益田はベットヘッドに肘を掛けて、榎木津の寝顔を見下ろす。自分の形をした影法師が白い寝姿に被さった。

(なんだかんだで、この人は優しい)

榎木津は昼も夜も、いつだって強引な男である。だがその実、益田が心から忌避するような、例えば暴力じみた性行為に及んだ事は一度として無かった。益田の体が不慣れであるが故に相応の痛みを伴う場合もあったが―――本気で益田の血を見る事が目的だったとは思えない。益田が痛みや不快を訴える時も、榎木津は本当に嫌がっているのか、言葉遊びの一種なのかをその都度見抜いて来るのである。後者の場合はやはりからかいを交えた笑顔で応えるし、前者の場合は造り物めいた美貌を一瞬歪める。自分の何処かしらが痛みを訴えているとでも云うように。
この世の誰よりも高い位置に君臨する神が、詰まらない下僕ひとりに手加減をしているのだと思うと口元に酷薄な笑みすら昇ってくる。込み上げる笑いを堪えながら腕を伸ばして、柔らかな栗色の髪をくるくると弄んだ。鳶色の瞳は今や薄い瞼の下に閉ざされている。こう云う時の益田は、いつも少しだけ強気だ。

「榎木津さんが悪いんですよぅ、僕なんか甘やかしたりするから」

鞭の痛みは忘れるが、飴の甘さは覚えこんでしまった。
益田は自分が圧倒的に弱者であると自覚していたが、同時に榎木津という強者によって傷つけられる事も無いと云う事も知ってしまっている。祭壇に身を差し出された羊の真似をして、必要以上に弱い振りをして強請るだけで、此方は何もせずとも奉仕が受けられるとは、これ程簡単な事が他にあるか。銀の盆に盛り付けられた葡萄の実を、一つ一つ口に運ばれるような悦楽。
と、一条の光が益田を射抜き、眩しさに目を細めた。大分太陽が昇り始めたようだ。益田は眉を顰め、別珍のカーテンを力任せに引いた。カーテンレールがじゃっと音を立て、寝室は再び偽りの夜に包まれる。だがもう間も無く誤魔化しきれない明るさがこの部屋にも忍び込んでくるだろう。時間が無い。
肩に掛けていたシーツを寝台の足元に丸めて置き、脱ぎ散らかされた衣服を身に付けた。何処からどう見ても
何の変哲も無い探偵助手だ。きっと直ぐにでも彼の無体に困らされている人間達に紛れ込んでしまえる。弱者の仮面を被るのは得意だ。
ドアノブに手を掛けてそっと開けば、遮光の無い事務所は既に明るかった。扉の隙間から入り込んだ薄い光が一本の道となって、眠っている榎木津の輪郭を照らす。益田は何となく其れを目で追った。寝息に合わせて、布団が上下している。

「…」

益田はドアを少し開いたままで寝台に近寄っていった。視線だけで見下ろした榎木津の横顔は相変わらず綺麗だ。何の憂いも無い。きっと彼は天に恥じる点などひとつとして無いに違いない。神の奉仕を受けていると云う優越感、背徳感など、彼にかかれば何の事は無いのだろう。
いつからこうなってしまったのか。榎木津に腕を引かれ、この寝台に投げ落とされた夜からか。益田の身体が慣れてしまう前に止めておくべきだったのか。それとももっと前に―――いずれにせよ、時を巻き戻す事などいかなる神にも出来はしない。光の中で、塵がキラキラと舞っている。

(ねぇ、榎木津さん)

天の星を強請るよりもずっと簡単で、尚且つ遥かに難しい。
真摯であり傲慢な願いは幾つもの矛盾を孕んで、明け方の寝室に積もっていく。

(榎木津さん、僕ぁ)

張り子の王冠が落ちぬよう、益田は顔を上げたままでほろほろと泣いた。

(僕ぁ―――貴方の心こそ欲しかったのです)

直ぐ其処に見えているのに、決して差し出される事の無いもの。
彼がまだただの下僕であった頃に、そうしなかったのと同じように。



―――
無記名でのリクエスト「女王様益田と下僕な榎木津の榎益」でした。ありがとうございました。
難しかったですが、お陰様で新たな切り口で書けたような気がします。



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2009/07/04 21:07 | Comments(0) | TrackBack() | 益田

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