「マスヤマは僕のこと好きだろう」
秘書に買い出しを言いつけるのと同じ気安さで、榎木津がとんでもない事を言い放ったので、益田は唖然としてしまった。堂々と仁王立ちの榎木津は、石の如く硬直した益田に構わず矢継ぎ早に続ける。
「好きなんだろう、好きだな、好きに違いない!好きなものは好きだから」
「ちょちょちょちょ、何を仰ってるんですか」
形の良い唇は止まらず、たまらなくなった益田はようやっと榎木津の制止にかかった。ソファから立ち上がり、榎木津の丸い肩を押さえる。形のいい唇は開いたまま止まり、鳶色の瞳が益田を見下ろしている。近づいても尚、作り物めいた白い肌。
「――好きだな?」
「やめてくださいよぅ。そりゃ嫌いだったら態々弟子入りなんてしませんて」
「嫌いじゃないかなんて聞いてなぁい。というか、マスヤマの話なんか最初からどうでもいいよ。もう僕には解ってるんだからな」
自信満々に胸を張る榎木津が滑稽で、益田は肩を落とす。今度は何の遊びだろうか。榎木津の目が面白そうにきらきらと輝いている意味を汲みかねて、結局益田は視線を外してしまった。
カマだなんだと言ってくるのは、やはり彼の思い違いから来るものだったのか。今の益田にしてみれば、実に心外な話である。
「ですから、僕ぁカマじゃないって云って」
「マスヤマがマスカマになったのは最近じゃないか!その前からお前は、ずうっと僕のことを好きだったんだ」
「はぁ、じゃあ何ですか。僕ぁ榎木津さんに恋慕して、職を辞してまではるばる追いかけてきたって云うんですか。そんな男いたらよっぽどの熱情家か、でなきゃ変態ですよ。よくそんな恐ろしいこと仰いますねェ。僕なら一秒だってそんな男側に置いとかないですよ、気味悪い」
「神は心が広いから置いといてやるんだ。バカオロカの尺度で小さく測ってるから解らないんだな」
益田は唇に乾いた笑みを乗せたが、榎木津の口元は笑っていなかった。俯いた目の前に、均整のとれた顎から続く喉仏と首筋が見える。益田は何処を見て良いか解らず、結局手慰みの振りで垂れ下がった前髪を額の前でばらけさせて隠れてしまった。
けれどその努力も空しく、尖った顎を榎木津の指が掬う。ぐいと上を向かされて、勢いで前髪が顔の横に流れる。
「――そろそろ出来上がった頃かと思うんだけどなぁ」
「な、何がですよ。ていうか近いです、座って話しましょうよ」
「知ってるか?真珠は、貝殻の中に入ったものを貝がゆっくりゆっくり包んで作るんだぞ。チクチクして嫌だからって云って丸いきれいなものにしちゃうんだ。利口だなぁ貝は」
「なんで急に貝の話なんですか、話が飛びすぎですよぅ」
榎木津はにぃ、と笑って腰を折り、更に益田に顔を寄せる。異質な2種の髪が混ざり合って、鼻骨までもが触れあった。
益田の視界を埋め尽くすのは、まさに真珠のような肌。
「吐き出しちゃったりしないで、丸く丸く包んだって、消えちゃったわけじゃないんだからな」
シャツ越しに榎木津の掌が、益田の胸板に触れる。心臓の辺りを彷徨う其れは、益田が飲み込んだ異物を探し出しているようだった。益田の中に飛び込んだか、混ざり込んだか、それとも自然に芽生えたものか。何時からか益田を内側から苛んだ、知らない感情。
其れを尊敬であるとか、目標であるとか、慣れたものばかりで包み込み、覆い被せて。
益田は自らすら騙し続けていたのだ。
「僕に見せなさい」
最後の外殻が剥がれ、剥き出しになった心の一部は、益田の瞳から溢れ出した。透明な丸い粒が、青白い頬を伝い、顎を掴んだままの榎木津の指に落ちる。
「見ぃつけた」
宝物を見つけ出した子供のような表情。
其れこそが宝玉のようであると、益田は無垢な心のままに考えた。
――――
益田の外殻を壊して壊して壊して引っ張り出す榎木津。なんか電波。
益田はあこや貝だって云いたかっただけです…。
秘書に買い出しを言いつけるのと同じ気安さで、榎木津がとんでもない事を言い放ったので、益田は唖然としてしまった。堂々と仁王立ちの榎木津は、石の如く硬直した益田に構わず矢継ぎ早に続ける。
「好きなんだろう、好きだな、好きに違いない!好きなものは好きだから」
「ちょちょちょちょ、何を仰ってるんですか」
形の良い唇は止まらず、たまらなくなった益田はようやっと榎木津の制止にかかった。ソファから立ち上がり、榎木津の丸い肩を押さえる。形のいい唇は開いたまま止まり、鳶色の瞳が益田を見下ろしている。近づいても尚、作り物めいた白い肌。
「――好きだな?」
「やめてくださいよぅ。そりゃ嫌いだったら態々弟子入りなんてしませんて」
「嫌いじゃないかなんて聞いてなぁい。というか、マスヤマの話なんか最初からどうでもいいよ。もう僕には解ってるんだからな」
自信満々に胸を張る榎木津が滑稽で、益田は肩を落とす。今度は何の遊びだろうか。榎木津の目が面白そうにきらきらと輝いている意味を汲みかねて、結局益田は視線を外してしまった。
カマだなんだと言ってくるのは、やはり彼の思い違いから来るものだったのか。今の益田にしてみれば、実に心外な話である。
「ですから、僕ぁカマじゃないって云って」
「マスヤマがマスカマになったのは最近じゃないか!その前からお前は、ずうっと僕のことを好きだったんだ」
「はぁ、じゃあ何ですか。僕ぁ榎木津さんに恋慕して、職を辞してまではるばる追いかけてきたって云うんですか。そんな男いたらよっぽどの熱情家か、でなきゃ変態ですよ。よくそんな恐ろしいこと仰いますねェ。僕なら一秒だってそんな男側に置いとかないですよ、気味悪い」
「神は心が広いから置いといてやるんだ。バカオロカの尺度で小さく測ってるから解らないんだな」
益田は唇に乾いた笑みを乗せたが、榎木津の口元は笑っていなかった。俯いた目の前に、均整のとれた顎から続く喉仏と首筋が見える。益田は何処を見て良いか解らず、結局手慰みの振りで垂れ下がった前髪を額の前でばらけさせて隠れてしまった。
けれどその努力も空しく、尖った顎を榎木津の指が掬う。ぐいと上を向かされて、勢いで前髪が顔の横に流れる。
「――そろそろ出来上がった頃かと思うんだけどなぁ」
「な、何がですよ。ていうか近いです、座って話しましょうよ」
「知ってるか?真珠は、貝殻の中に入ったものを貝がゆっくりゆっくり包んで作るんだぞ。チクチクして嫌だからって云って丸いきれいなものにしちゃうんだ。利口だなぁ貝は」
「なんで急に貝の話なんですか、話が飛びすぎですよぅ」
榎木津はにぃ、と笑って腰を折り、更に益田に顔を寄せる。異質な2種の髪が混ざり合って、鼻骨までもが触れあった。
益田の視界を埋め尽くすのは、まさに真珠のような肌。
「吐き出しちゃったりしないで、丸く丸く包んだって、消えちゃったわけじゃないんだからな」
シャツ越しに榎木津の掌が、益田の胸板に触れる。心臓の辺りを彷徨う其れは、益田が飲み込んだ異物を探し出しているようだった。益田の中に飛び込んだか、混ざり込んだか、それとも自然に芽生えたものか。何時からか益田を内側から苛んだ、知らない感情。
其れを尊敬であるとか、目標であるとか、慣れたものばかりで包み込み、覆い被せて。
益田は自らすら騙し続けていたのだ。
「僕に見せなさい」
最後の外殻が剥がれ、剥き出しになった心の一部は、益田の瞳から溢れ出した。透明な丸い粒が、青白い頬を伝い、顎を掴んだままの榎木津の指に落ちる。
「見ぃつけた」
宝物を見つけ出した子供のような表情。
其れこそが宝玉のようであると、益田は無垢な心のままに考えた。
お題提供:『キンモクセイの泣いた夜』様
――――
益田の外殻を壊して壊して壊して引っ張り出す榎木津。なんか電波。
益田はあこや貝だって云いたかっただけです…。
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