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2024/11/23 04:05 |
7.誰より美しかった魔女
「逃げないな」

痩せた体躯を寝台に縫い止めたまま、榎木津がぽつりと呟いた。
掴んだ両の手首も、未だ自由な両足も、じっと動かない。俎上の鯉とは云うが、これでは死んだ魚も同然だ。
鱗のような鈍い光を宿した瞳が揺れる。

「逃げたって、どうもならないでしょうに…」

ふっと伏せられた視線を追って、榎木津は鼻を鳴らす。逃げてみたことも無い癖に。
生意気だ、と呟いて、襟元から伸びる生白い首に歯を立てた。ようやく益田の体が弾み、僅かに気を良くする。とは言え、無抵抗を気取っている態度が気に食わない。かっちり着込んだベストや肩口で袖を止めているバンドは無視し、いきなりズボンを引き抜いた。曲線に乏しい、云ってしまえば棒切れの様な両脚が顕わになる。足の甲に浮き出た骨はいかにも細く、榎木津がその気になれば容易く砕いてしまえそうだった。けれどそうする必要も無い程に、下僕は薙いだシーツの波に伸びたままだ。

よくもこんな脚で此処まで来られたものだと思う。
2本の脚の他にも、彼を支えている軸が何処かにきっとある筈なのに。
ほぼ失った視界の代わりに、良く視えるようになった記憶野の世界を覗き込む。こんなものでは視えはしないのだと、薄々気づいてはいたけれど。

(僕が居るな)

雪原に立つ、栗色の髪。
手を伸ばせば触れられそうな程近くに視える世界に飛び込んで、新雪を踏み荒らしてしまいたい。衝動は叫びとなって、益田目掛けて降り注いだ。

「僕は此処に居るじゃないか!」

伏せられた黒い睫が、何かを言いたげに震えている。
あまりにもささやかなサインは、榎木津の目に届く事は無い。









足をください。
此処を離れて、全て置いて、あの人の処へ行く為の足をください。

足をあげよう。
近づく度に、刃を踏み締める程痛む足をあげよう。
自分の立場を、物語の結末を、決して忘れてしまわぬように。

その代わり―――お前の声を貰うよ。


――――
折角ロマンチックなお題なので、最後くらいは…と思ったんですが…
間違った方向に自分を律する益田が好きです。



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2009/05/10 23:50 | Comments(0) | TrackBack() | 益田

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